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自分のポカで人を死に追いやってて何だこの権力を握った浮かれ具合は…
「待って、少し落ち着こう賢人くん。武が、え? しきたりを破ったって言ったか?」
「はい。僕がこちらに来た直後、母屋でコーヒーのいい香りがしてました。それに武兄さん自身も、食事をしていたことを認めています」
吐き捨てるような言葉に、武さんは食ってかかろうとしたように見えたけど──それより、信じられないという表情で見返った大輔さんに負い目を感じたらしい。怒鳴りかけていた口を閉じて、バツが悪そうに目を泳がせた。
しきたりを破ったことをバラされて、後ろめたい気持ちが勝ったんだろう。
賢人さんもそれを察したらしく、これ見よがしのため息を吐いて武さんを睨みつけた。
「兄さんたちがしきたりを破った問題はさておき、なにかが起こったのは事実ですか?」
この質問にも、沈黙が返った。いや、正確には沈黙ではなかったかもしれない。確かにはっきりと舌打ちが聞こえた。
そもそも賢人さんを敵視している武さんと、武さんの行動に怒り心頭の賢人さんでは話になるわけもない。お互い大人になって、少し妥協するくらい──と思ったら、大輔さんが困惑しながらも手を挙げた。
「……賢人くんに言いにくいなら、僕が聞くよ武。なんなら別室に行っても……」
「いや、ここでいい。大輔くんに気を遣われるまでもない」
不愉快そうな口調だった。大輔さんに主導権を握られたくなかったのかもしれない。
それでも、もうすべて話すしかないと思ったんだろう。武さんは深呼吸のあとソファに腰を下ろし、眉間を押さえて苦しそうに呻いた。
「──父さんたちが亡くなった。三人とも、同時にだ」
その言葉で、室内に沈黙が落ちた。
いや、誰かが息を飲む音は聞こえたかもしれない。だけどそれからしばらくは誰も声も発さず、窓の外から雨音だけが響いていたのを覚えている。
沈黙を破ったのは、声を震わせた大輔さんだった。
「……は?」
半分、笑っているような声だ。
信じられないものを耳にして、分かりたくなくて、引きつってしまった結果なんだろう。それとも、悪い冗談だと笑い飛ばしたかったのかもしれない。
「え、それは……清おじさんだけじゃなく三代子おばさんも? え? うちの親父もってことか? そんな、そんな馬鹿なこと、誰が……」
「その馬鹿なことが起きたって言ったんだよ、火葬場のスタッフって奴が!! あの三人が、同時に、同じ有様で死んだと連絡があったんだ!!」
二度目の沈黙が落ちた。
怒鳴った武さんの荒い呼吸しか聞こえない。
正直言うと現実味がなかった。
ひいおばあさんの遺体を引き取りに行った三人は、さっき電話をかけてきていた。なのにたった数時間で、揃って死ぬ?
それに、同じ有様ってなんだ?
三人同時に死ぬなら、事故しかない。移動中の車が、とか、歩いているところになにか起きて、とか。でもそれを、有様なんて言い方で表現するだろうか。
──きっとこんなに冷静に考えられているのも、俺が三科家にとって部外者だからだ。その証拠に大輔さんと茜さんは蒼白になり、優斗はガクガクと震えていた。
その中で賢人さんは──むずかしそうな顔で、口を開く。
「詳しい状況とかは、分かってるんですか?」
「……ショッキングなお姿で、としか言われていない。火葬場の待機室もひどい状態だと言われたよ。こうなったらしきたりの件も馬鹿にできないと思って、とにかく婆さんと同じ棺に詰め込んでもいいからすぐに焼いてくれと言ったが──」
「同じ棺に詰め込む!?」
あまりの発言に声を上げた大輔さんに対し、武さんは慌てて弁解を口にした。
「っ、もちろん言葉の綾だ! でも飲食制限があるんだから、一刻も早い火葬が……!!」
「その気持ちも理解できるが、死に顔も見ずに焼くことを君一人で決めたのか? 僕や孝太くんにも言わずに?」
「それは、その」
「それに棺に詰め込むなんてそんなこと、冗談でも言うもんじゃない。本当におじさんが亡くなったというなら、武は三科家の仮当主だろう。あまり軽率な言動は」
この言葉が出た瞬間、室内に妙な緊張が張り詰めた。
どう表現したら伝わるだろう。気分がザワつくとか、糸が張ったようなとか、そういう感じじゃなかった。
言ってはいけない相手に、言ってはいけないことを、一番言ってはいけないタイミングで言ってしまったと、そういう種類の緊張だ。
大輔さんは言葉にしたあと口を覆ったけど──それまで精神的に追い詰められて見えていた武さんは、憑物が落ちたようにポカンとしたあと、うっとりしたため息を吐いた。
「そうか。もう俺が当主になったんだなぁ」
仮、という部分はあえて無視したんだろう。もう誰の言い分も聞く気はない。そう言わんばかりの表情だった。
さっきまでの切羽詰まった言動なんてなかったように、まるで大おじさんが乗り移ったような偉そうな態度で、武さんは胸を張った。
「確かに誰にも相談せず火葬を頼んだのは、俺が軽率だったよ。だけど俺は当主として、家族全員の命を守る選択をした。だからその点については、誰にも文句は言わせない。これは三科家当主の決定だ」
重々しく言われたはずの言葉は妙に芝居がかって、陳腐に聞こえた。