テラーノベル

テラーノベル

テレビCM放送中!!
テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する




無事に、二週間に渡る海の家でのリゾートバイトも終えて、家に帰ってきた。

流石に二人とも疲れたのか、ぐったりとソファーや床で横になっている。


「ふ…お疲れ様、ありがとね。」

「いえいえ…。」


ひろばが顔をソファーに埋めながら、力無く応えた。


「…涼ちゃん、ちょっと考えたんだけどさ。」


元貴が、床に寝転がりながら、僕に話しかける。


「髪、青にしよっか。」

「…ん?」

「だから、涼ちゃんの髪の毛、青色に染めよっか。」

「…なんで?」


今、僕の髪は、ただの金髪。飲食店勤務だけど、割と自由のきく職場だからだ。


「んー、なんていうか、もっと変な人になって。」

「変な人?」

「じゃないと、悪い虫がつく。」

「…え〜、夏の海マジックが無いと、大丈夫だって。」

「そんな事ないでしょー、涼ちゃん可愛いんだから!」


ひろぱも参入してくる。


「あのね、僕より遥かにモテモテだった二人に言われると、もはや嫌味なんですけど!?」

「ダメ。自覚しろ天然人たらし。」

「だ…なに?」

「よし、じゃあ涼ちゃん、サロン予約しよっか!」

「え、待ってよホントに?!」


二人に推されて、僕は訳もわからず、夏の空よりも真っ青な、突き抜けるような青髮にされてしまった。三人でサロンに行って、二人の注文通りの色に仕上がると、満足気に僕の髪を触っていた。


ついでに、帰り道に家具屋さんに寄って、もうひとつソファーを購入した。二人掛けソファーがひとつだけだと、男三人ではぎゅうぎゅうになってしまうのだ。

僕は、もう一人分足せばいいと思って、一人掛けソファを提案したけど、二人に「意味がない」と速攻却下されて、今より少し大きめの三人掛けソファーを買わされた。

今、家には合計五人分のソファー。絶対多いだろ、これ。


でも、思ったよりも便利で、ソファーで寝落ちできる人が、二人に増えた。それが便利なのかどうかは疑問だけど、大体、僕とひろぱが、料理について相談を受けたり、相談をしたりしている間に、二人でソファーに寝転んで寝てしまう。

朝になると、元貴がカーテンを開けて、僕の肘をつついて起こしてくる。


「…んん?…ふぁ〜…おはよ…。あー、またひろぱも寝落ちしてる〜。」


僕が指をさすと、元貴がイタズラな顔をして、ひろぱのお腹をこしょばして、サッとソファーの後ろに隠れた。


「んぇっ?!…ふぁ〜…ぉあよ…。」


飛び起きてキョロキョロした後、ひろぱがあくびをしてぼやっと挨拶をした。

僕たちの生活は、朝からこんな風に、とても楽しい。


「んね、今日仕事休み?」


もぐもぐと、朝食を食べながら、元貴が訊いてきた。


「うん、そーだよ、カレンダーに書いてあったでしょ?」

「なんも予定ない?」

「うん、ないよー。」

「じゃあさ、みんなでトンデミ行ってみない?」

「とんでみ?」

「なにそれ?」


ひろぱも、初耳みたい。


「屋内の体動かす施設みたいな。」

「ふーん、スポッチャみたいな感じ? 」

「…ま、そんな感じじゃない?」

「え!おもろそう、行こーぜ!」


ひろぱが話に乗ると、元貴がニヤリと笑ったように見えたけど、気のせいかな。

三人で、運動できる格好に着替えて、夏休み最後の思い出作りだ、とウキウキで出掛けた。




「いやいやいやいや!いやいやいやいや!!聞いてないってこれは!!!」


ハーネスを付けられながら、ひろぱが叫んでいる。元貴は腹を抱えて爆笑していて、僕はなんて恐ろしい子なんだ元貴は、と引きながらも、ひろぱのあまりのビビりようについ吹き出してしまう。


元貴が僕らを連れてきたトンデミとは、クライミングや高所でのロープウォークなどが楽しめる屋内施設だった。まあ平たくいうと、高所恐怖症のひろぱがくる場所では、ない。


「ちょっと、マジで、元貴!マジで!!」

「ふふ…いーじゃん、夏の想い出つくろーぜ。」

「屋内施設じゃなくない?!夏ならプールでも海でもええやん!」

「俺、外嫌いなんだよね。」

「ふざけろよマジで!!…涼ちゃあ〜ん。」


ひろぱが、僕に縋り付いてくる。


「まぁまぁ…ほら見てよ、あんな小さい子も行ってるよ?結構楽しそうじゃない?」

「…涼ちゃんは高いとこ平気だからだろ!俺泣くよ?いいの?大の大人がロープ掴んで泣いちゃうよ?? 」

「ん…ふは…。大丈夫、一緒に行こ?」


僕が手を取って誘うと、ひろぱは嫌そうな、でも嬉しそうな、複雑な表情で、渋々ロープウォークエリアの入り口まで歩いて行った。

元貴、ひろぱ、僕の順番で、上の鉄骨レールに繋がれたロープを、ハーネスのカラビナに付けられていく。

階段を登ると、最初の足場に着いた。『簡単コース』と『難しいコース』に分かれている。


「どっち?難しいコー」

「かんたんかんたんかんたん!!」


元貴がわざとひろぱに訊いて、ケタケタと笑う。そして、いざ一歩踏み出すと。


「うお!こえー!ちょ…足場!」


元貴も、実は高い所がそんなに得意じゃない事に、僕は気付いていた。そして、僕も。


「ちょっと…まだ来んなよ!一人ずつって書いてあんだろ、ちゃんと読めよ!」

「早く行けよ!待ってんのがいっちゃん怖いんだよ!」

「ちょっと二人とも、声がでかいって…。」


ワーワー言いながら、なんとか最後のジップラインまで辿り着く。


「…これ、マジで大丈夫すよね。」


元貴が、案内のお姉さんに、ロープを引っ張って確認する。お姉さんはにこやかに笑って、早く行けよ、と圧をかける。


「うわぁ、怖ぇ!これ体重を預けるのが一番…怖いぃ〜…!」


小さな叫びと共に、元貴が向こう岸に着いた。


「…涼ちゃん、俺リタイア…。」

「でも、途中で辞めるなら、全部のコース戻らなきゃ降りれないみたいよ?」

「ぐ………。…行きます…。」


ひろぱはゆっくりと歩いて行って、先端でしゃがみ込むように、ロープに体重を預ける。


「うわ、これ、結構、下がる!こわ!これホントに大丈夫?!」

「早く行けよ…。」


僕の呆れた声と共に、お姉さんに背中を押されて、呆気なく叫び声と共に向こう岸に着いた。


「行きます。…おー…。」


確かに、ロープに、そしてハーネスに体重を乗せる時が、思ったより下がるので、一番怖いかも。でも、サーッと自分の身体を運ばれるのは、気持ちがいい。ロープをしっかり掴んで、向こう岸に着いた。


「楽しかったね。」

「どこが!」

「次、あのポール登るか。」


元貴が、一番奥にある、黄緑色の天井までそびえ立つ、階段状に並ぶ円柱ポールを指差した。


「ふざけんな!一人で登ってろ!涼ちゃん、一緒にトランポリンいこ。」

「え、僕ちょっとクライミングやってみたいな。」

「あ、いいね、俺も。」

「ええ〜…じゃあ俺も…。」


三人で、クライミングエリアに移動して、それぞれコースを選び、登っていく。

僕は、スタートボタンを押して、一番上のゴールに着くまでの時間を計るコースに挑戦した。途中まではいいんだけど、クライミングって、持ち手というか、足場というか、こんなに小さいの?!足も置きにくいし、手なんか掴みきれなくてプルプルしてきた。


「ああ〜ダメだぁ!!」


僕は手が滑って下へ落ちてしまった。ハーネスにつけられたロープによって、衝撃が緩和されながら落ちていく。これも、降りる時が一番怖いかも。

二人とも大丈夫かな、と横を見ると、元貴は早々にリタイアして、腰に手を当てて立っていた。元貴は、パネルの所々に付けられたボタンを押しながら、上まで登っていくコースを選んでいたようだ。


「これ、ボタン押しながら登るとかぜってー無理だから。」

「ねー、僕のも難しかった〜。ひろぱは?」

「ん。」


元貴が顎で示す方を見ると、カラフルな四角い穴を逆手で持って登るコースで、一番上まで行っているひろぱが目に入った。


「おあー!ひろぱすげー!行けたじゃん!」


僕の声にも応えず、ひろぱが一番上で止まっている。


「ひろぱー?」

「…多分あいつ、降りるの怖くて動けないんだと思う。」

「ええ?!なにやってんの…。」

「涼ちゃんどーしよー!下見れない!手離せない!怖い!」


「手を離してロープを掴んで、足で蹴って降りてください。」


係の人の、呆れたような声で案内されるひろぱ。腕もどうやら限界みたいで、プルプルしている。


「ひろぱ、頑張れ!」

「諦めろー。」

「うわー!お前のせいだろー!」


そう叫びながら、ひと思いに手を離してロープを掴んだ。思いの外上手に足でクライミングパネルを蹴りつつ、落ちてきた。


「はぁ…はぁ…。 」

「…大丈夫?」

「もぅ…ダメだ…トランポリンいこ…。」

「うん、行こ。トランポリン行こうね。」

「どんだけトランポリンしたいんだコイツ。」


三人で力無く笑いながら、そこからは別の階に移動して、高所でないアクティビティで心ゆくまで遊んだ。




「あ゛〜〜〜!遊んだ遊んだ!」

「明日身体ヤバそう…。」

「俺も、多分バキバキだわ。」


肩を回したり、首を捻ったりしながら、帰路を進む。

元貴が、僕を見て問いかけてきた。


「涼ちゃん、楽しかった?デート。」

「でっ…デート?」

「うん、デート。」

「デート、なの?これ。」

「デートだろ。」


ひろぱも、顔を覗き込んでそう応える。


「まぁ、楽しかったけど…デート?かなぁ?」

「…なんで?」

「えー、だって、デートって、好きな女の子と行ったりするのがデートじゃないの?」


元貴の歩みが緩んだ。少し後ろになった元貴を、僕は振り返る。


「…やっぱり、涼ちゃんは、女の子が好き?」

「…ん?」

「女の子しか、好きにならない? 」


ひろぱも、元貴の横に並んで、じっと僕を見つめている。夕焼けの中、二人に真剣な顔で見つめられて、僕はしばらく考えを巡らせた。


「…どうかな、よく分かんない。実は、付き合った事もないし、好きな子もいた事ないんだ。」

「え?」

「マジ?」

「ほんと、自分でも不思議だけどね。僕って、恋愛感情に疎いのかなぁ、って。今はそう思ってる。」

「…恋愛対象が、分かんない感じ?」

「うーん…どうなんだろうね。好きになった人が、好きなタイプ、みたいな?…んじゃないかな、たぶん。」

「…じゃあ…。」


元貴が、手を固く握っている。ひろぱがその様子を見て、僕に向き直った。元貴の代わりに、ひろぱが口を開く。


「じゃあ、男でもいけるかもって感じ?」

「…ん?」

「好きになった人が、男なら?どーすんの?」

「…好きなら、その人の性別は関係ないんじゃないかな。」

「…ホント?」

「う、うん…いやホントに分かんないけど。ていうかこれ何?恋愛相談?」

「…そっか、じゃあ、まあいいや。」

「僕に恋愛相談は、無理だからね。」

「言われなくても相談しねーよ。」


元貴とひろぱが少し悲しそうに笑って、また歩みを再開させた。僕の先を歩く背中を見て、僕はその後ろをついていく。

なんだろう。もしかしてあの二人には、好きな人でもいるのかな。その人がもしかして、男の子だったりして、悩んでる、とか…。


ちくん。


心臓に、痛みが走った。


「いたっ。」

「どした?」


ひろぱが振り向く。ビックリした顔で僕は胸を押さえて、ゆっくり二人を見る。


「…運動しすぎたかも、心臓が痛い…。」

「…死ぬやつじゃん。」


元貴が呆れた顔をして僕の横に来ると、腕を組む。ひろぱも、僕の横に来て手を繋いできた。

今は僕にベッタリのこの二人も、いつかは恋人を作って、きっと僕から離れていく。先に一人暮らしをして離れたのは僕なのに、なんだか勝手な気がするけど、今は少し寂しさを感じてしまうのは、何故なんだろう。




九月に入って、僕は仕事、ひろぱは学校が始まり、なかなかに忙しい日々に戻っていた。短大に通う元貴だけは、まだ夏休みが続いていて、でも一人で遊びにいくわけでもなく、淡々とバイトを入れて過ごしているようだった。

そして僕の髪は、順調に色落ちして、水色になっていた。「水色は逆にヤバい」とか二人に言われて、定期的に青に染めるようお願いされるが、不精な僕はあまり頻繁にカラーを入れられず、だんだんと水色や、果ては黄緑髪まで色落ちする事も多々あった。まあ僕は、何色でもあまり気にしないんだけどね。


冷蔵庫のカレンダーに目を遣る。十四日がまたカラフルに彩られていた。この日は元貴の誕生日。


「元貴、誕生日の予定って、なんかあるの?」

「…ないよ?涼ちゃんと若井で祝ってくれんでしょ?」

「それはもちろんそうだけど…。」

「なに?」

「…いや、なんでもない…。」

「ふーん…?行ってらっしゃい。」

「うん、行ってきます。」


お店に向かう道中、僕は少し心配していた。二人とも新しい学校に入ってもう半年近く過ぎているというのに、全く友達と遊ぶ様子がない。夏休みだって、ずっと僕と一緒にいた。

というか、思い返してみると、僕が実家にいた頃も、ずっと二人は僕の部屋に入り浸っていて、他の友達と過ごす様子はあまり見た事がない。

まあ、友達が少ないのは、僕も人の事を言えた義理じゃないんだけれども。


僕は、急に不安になってきた。二人は、学校で上手くやってるんだろうか。

僕たち三人で、仲良く楽しく育ってきて、でも、だからってこれからもずっと三人一緒…って、そういうわけにはいかないよなぁ…。


また心臓がちくりと痛んだけど、手で胸を撫でて、なんでもないと言い聞かせて仕事へ向かった。




九月十四日。テーブルの上に、元貴の好きなイタリアンを用意して、今回はケーキも、僕が作らせてもらった。夜になり、僕の時と同じように、二人の帰りを待つ。


「ただいま。」

「わ、いー匂いする。」


今日は、学校終わりに直帰したらしく、いつもの時間に帰ってきた。僕の時は、そういえばひろぱがケーキを作るのに苦労して、結構遅い時間になっちゃったんだっけ。


「嬉しかったなぁ、あれは。 」

「ん?なに急に。」


手洗いうがいを終えて、二人が席に着きながら、僕の独り言に反応する。



「あ、ひろぱのケーキを思い出してね、嬉しかったなぁって。 」

「ね。涼ちゃん、ケーキとピアスと、待ち受けにしてくれてるもんね。」

「そうそう!これね、すっごく可愛くてお気に入りなんだ。」

「かわい。」


僕のスマホを覗き込んで、元貴が呟く。


「ね、可愛いでしょ?」

「こっちじゃなくて、これを待ち受けにしてる涼ちゃんが。かわいい。」

「え…。」


急に間近で言われたもんだから、少し赤面してしまう。スマホをわきに置いて、誕生日の料理に気持ちを切り替える。


「あ、じゃあ、食べようか、ね!」

「うん、うまそー。」

「ありがとね、涼ちゃん。」

「うん。じゃあ、せーの。」

「「元貴、お誕生日おめでとう〜。」」

「ありがとう。」


ご飯を食べ進めながら、僕はお酒も飲む。ほんわかいい気持ちになってきて、今なら二人に話を切り出せるかな、と気持ちが少し大きくなった。


「ねえ、二人とも。」

「ん?」

「なに?」

「あのさ、学校に、友達っている?」

「んー、まあいるよ。」

「俺も。調理クラスで同じグループの子とか。」


僕は、ホッと胸を撫で下ろす。そっか、いないわけではないのか。でも…。


「もっとさ、遊びに行ったりとか、なんかの集まりに行ったりとか、そんなのはないの?」

「ないことはないけど…俺は別にそういうのはいいかなって。大学には勉強しに行ってんだし。」

「俺も、グループで実技とか課題について集まって話すのはあるけど、別にプライベートで遊ぶまでは、いいかな。」

「…そう、なの?」

「うん。俺は涼ちゃんとこうして一緒にいる方が楽しいし。」

「俺も俺も。」


二人はなんでもないという風に話しているけど、僕としてはやっぱり、もうちょっと外に向けて世界を広げてほしい気もする。


「…じゃあ、出逢いは?」

「…は?」

「いや、好きな子とか、恋人とか。なんか前そんな話してたから。いないのかな〜って。」

「…それは、どっち?」

「ん?」

「いて欲しいの?いて欲しくないの?」

「…いて欲しいに決まってるじゃん。僕はね、心配してるの。二人が、僕にばっかり構って、ちゃんと青春出来てないんじゃないかなって。」


元貴が、黙ってフォークを机に置いて、少し俯いた。ひろぱは、黙って僕を見つめている。


「…よくわかんないけどさ、涼ちゃんは俺らにどうして欲しいわけ?」


ひろぱが、真面目な顔で訊いてきた。


「僕は、もっと二人に外の世界を広げて欲しいと思ってる。だって、進路も僕のキッチンカーありきで決めちゃって、最後の学生生活もずっと僕と一緒で、って、そんなんで本当に後悔しない?」

「…誕生日に喧嘩したいわけじゃないけどさ、ちょっと余計なお世話だよ、涼ちゃん。」


元貴が、机に視線を落としたまま、低い声で言う。拗ねてる時の、いや、これは怒ってる時の元貴の喋り方だ。


「俺は、俺がやりたいようにちゃんと考えて生きてるよ。その上で、涼ちゃんと一緒にいるんじゃん。それのどこがいけないわけ?」

「いや、いけないとか…。」

「なに。じゃあ、嫌なの?俺が邪魔?」

「元貴。」


少し興奮気味に話す元貴を、ひろぱが嗜めた。元貴が黙って、席を立つ。


「…ごめん、ちょっと、頭冷やしてくる。」


スマホを掴んで、靴を履いて玄関から出て行った。ひろぱは、元貴が出ていった方を見つめて、鼻から息をふう、と吐いた。


「…ごめん。」


僕は、こんな空気にしてしまった事を、ひろぱに謝った。


「…俺も、元貴と同じだよ。俺が涼ちゃんと一緒にいたいから、ここに来たんだよ。…涼ちゃんは、やっぱ迷惑なの?」

「違う、本当にそうじゃなくて、僕は楽しいし、幸せなんだけど、…ただ二人には青春も大事にして欲しいんだよ。」

「んー…。」


ひろぱが、頭の後ろをカリカリと掻いて、視線を下に落とす。


「…うん、分かった。少しは、学校生活も大事にしてみる。涼ちゃんの心配も、分かるし。」

「ひろぱ…。」

「だけど、出逢いとか、好きな人とか、恋人とか、そういうのはもうやめて。」

「う、うん、ちょっと鬱陶しかったよね、ごめん。」

「…そうじゃなくて。」


ひろぱが、膝にある僕の手に、自分の手を重ねてきた。


「…涼ちゃんには、言われたくないって事。」

「う、うん…。」


やっぱり、保護者ヅラするのはもうやめよう。僕にはそんな小言を言われたくないみたいだし。一緒に住んでる大人として、ちょっと二人の事が気になったりするけど、そこは我慢だな。元貴の誕生日に、僕も大人気おとなげなかったな、後でちゃんと謝ろう。

その時、ひろぱのスマホが震えて、画面を確認していた。メッセージでも読んでいるみたいだ。僕は、飲み物をジュースに変えようと、冷蔵庫に向かった。


「えぇ〜…マジかぁ…。」


スマホを伏せて置くと、ひろぱが両手で頭を抱えだしだ。少しそちらを気にするが、さっきもう口は出さないと決めたので、気にしないフリをして、キッチンでジュースを新しいコップに注ぐ。

ひろぱがゆっくりと立ち上がって、僕の横に来た。


「ひろぱも飲む?」

「………。」


ジュースを少し掲げると、ひろぱが黙って僕の手からジュースを取って、キッチンに置く。いらないのか?と思ってジュースからひろぱに視線を移すと、じっと僕を見つめている。


「…?どう」

「恋人、できた時のためにさ。」

「ん?」

「ちょっと、練習させてよ。」

「練習?なんの?」


ひろぱが僕の顎を片手で優しく摘んだ。と思ったら、顔がドアップになって、唇と唇が、プニッとくっついた。僕はビックリして、目が飛び出すんじゃないかと思うほどにまん丸になる。脳の処理が追いつかない。唇と唇がくっついてる、ということは、これは、キス、なのでは?え?なんで?え?練習?ってなに?

僕が頭の中でグルグルと考えを整理しようと頑張ってる間に、ちゅ、と唇が離れた。


「…ありがと。また、練習させてね。」

「…う、うん…?」


ひろぱの真っ直ぐな眼の力に負けて、なんとなく承諾っぽい返事をしてしまった。

クルッと踵を返して、ひろぱがスマホの元に戻り、また何か操作をしている。僕は今更ながら暴れ出した心臓を抑えようと片手で胸を撫でながら、コップに注いだジュースを一口飲む。ひろぱは、どうやらいくつかメッセージのやり取りをしているようだ。


「…元貴、戻ってくるって。」


スマホを見ながら、ひろぱが僕に言う。


「…あ、それ元貴?」


メッセージのやり取りの相手は、どうも元貴らしかった。


「うん。」


ニコッと笑ったひろぱの顔は、もういつも通りで、さっきの…キス…?なんかは無かったみたいだった。


「…も、元貴、まだ食べるかな?」

「この元貴の皿だけ残して、あとはもうまとめて片付けちゃおうか。」

「じゃあ、タッパーに残り詰めちゃう?」

「うん。明日も食べよ。」


僕らが、この後のケーキの為にテーブルを片付けている間に、元貴が帰って来た。


「…ただいま。」


少し下を向いて、バツが悪そうに小さな声で言う。僕は、元貴に近づいて、ギュッとハグをした。


「元貴、ごめんね。僕、ちょっと余計なこと言い過ぎた。せっかくのお誕生日だったのに、ごめんなさい。」

「…ううん、俺も、ちょっと、悪かった。」


身体を離して、元貴の顔を見ると、僕のことをじっと見つめていた。そして、ニヤリ、と口の片端を上げて笑った。


「ん?」

「…ううん。」


僕の肩をポンと叩くと、自分の席に座りにいった。


「あ、ケーキの用意、もうしちゃって大丈夫?」

「うん、お願い。これすぐに食べちゃうわ。」

「うん。」

「涼ちゃん、ご飯すごく美味しい。ありがとう。」

「…うん。」


中座したり、急いで食べたりで申し訳なく思ったのか、元貴が素直にお礼を伝えてくれた。なんか、「ごめんね」が言えなかったり、「ありがとう」は気を遣って伝えてくれたり、そういう元貴が可愛くて、僕は目を細めて返事をした。

ケーキの仕上げをしていると、テーブルで元貴たちが話している。


「…上手くいったっぽいな。」

「…いったかなぁ。なんかただビックリしてただけだったけど。」

「…まぁ、まずはそれでいんじゃない?」

「…俺危なかったよ。止まらないとこだった。」

「…お前な。」


ボソボソと、所々しか聞こえないけど、僕はあまり聞き耳を立てるのもな、と思って意識の中で耳を閉じた。


「はい、どうぞ〜。」

「うわ、すげぇ!かわい!」

「へぇー、なんかオシャレ。」


元貴へのケーキは、ドーム型の土台に少し赤く着色したルビーチョコを上からかけて、上にクリームやチョコの飾りと、少しブルーベリーで飾り付けて、最後に金箔を散らした。


「元貴は、赤のイメージで作ったんだ。ひろぱが僕を黄色のイメージで作ってくれたから、僕も真似っこしてみたの。」

「おー、元貴は赤かぁ。俺は何色になるんだろ、楽しみ〜。」

「…俺、赤なんだ?」


元貴が、意外そうな顔をして僕を見上げた。


「うん。元貴はさ、飄々としてるように見えるけど、心の中では情熱がこう、グラグラとたぎってると思うんだよね。だから、その内面の赤、なイメージです。」


元貴が、一瞬泣きそうな顔になった気がする。すぐにケーキを見つめて、また僕を見上げた時には、優しい笑顔になっていた。


「…やるじゃん。」

「言い方!」

「さ、食べよ食べよ〜。」


ひろぱが、包丁を持って来てくれて、お皿やフォークもテキパキと並べる。


「ん、美味しい!スポンジの中にベリー系のムースと、チョコチップ入ってる?」

「そうそう、さっぱり食べられると思って。」

「うん、んま。」


二人とも、すごく嬉しそうにケーキを次々と口に運んでくれて、僕もとっても良い気分。


「元貴。」

「ん?」

「お誕生日、おめでとう。」

「…ありがと。」


改めて伝えると、元貴は嬉しそうに目を細めて、小さく返事した。

僕からは、小さなグレーのクッションをプレゼントした。


「元貴、いつもなんか抱きしめるの好きだから。でも、ぬいぐるみって歳でもないし、こんなクッションならどうかなって思って。」

「…なんかめっちゃ子ども扱いじゃない?」

「え?だめ?」

「いや、ダメじゃないよ、嬉しい。ありがと。」


ひろぱは、濃いグレーのTシャツをプレゼントしていた。古着っぽい掠れた黄色い文字とイラストが印刷されていて、すごくオシャレだ。




後片付けと、それぞれのお風呂を済ませて、お誕生日というなんだかこっちまで浮かれてしまう特別な日の良い気持ちのまま、ベッドに入り込んだ。

いつものように、両側から手が伸びて、僕の手を握って眠る。

ああ、今日もいい日だったな。途中で、ちょっと揉めちゃったけど…。…途中、ん?途中?あれ、そういえば…。


待って、僕、さっきひろぱに、キ、キ、キスされたんだった!!


なんかすっかり丸め込まれて何も無かった感じに一日を終えたけど、あれ、これって結構重大なニュースなんじゃないの?!

急に心臓が暴れだす。さっきの、ひろぱのドアップの顔や、唇に触れた柔らかな温かさがブワッと蘇って、頬がカァーッと熱くなる。

ついでに、僕の誕生日の日の、あの夢の中での二人からのキスも思い出してしまって、あれって結構リアルな夢だったんだ、感触とか同じだったもんな、なんて変に感心した。

その後、うわぁー!ってなって、脚をバタバタして僕の中で暴れる何かを追い出そうと布団の中で動いていた。


「涼ちゃん、動きがうるさい。」


元貴に怒られて、僕はもう動くことすら許されず、静かに暴れる心臓と熱い顔をなんとか抑え込みながら、無理矢理に意識を睡眠へと押し込むしか無かった。



















loading

この作品はいかがでしたか?

374

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚