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セリナの両親は、二人ともオリジエル侯爵家の領地で長く働いていた。父は腕の良い庭師で、母は厨房の下働きのメイドだった。 セリナが5歳の時、母を流行り病で亡くして彼女は孤児になった。
本来ならセリナは、その時に孤児院に預けられるはずだったのだが、彼女を領地まで迎えに来てくれた人物がいた。
それがナーシャの祖母で、前侯爵夫人のミゼラだった。
その時に聞かされたのは、父親が亡くなったときの事。
数年前に他界した父は、事故で亡くなったと聞かされていたが、詳細をセリナは知らなかった。
タウンハウスの庭師の仕事ぶりが気に入らなかった前侯爵が、セリナの父に配置換えを提案していたらしい。妻子を慣れない王都に連れて行くのを渋る庭師を説得する為に、前侯爵は態々領地を訪れた。その際に、配置換えするためにタウンハウスの庭師も同行させていた。
前侯爵が態々訪れた為、セリナの父は折れた。元より雇い主である侯爵の意見を渋ったセリナの父の無礼な態度を、前侯爵は寛大な心で許してくれた事にセリナの父は感謝して、妻子よりも先に王都に旅立つ事も了承した。その時はまだセリナが幼すぎた事も妻子を置いていった理由だった。
そんな二人の乗った馬車に、タウンハウスの庭師だった男が細工をした。そして二人は事故にあって命を落としたのだと聞かされた。
5歳のセリナには、その時ミゼラから受けた説明を理解するのは難しかった。だからこそ、セリナの母も本当の事を幼いセリナに伝えていなかったのかもしれない。
「セリナ、貴方の事はご両親の分も私が責任を持って保護いたします。私にね、可愛い孫が生まれたの。その子のお世話をしてくれないかしら?」
母親を亡くして悲しみに暮れていたセリナは、心細さもあって、ミゼラの優しい言葉に頷いて、慣れ親しんだオリジエル侯爵領を旅立つ。そして侯爵家のタウンハウスで、生まれたばかりのナーシャの専属侍女としての教育が始まった。
その際に、セリナはミゼラから大金も貰っている。それはミゼラが亡くなったときに弁護士から聞かされた。両親の長年の功労に報いる為のお金だと説明を受けた。
セリナにとってミゼラは心細さから救ってくれた恩人でもある。
本来なら父の死がどうであれ、平民のセリナは、露頭に迷ってもおかしくなかったのだ。
それを拾い上げて充分な教育を施してくれて、仕事まで与えてくれた。
セリナの雇用契約は、ミゼラが亡くなるまでは彼女で、亡くなってからはナーシャに移行されている。
だから、オリジエル侯爵家で働く使用人の中で、セリナだけは侯爵よりもナーシャを優先することが出来た。
ミゼラが亡くなる前に、セリナは彼女から託されたり聞かされた事が色々とあった。最優先はナーシャの事だったが、セリナの後ろ盾についても聞かされた。
セリナの後見は、オリジエル侯爵家の遠縁に当たるデリス子爵家だった。
◇◇◇
「オリジエル侯爵家の侍女のセリナさんて貴方かな?」
ナーシャの通う学園の、侍女待機室で声を掛けてきたのは、2学年に通う令嬢の侍女だった。
「はい、そうですが、何でしょう?」
侍女というのは、割と雇い主の派閥関係なく話すことも多い。各家の動向を探る為に、態々あちらこちらに話しかける侍女もいる。セリナはそんな彼女達からいつも一線を引いていた。セリナがよく話すのは、いつもナーシャの友人の侍女たちばかりだった。リリアの侍女など、そもそも始めから眼中にない。
そんなセリナに近づいて来た侍女に、セリナは疑いの目を向ける。
特に今は、ナーシャの|将来《これから》にとって大事な時だ。だから殊更に疑心の目が強くなる。
「ごめんなさい、そんなに睨まないでよ。私のご主人に頼まれて手紙を預かっただけだから。他意はないの。はい、これ」
ササッと隣に座り、小声で周りに聞こえないように、配慮しながら手紙を渡される。
セリナはその封蝋を見て目を瞠った。
それは、ミゼラに家紋を覚えておくように言われたセリナの後見人のデリス家の家紋だった。
「ありがとう」
家紋を見て、セリナはその侍女にこちらも小声で礼を言うと、彼女はホッとしたように隣から離れて行った。どうやら本当に手紙を渡すだけだったようで、セリナもホッとする。
こういった秘密で用事を頼まれた侍女の中には、根掘り葉掘り聞いてきたり、いつまでも側を離れずに何かを探ろうとしたりする者もいるのだ。
セリナは手紙を持って部屋を出て、侍女専用の御不浄場に向かった。
そこならば、急な呼び出しがあっても声は届く。
蝋を弾いて中の手紙を取り出すと、数年ぶりの方からの手紙だった。
─ジェスト・デリス
ナーシャの最初の婚約者の名だ。
手紙には、ルオン公爵家からナーシャの現状について聞かされた事、協力を頼まれた事等が書かれていて、セリナは思わず胸が熱くなった。
ジェストとナーシャの婚約が解消されてからは、デリス家との交流は出来なくなっていた。いくらセリナの後見人がジェストの父であっても、文のやり取りもする事もセリナは躊躇っていたのだ。
もし、スティーブの逆鱗に触れた場合、最悪はセリナがナーシャから遠ざけられる羽目になる。実際にミゼラが亡くなった時に、似たような動きはされていて、何とか踏み止まることが出来たのも、ミゼラが手配してくれた弁護士に依るものだった。
だから表立ってセリナは動く事ができなかった。それに、そのようにナーシャを誘導することも、ナーシャの意思を無視しているようで出来なかった。
漸くナーシャが決意してくれたのだ。
リリアが来てからのオリジエル侯爵家の不穏な空気。ナーシャを排除しようとする彼女の意図はセリナにも分からない。
だが、いつでもセリナはナーシャの幸せを願っている。
それがミゼラへの恩返しだと思っている。
「お嬢様は、ジェスト様をまだお忘れではないかな?」
ナーシャの気持ちを聞いてみよう、そう思ったセリナは、手紙をお仕着せの胸ポケットに大事に仕舞った。
コメント
1件
あ~、第12話読んだよ!セリナの過去がしっかり描かれてて、めっちゃ感情移入しちゃった…。ミゼラの存在がどれだけ大きかったか、ここで改めて分かるな。それに、ジェストからの手紙が来たところで「おおっ!」ってなったわ。ナーシャの幸せを願うセリナの想いが切なくて、でも頼もしくもある。続き、めっちゃ気になるわ🔥