「お前が倒れた原因は、栄養失調と脱水らしい。特に大きな病気ではない」
栄養失調か。
ご飯、食べていたつもりだったんだけどな。
「お前が倒れて、病院にすぐ連れて行こうと思ったけど、いろいろ関係性とか詮索されるのも面倒だし、お前の家族とか全然知らなかったから、とりあえず、俺の主治医に相談をして、家まで運んで往診に来てもらった。んで、栄養失調。とりあえず、点滴だけしてもらった。あとはしっかりと食べて少し静養すれば、治るってよ」
「ありがとうございます。助かりました」
「親には連絡してない。昨日、古本屋でアルバイト採用時の履歴書を見てお前の住所を調べた。たしか、実家は遠方だよな?一応、連絡した方がいいんじゃないのか?あ、俺のことは話すなよ」
そうか、履歴書を見て私のアパートまで来てくれたんだ。湊さんが来てくれなかったら、もっと酷いことになっていたかもしれない。
「ありがとうございます。親には、勘当されているので。連絡なんかしなくても大丈夫です」
湊さんはベッドにまだ腰掛けていた。
「お前のその歳で勘当とか。何したんだよ?」
「将来の進路のことで、認めてもらえなくて。本当は四大卒業する時、次の就職先も決まっていたんですけど。どうしても歌手になりたいっていう夢を捨てられなくて。もし私が上京して自分の夢を追い続けるのであれば、縁を切るって言われて。反対を押し切って、貯めていたお金で一から音楽のことを勉強するために専門学校に入学をしたんですけど、現実はそんなに甘くなくて。家はボロボロだし、お風呂ないし。学費は高いし。私より歌が上手な人はたくさんいるし……。あっ、長くなってすみません」
湊さんは私の話を最後まで黙って聞いてくれた。
「んで、ろくに飯も食べずにぶっ倒れたってわけね」
「まあ、そういうことになります。ご迷惑をおかけしました」
私はベッドの中で頭を下げた。
「どうして歌手にこだわる?まぁ、俺が言うのもおかしな話だけどな」
「私が悩んでいる時、いつも歌が私を救ってくれました。だから、私もそうなりたいと思った。悩んだり、苦しい思いをしている人の力になりたいって。ただそれだけです。湊さんみたいに……。なりたいと思いました。ちょっと前までは」
「おいっ、なんでちょっと前まではなんだよ」
「湊さんっていう人間にはちょっと失望しましたけど、湊さんが作る詩、歌う曲は今でも大好きです」
「それって、なんか嬉しくないな。それは、お前が勝手に俺を美化していたからだろ?人間性なんて直接会ってないんだから実際にはわからない。それは、どんな人間でも言えることだろ?」
「それはそうですけど。雑誌のインタビューとか、たまに出るテレビの時とかの話し方はとても良い人を印象付けるような話し方でしたし……」
「あれは、事務所とか大人の事情があるんだよ」
なんか不思議だ。
あれほど大好きだった人がこんなに近くにいるのに、緊張せずに会話ができている。
そろそろ帰らないと、甘えてはいられない。
あとで、医療費とか請求をされるのだろうか。
恐くて聞けない。
そして、アルバイトはやはり解雇という形になるのかな。
立ち入り禁止の約束を破ってしまったし。
私はベッドから上半身をなんとか起こし、布団から出ようとする。
が、それもまだやっとだった。
「おい、どうした?」
湊さんが私の行動を見て、動くなと制止をする。
「このままお世話になっているわけにはいきません。帰ります。医療費……とかはすぐにお支払いできませんけど、必ずお返ししますから。あと、アルバイトの件なんですが……。私は約束を破ったわけですし、解雇という形でいいですか?」
湊さんはしばらく考えた後
「お前は辞めたいの?バイト」
真剣な顔をして私に問いかける。
俯きがちに答えるしかなかったが
「私は、辞めたくはありません。あの本屋さん好きですし。でも、面接の時の……」
「お前が辞めたくなかったら、辞めなければいい」
彼は私の言葉を途中で遮った。
「お前が他のパートとかと違って、ちゃんと仕事をしていることは知っている。客がいない時も本の整理や消毒をしてくれているし、ブームによって売れ行きが変わるから、それを考えて本の配置も変えてくれているし」
「だから辞めるな」
湊さんと目が合う。
口調は俺様だけど、本当は優しい人なのかもしれない。
そして、長年追いかけてきた人だけあってよく見るとやっぱりカッコいい。そう思ってしまった。
私の顔が紅潮する。
「おい、お前。顔が赤いけど……。熱が出てきたのか?」
そう言って彼は、私の額に手をあてた。
さらに顔が赤くなってしまった。
「大丈夫です。これは、恥ずかしいだけで……」
「何が恥ずかしいんだよ?」
湊さんって、天然なのだろうか。
「湊さんに、おでこを触られたからです!」
「おっ、おぉ……」
彼は戸惑っているような表情をし、なぜか彼も少し顔が赤くなっているように見えた。
「じゃあ、アルバイトは続けさせていただきます。ありがとうございます」
「あぁ。ただ、一つ条件がある」
きっと、二階には行くなという条件だろう。
「はい、わかっています。二階にはもう行きません」
「違う。これからはちゃんと飯を食え。また倒れられても困る」
コメント
2件
めっちゃ距離近くなってきてる、!!🥰