TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
シェアするシェアする
報告する

死体はまだ新しく、死んだのはそれほど前ではない。騒乱の最中に殺害されたか、あるいは直前。ヒルデガルドの直感としては後者だ。いくらもともと彼らが張っていた結界が薄っぺらだったとしても、ワイバーンの炎の吐息があっさり貫通するのは不自然すぎた。何かが彼らの身に起こり、それと同時に結界の影響力がほとんど消え失せてしまったのだ。その結果、杭の機能は最低限まで落ちたに違いない、とヒルデガルドは推察して、死体の傍に屈んで、何が起きたのかを確かめようと手をかざす。


恐怖に歪んだ顔。全身の骨が砕かれ、喉は圧し潰されている。叫び声をあげることさえ許されなかったのだろう、と痛ましい姿に彼女は目を伏せた。


「エイドル。飛空艇の操縦は誰が?」


「今は魔導器で可能な限り安全な空域を航行させてる」


騒動で乗組員たちも疲労困憊だ。避難の手伝いをしている最中に怪我をした者もいて、現在は魔導器に頼りつつ、エイドルが正常に稼働しているかを定期的に点検しての安全を保っている状態だった。


ほとんどの乗組員は飛空艇内の五階にある仮眠室などで待機させている。


「そうか。では、君も中に入っていろ」


「うん? だが魔導器の点検が……」


「それは私がやっておく」


「何言ってんだ、そりゃあ無理だろ」


エイドルが眉尻を下げて彼女に苦言を呈した。


「いいか、ありゃあ魔塔で作られた特別製だ。そのへんの魔導器とはわけが違う、扱いの難しいもんなんだ。俺みたいな馬鹿でも作動できるよう魔力の必要な量は少ないが、変に過分な量を注いじまったら飛空艇の機能に影響が──」


ヒルデガルドはチッチッ、と指を横に振って少し自慢げに。


「これでも魔塔では、ちょっと有名な大魔導師なんだ」


「大陸の大槍と一緒にいるのを見りゃあ分かるがよ……」


実際、エイドルは彼女が何体ものワイバーンを軽々と撃ち落としたうえ、コボルトロードを単独で二体も倒した姿を見ている。圧倒的な強さ。魔導師でない彼は知見に疎いところがあるが、それでも十分納得ができた。


とはいえ飛空艇に関しては自分のほうが理解があると疑わないので、なかなか言うことを聞こうとはしない。


「うーむ……」


せっかく髪の色をまた紅く戻したのに、大賢者だと言うわけにもいかない。かといって、死体を置いたまま実演をしに行くのは論外だ。


どうしたものかと考えあぐねているとき、ふと何かの強い魔力の波動を感じたヒルデガルドは、手を翳して簡易的な小さく強靭な結界を張った。


暗闇広がる夜空の向こうから、月明かりで一瞬輝いた巨大な氷柱が、二人を襲った。彼女が咄嗟に結界を張っていなければ、二人共串刺しになっていたのを、エイドルは驚いてしりもちをつき、顔を青ざめさせる。


「な、なんだ、何が起きたんだ……!?」


「新手だ。だから中に入ってろと言ったろ」


死体が見つかった以上、他にも襲撃があったのは間違いない。どこかに敵は必ず隠れているはず、とヒルデガルドの予測は的中した。


「行け、それから誰にも外へ出ないよう伝えてくれ」


「わ、わかった! だが魔導器はどうすりゃあいい!?」


もし攻撃を受ければひとたまりもない。飛空艇の墜落を恐れる彼に、ヒルデガルドは「大丈夫、私に任せておけ」と自信に満ちた笑みを向けた。


たとえ何が起きても、操舵室には傷ひとつ付けさせないだろう。


「任せたぜ、お嬢ちゃん!」


「あとでまたゆっくり話そう」


言葉を交わし、エイドルが立ち去る。妨害のないまま、ほんの数秒が経ち、空から何かが降りてくる。真っ黒なローブに禍々しさを感じる魔力。ヒルデガルドが過去に遭遇した覚えのある魔物の中で、最も魔導師に近い存在。


「……ひどい臭いだ、鼻が曲がりそうになる」


周囲を満たす死臭。今に吐き気を催す鼻を衝く刺激。目の前にいる魔物の、悪趣味極まりない性質をヒルデガルドは心から嫌悪した。


「リッチか? 君のような魔物が、まだ世の中にいたとはな」


 不死者《アンデッド》を支配することのできる、極めて稀有な強い魔力を持った魔物。リッチと名付けられたそれは、身体から腐敗した臭いを漂わせ、同時に身に宿している魔力を赤黒い煙のように放っていた。


『よく、今の一撃に気付いたものですねえ。いやはや、所詮はただの人間と思っていたのに、こうも骨があるとは。おっと失礼、骨はワタシのほうでした』


フードを脱ぐと、骸骨がガタガタと歯を鳴らして笑う。二つの大きな空洞には、瞳の代わりなのか、赤黒い球状の輝きが灯っていた。


「……なんなんだ、君は」


『人間はワタシを〝ロード〟と呼んでましたねえ。面白い名だ』


想像や見た目よりもずっと剽軽な雰囲気の魔物は、手にヒルデガルドの持つ竜翡翠にも負けぬ大きさをした髑髏の杖を握り、細長く、ざらつきのある指で彼女を指差してケタケタと笑う。


『それにしても良い腕だ。ちょうど美味そうな精気を持った人間も欲しかったところでして……。今日の食事はおまえにさせてもらおうか、小娘!』


向けられた杖の先に広がった薄青の魔法陣から冷気が溢れ、巨大な氷柱が射出される。それはヒルデガルドの眼前でぴたりと止まり、粉々に砕け散って風にさらわれていった。


「今は虫の居所が悪くてな。……後悔しても知らんぞ」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

23

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚