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ぼーっとヒルデガルドを見つめて、リッチは途中でぎょっとする。
『何で今の受け止めてるんですかね。こりゃまいりましたねえ、ワタシの聞いたところじゃあ楽な仕事だって話だったのに。もしかしてとっても強い?』
耳に残るような苛立つ声に、ヒルデガルドがムッとした。
「さっきから耳障りな……。掛かってこないなら──」
『おっと早とちりは良くない! こっちは殺る気満々ですよん!?』
杖の指した先、ヒルデガルドの頭上に氷塊がある。巨大で、人間ひとりを肉の塊に変えるなど造作もない。魔力を帯びたそれが杖の動きに合わせて高速で落下した。──だが、やはり彼女に触れることはない。直前で止まって、また粉々になった。
「どうした、その程度なら私でも出来るが?」
同じ動作で、同じ魔法で氷塊を創り出し、落下させる。真似をされたことに、けらけら笑いながらも腹立たしさを感じた魔物は、高く手を掲げ、細長い指が氷塊に触れた瞬間、あっさりと砕け散らせ、嬉しそうに言った。
『ワタシにも、それくらい出来るんですが。なーにが〝私でも出来るが?〟だか。それじゃあ大賢者の名が聞いて呆れちゃいますよ!?』
それくらいと言ったが、簡単な芸ではない。ヒルデガルドも目を丸くするほど、彼は魔物と思えぬほど繊細に魔力を操ってみせた。長く細い、ぴんと張った糸を切ってしまわないように刃で触れる。そんな細やかな技術だ。
「……何者だ、ただのリッチロードじゃないな?」
彼は杖の石突で床をとん、と軽く叩き、骨の指をからから音を立てながらまげて胸に手を当て、深々と丁寧にお辞儀をして──。
『申し遅れました。ワタシの名はアバドン、よろしくネ』
一瞬、顔をあげたときに放たれた強烈な殺気。過去に経験したことのある、全身を凍り付かせるようなまなざしに、背筋がぞくりとした。アバドンと名乗った魔物の魔力は、魔王に近いと言える、まさしく最強クラスの魔物だった。
「いったい私に何の用だ。この二人も君が殺したのか?」
倉庫に倒れる魔導師の遺体を覗き込むように見たアバドンは、うーん、と顎をさすって不思議そうにする。
『ワタシの仕事は、あくまであなたを襲撃すること。わざわざつまらない下っ端とっ捕まえて殺したりしませんよ。そーんな雑魚、精気を吸い取っても腹の足しにもならない。はっきり言って無価値だ。面白みもないじゃん』
それもそのはずだ。専属魔導師とはいえ、アバドンの強さから考えれば彼らが張った結界など薄っぺらな布一枚を被せているのと変わらない。ヒルデガルドが後から構築した結界でさえ、彼は貫いてみせたのだから。
『さあーって、楽しいお話はここまでにしておきましょう! ワタシもそろそろ本気でおまえの強さを実感してみたくなった!』
空に広がる大魔法陣。以前にウルゼンが行ったものより規模はずっと小さいが、それでも威力は抜群だ。飛空艇ひとつを落とすなど難しくもない。たとえヒルデガルドの結界があったとしても、彼は全力で破壊するだろう。
『これぞ! あ、まさに、これぞ、大魔法! ワタシの《メテオ・ストライク》を、どうかわすか……見せてもらおうじゃねえか、大賢者!』
勝ち誇った高笑いが響く。落ちる隕石が飛空艇を撃ち貫く瞬間が──来なかった。
『さあさあお楽しみが近づいてまいりました──って、あれえ!? 消えちゃったよ、ワタシの《メテオ・ストライク》が……!』
突然、光に包まれたかと思えば、瞬く間に黒く染まって消滅する。ヒルデガルドお得意の無属性の魔法を初めてみたアバドンは、ギリギリと歯を擦り合わせて悔しそうに『ちっとも苦戦しないのは面白くない!』と地団駄を踏む。
「騒がしい奴だな、もう少し静かに出来ないのか」
ぴたっ、と動きが止まり、彼はコホンと咳払いをする。
『すみません。……ま、とにかくワタシの仕事は完璧でスマートで、最高の出来でしたから、いいでしょう。──さて、ここで問題です』
指をビシッと立てて、彼はヒルデガルドに言った。
『ワタシがやろうとしていることは飛空艇の撃墜。しかーし! 大賢者がいては、そんなこともままならない現状で、とあるひとつの手段が用意されているとしたら、それはいったい、なーんだ? 分かりますよねえ、あの大賢者なら!』
見るからに余力のあるアバドンが、ヒルデガルドとまともに戦わずに飛空艇を撃墜する手段を用意している。そんなことが、いつ、どのタイミングで可能なのか、と不思議に思った。自分の目で見える範囲のすべてで行われる攻撃や罠を防ぎきる自信がヒルデガルドにはあったし、アバドンもそれくらいは想定済みだ。そのうえで、用意があった。
『あれあれ? まーだ分かりませんか、大賢者なのに? じゃあ仕方ないから大ヒントあげちゃおっかなー! いいか、よく聞けよ。クリスタルスライムが動力炉にいたのはなぜだと思う。ただそこに置かれた凶暴な魔物……それならなんで二匹一緒のところに用意しなかったの? って思わない? そのほうがたくさん犠牲に出来たのにもったいない!』
頭を叩けば、ガツッと鈍い音が立った。
『炉になってる魔水晶を浸食するのも時間が掛かり過ぎる。つまり、あれは見せかけの脅威として用意されたものだ。いわば、料理を彩る飾り。じゃあ、そんな動力炉にわざわざ忍び込んで、そいつだけが危険だと思わせる理由って?』
問題に思考を巡らせる。艇内にいたクリスタルスライムが冒険者を襲わせる以外の理由で動力炉に置かれたのなら……。そこまでのヒントを出されていれば、答えはすぐに分かった。
「まさか、動力源の魔水晶に罠を──!?」
彼女が気付いた瞬間、アバドンは嬉しそうな声をあげた。
『大、正、解。──ここまでは序曲。本当のお楽しみはこれからですよ!』
巨大な爆発音。強い衝撃に飛空艇が一気に傾き、爆炎と共に煙が立ち上り、けたたましい警報が激しく鳴り響く。
『まさしく腕の見せ所。飛空艇が大地に沈むか、それとも大賢者の偉業を見せてくれるのか!? もちろん、ワタシを相手にしたうえでの話だけどな!』