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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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欲しい物は決めていた。和也が部活で使っていた、練習用のユニフォームだ。マネージャーの立場では一人の部員を贔屓する事は出来ない。それはわかっていても、和也と付き合い出してからの彩は、つい彼を目で追ってしまっていた。練習用のユニフォームはひた向きに頑張る和也の象徴であり、それがあればいつでも思い出せると彩は思っていた。
ユニフォームを探している途中に、彩は勉強机の下の棚に一つのCDケースが置いてあるのを見つけた。彩と和也は普段からいろいろな事を話題にしていたが、音楽の話をした事は一度も無い。彩は音楽に興味が無かったので、一度も話題に上げない和也も自分と同じだと深く考えずに思っていた。
彩は興味を覚え、二十枚ほど収納出来そうなCDケースを取り出し、和也の勉強机の上に置いた。中を開いて驚いたのは、ダビングしたCDではなく全て既製品だった事だ。高校生の金銭感覚では三千円程のCDは割と高価な品物だ。思い入れが無ければ、レンタルしてダビングするなど、安く聴く方法はいくらでもある。裕福な家庭の和也ではあったが、両親の方針で金銭感覚は普通の高校生と変わらなかった事を彩は知っている。彩が思っていた以上に和也は音楽に興味があったのだろう。
彩はケースの中から一枚のCDを取り出した。RCサクセションの「PLEASE」と言うアルバムだった。
「RCサクセション……」
聞いた事のあるグループ名だったが、どんな歌を歌っているかは知らなかった。もう一枚取り出す。それもRCサクセションのアルバムだった。彩は次々に、全てのCDを確認したが、結局全てRCサクセションのアルバムだった。
彩はこのCDをケースごと持ち帰らせて貰う事に決めた。これ程までに和也が夢中になっていたアーティストの曲を自分も聴いてみたいと思ったのだ。
彩が遺品を持って部屋を出ようとしたその時、突然「リーン」と鈴のような小さな音が何度も鳴り出す。音はCDケースが置いてあった机の下から鳴っていた。不思議に思った彩が机の下を覗き込むと、小さな男の子の人形から音が鳴っていた。
彩が人形を拾い上げると音は鳴りやんだ。
――音の鳴る仕組みは無さそうだけど……。
何の変哲もない陶器で出来た人形の顔を見て彩はハッとした。顔が和也によく似ているのだ。
――この人形、和也君みたいだ……
彩は人形も持ち帰る事にした。
人形のいわれは家を出る時に和也の母親から聞いた。そんな大切な物なら貰う訳にはいかないと彩は遠慮したが、逆に母からどうしても受け取って欲しいと頼まれる。きっと和也もそう願っているからと。
遺品を受け取ったその日から、彩は暇さえあればRCサクセションの曲を人形と一緒に聴き続けた。歌詞の一字一句まで噛み締めるように聴く。この曲はどんな気持ちで聴いていたのか? ラブソングでは自分の事を想ってくれていたのだろうか? 曲を聴きながら、和也が隣にいるように人形に話し掛ける。だが、人形は返事をしてくれない。虚しさを感じる度に生きていた時の和也を思い出し、何度も何度も泣き崩れる。それは高校を卒業して社会人になっても続いた。
「彩さん、信号が青に変わっていますよ」
拓馬の声で彩は現実に戻される。目の前の信号は青に変わっているのに、自分の車は交差点の前で停まったままだった。プッと後ろの車から短いクラクションが鳴る。早く行けと催促されたのだ。
「ごめんね。少し考え事してた」
彩が慌てて車を発進させたその時、目から一筋の涙が零れた。
「な、なんか、目にゴミが入ったみたい……」
彩は慌てて手の平で涙を拭いたが、誤魔化し切れるものでは無かった。
「RCの曲に悲しい思い出があるんですか?」
拓馬が心配そうに訊ねる。
「あっ、いや……」
彩は言葉を濁して誤魔化そうとしたが、途中でやめた。
「そうね……RCの曲を聴くようになったきっかけは、本当に悲しい事だったの。曲を聴く度に泣いてしまう程……。でも最近は本当に忘れてた。今は楽しい思い出の方が多いから。昨日だって本当に楽しくて自然と歌ってたくらい……」
拓馬の見ている彩の横顔が、徐々に笑顔になる。
「拓ちゃんのお陰だよ。カラオケで一緒に歌ったり、景色の綺麗な場所で聴いたり、『たとえばこんなラブソング』を流しながら、夜景の綺麗な場所で抱きしめられたり……。今はどの曲にも楽しい思い出が一杯なのよ」
拓馬が心配しているからではなく、彩は本当にそう思っている。RCサクセションを知ったきっかけにしてもここ数年は思い出す事も無かったのだ。彩は自分が涙を流した事で、拓馬に誤解を与えるのが嫌だった。
「RCを聴きながらいろんなデートをしてたんですね……」
拓馬は今の自分をもどかしく感じた。彩の口からどんなに自分たちの仲を聞かされても、記憶が戻らず、他人事にしか感じられない。彩は今までに見た事のない程魅力的な女性だが、自分に向けられる好意に実感が持てず、素直に嬉しく思えない。例えて言うと、兄の彼女にのろけ話を聞かされているような気持ちだった。