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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
4
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「さあ、着いたよ」
彩が拓馬を連れて来たのは海水浴場だった。
十一月の今はシーズンオフで、夏には駐車場になる広場には彩達以外一台も車が無い。駐車場の奥は高さ二、三メートル程の防波堤があり、その向こうが砂浜になっている。
「この時期に海ですか……」
車を降りた拓馬は意外な気がして呟く。
「そう、私達が初めて来た時もシーズンオフで誰も居なかったわ」
彩は笑顔でそう言いながら、防波堤に向かって歩き出す。拓馬も「そうなんですか」と返事をして後ろに付いて行った。
彩は砂浜の入り口には向かわず、防波堤に掛けてある梯子を登り始める。下から見ていた拓馬はデニムを穿いている彩の腰付きに目が釘付けになりそうになり、慌てて視線を逸らした。
「拓ちゃんも上がっておいでよ」
彩に誘われ拓馬も同じように梯子を登る。上に登ると彩は防波堤に腰掛け海を眺めていた。
「初めてのデートでもこうやって二人で何もせず海を眺めていたんだよ」
「そうなんですか」
拓馬も彩の横に腰掛ける。
「あの時ね、私は酷い態度だったの」
「酷い態度……ですか?」
「うん、デートをOKしたのは良いけど当日は凄く気が重くなってね……話し掛けられても無愛想な返事をして海を見つめていたわ……」
そう言って彩は海を見つめ、拓馬との出会いから今までの事を思い出していた。
拓馬と知り合った頃の彩は、まだ和也の死から立ち直れずにいた。いや、立ち直れなかったのではなく、彩自身が和也との思い出の世界に身を浸し一生このまま過ごすつもりで立ち直ろうとはしていなかったのだ。元気づけようとする明菜のような友達や言い寄ってくる男性もいたが、彩は自分の殻に閉じこもり誰の言葉も受け付けない。毎日RCの曲を聴きながら和也の人形に語り掛け寂しさを紛らわせる。そんな日々だった。
そんな時に彩は職場で拓馬と出会った。
拓馬は関連会社の社員で同僚ではなかったが、頻繁に事務所に顔を出すようになり、仕事の合間に世間話をするようになった。特に連絡先を聞かれるだとか、デートに誘われるような事も無く、ただ話をしていくだけ。彩にとってその距離感は安心出来た。必要以上に近付かず、ゆっくり、少しずつ親しくなっていく。男性として意識はしていないが、彩は拓馬に好感を持ち始めていた。
「あの……俺、最近車を買ったんですよ。中古のオンボロですが、良かったらドライブに行きませんか?」
「えっ?」
拓馬からの不意な誘いに彩は驚いた。
今はたまたま彩だけが一人で残っていた事務所に拓馬が仕事で訪れていた。知り合ってから初めて二人っきりになった瞬間だった。拓馬はこの瞬間を待ち望んでいたように、仕事の用事を終えるとすぐデートに誘ってきたのだ。
「日にちは佐々木さんの都合の良い日で大丈夫です。場所も好きなところで構いませんかからドライブに付き合ってもらえませんか?」
戸惑っている彩に拒否する隙を与えないよう、拓馬は続けてそう言った。
緊張で全身に力がこもっている拓馬を見て、彩はここで断るのは悪い気がしてしまった。
ーー霧島さんは悪い人とは思えない。むしろ誠実で真面目な人だろう。きっとこのお誘いもかなりの勇気を振り絞っての事なんだろうな……。
「……あの……少し考えさせてもらえませんか?」
彩は無難にそう答えた。
「じゃあ、ラインで返事を聞かせて貰えませんか?」
そう言われて断る事も出来ず、結局ラインでやりとりする事となった。
初めのうちはデートの誘いを何かと理由を付けて何度も断っていた。だがそれにもめげず、拓馬は事務所で会っても笑顔で話してくれるし、気楽にラインも続けてくれていた。とうとう根負けして、彩は拓馬とドライブに行く事になってしまった。
デートの朝、彩は気持ちが重くて出掛ける準備がはかどらない。服を着替えるのさえ面倒で、パジャマのまま布団にもぐりこみたい気分だった。
拓馬と会うのが嫌な訳では無い。仕方なく受けたが、拓馬自身には好感が持てるし、今日のデートも楽しくなると思っている。デートだからと言って拓馬が強引に口説いてくるとは思えなかったし、友達と遊びに行く感覚でも失礼では無いはずだ。そう割り切って楽しもうと考えても、彩の気持ちは重いままだった。
――私は和也君に対して罪悪感を持っているんだろうか?
気持ちが重い原因はそれしか思い当たらなかった。
だが、今更ドタキャンする訳にもいかずに彩はなんとか用意をし、自宅マンションを出て迎えに来てくれた拓馬の車に乗り込んだ。
「どこか行きたいところありますか?」
出発前に拓馬が聞く。ドライブする事になっていたが、行き先はまだ決めていなかった。
「海が見たいです」
「えっ? 海?」
拓馬は少し驚いたように聞き返す。今は十一月で完全にシーズンオフだからだ。
「うん、海が見たいです」
普段はそう自己主張しない彩だが、今日は人の居ない場所に行きたかった。
「分かった。じゃあ、海にしよう」
拓馬は考えていた場所もあったのだが、彩の我儘にも気分を害する事無く、笑顔でそう言うと車を発進させた。
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