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酷く朧げな記憶の中で、1つ確かに覚えていることがあった。
自分は愛されていない事。望まれて産まれてきた人間ではない事。


「ママもパパも、アンタのこと嫌いなの。」


昔、母親に告げられたその冷たい真実だけが今もまだずっと胸の底に埋まっている。拭っても拭いきれない過去の汚点たちが体に深く染み込んでいた。

砕けたビンの欠片が散らばっているベランダに追い出され、そのまま数日を過ごすことなんて珍しい事じゃなかった。

真っ暗な夜の空に一人きりというのは5歳の頃の私には酷く心細く、毎日冷えた体を力強く抱きしめ、道行く親子たちの楽しそうな笑い声に嫌悪感を抱きながら、無理やり眠りについていた。

寂しくて、苦しくて、辛くて。

孤独に押しつぶされそうなそんな時だった。


「何してんだテメー」


彼と出会ったのは。


『だ、だれ…?』


「こういうのは聞く方が先に名乗るのがジョージキなんじゃねェの」


ボロボロに錆び始めているフェンス越しにこちらを不思議そうにこちらを覗く白髪に色素の濃い肌、アメジストのように大きく綺麗な瞳。そんな彼の容姿に産まれて初めて痺れるような甘く強い陶酔を味わう。


『…○○』


小さく震える舌で自分の名前を唱えるように呟く。




「オレは黒川イザナ」




『イザナ…くん』


告げられた名前を口に馴染ませるように呟く。

彼にぴったりなその名前は私の陶酔感を高めた。

私より3歳年上のイザナくん。かっこよくて優しくて彼への憧れはすぐに好意に変わった。

毎晩、夜空の下で、二人で色々な話をした。

一緒に居ない日なんて無かった。離れ離れになるとすぐに不安が胸に積り、息が苦しくなるから。


「ずっと一緒?」


『うん!』


幼くして愛に飢えていた私たち。ただひたすら“愛情”を貰うのに必死で、いつの間にか気づかぬうちに私達の関係は“歪み”に変わっていた。

外に出る事が許されていない私がイザナくんと会うのはいつもベランダのフェンス越し。

それでもそばに居るだけで孤独は満たされたし、指先が少し触れるだけで体が熱を帯びた様に熱くなり、見つめ合うだけで口角は柔らかく上がった。


「大好き」


『私も大好きだよ』


共依存に似た関係性。そんな甘く歪んだ関係でもイザナくんと居ると、不思議と心にこびりつくドス黒い孤独や不安が一気に消えていき、汚点ばかりの自分が綺麗なものに思えた。


「気色悪いんだよ!アンタも、職場のやつらも!!」


イザナくんと出会ってからも両親からの暴力暴言は鳴りやまなかった。日頃のストレスをぶつけられ、段々とボロボロになっていく自分の体を必死に抱きしめながら何度も死にたいと小さな泣き声を上げた。

だけどイザナくんと居るとそんな苦しみなんて全部無かったかのような、格別の満足感を得られた。真っ暗だった景色が不思議な明るさを帯びてくるのを感じた。


「離れたら殺すから」


『離れないもん』


約束だよ、と毎日フェンスの間から指を絡めた。

誰がなんと言おうとこれは甘く歪んだ形の純愛。

今日という日が永遠に続きますようにと何度も願った。







だけどそんな関係はある日糸を切るように簡単に終わった。






「もう会えない。」


彼が12歳、私が9歳のときだった。

星が降ってきそうなほどの圧巻の夜空の下で告げられたその言葉に、一瞬で頭が真っ白になり手が小刻みに震える。


『…ぇ、なん…で』


突然のことで理解が追い付かない脳に深い悲しみが走り抜ける。やるせない悲しみを訴える様に掠れた声でどうして、なんで、と譫言の様に同じ言葉を繰り返し問う。


『一人にしないで…』


縋るようにイザナくんが居るフェンスを震える手で掴む。オレンジ色に錆びた鉄の粉が手につき、ザラザラとし感触が気持ち悪い。飛び出たフェンスの針金が手に食い込み、鋭い痛みが襲う。

だけどそんな痛み、イザナくんと会えなくなると考えるとなんてことなかった。

裏返った声で零れる嗚咽を噛み殺す様に泣き声をあげる私に優しく言い聞かすようにイザナくんはそう言った。


「…少年院ってとこに行くんだ。だからしばらく会えない。」


「でも絶対に迎えに行く。」


約束だ、といつもと同じようにフェンスのすき間から自身の小指を差しだすイザナくんの姿が涙で歪む。涙でグシャグシャになった顔を隠す余裕もなく、ただひたすら泣き声を抑え込む。


『……約束だよ、絶対迎えに来てね。』


「当たり前」







指切りげんまん


嘘ついたら針千本飲―ます


指切った






続きます♡→1000

約 束 【黒川イザナ】

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