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最近、好きなお笑いコンビが解散し、ボケの相川さんが引退することになった。

インタビューや発表された声明を見ると、『急速な消費に追いつけなくなった』というのが主な理由らしい。

年末の賞レース”爆笑王”で優勝してから、猛スピードで売れっ子の道を走ってきた二人。

特におバカキャラの相川さんの人気が大爆発、テレビで見ない日はなかった。

今日は解散前最後のライブの日だ。

大阪の劇場なので現地には行けないが、オンラインチケットを購入した。

「はいどーもー、相川と澤部でサーチライトと申しますー。」

「お願いしますー!あのですね、僕のいとこが会計士やってるんですよ。」

「えらい格好ええな。」

「僕もあれやってみたいなって思うんですよね。」

「そうかー。……相川、7×8は?」

「簡単すぎやろ、48や!」

「お前には無理や。」

つかみから爆笑を掻っ攫っていく姿は、手慣れすぎていて新人とは思えなかった。

その後もどんどん笑いのボルテージを上げていき、始まる前の卒業式ムードはどこかへいってしまった。

笑いすぎて腹筋を痛くしていると、トークタイムが始まった。

「さて、相川は明日で引退となりますけれど。何か皆にある?」

「えー、そうですね。今日パチンコ大負けしたんで、お金貸してくれる人募集中です!」

最後に言う事ちゃうやろと突っ込まれると、相川さんは嬉しそうに頭を抑える。

(そうだ。僕はこの空気感が好きで、サーチライトのファンになったんだ。)

「冗談やわ。そうっすね、お仕事はすごく楽しかったんですけど、『早く次のをくれ!』みたいな目で見られるのが耐えられなくて。」

「せやな。語弊を恐れず言うなら、皆が相川に飽きはじめてきてたんよな。」

「もちろん楽しかったお仕事もいっぱいありましたよ。だからこそ、この業界を嫌いにならないために辞めることにしたんです。」

相川さんのおふざけなしの真剣な目が、画面越しでも胸に突き刺さった。

しんみりとした空気感をまたお笑いに塗り替えてから帰っていった二人は、僕にとって永遠のヒーローになった。


泣き腫らした目を隠すようにしながら教室に入ると、今日も相変わらずの騒がしさだった。

話題の中心がSNSの皆からは、流石にサーチライトの話が出ることはないようだった。

「愛染おはよー。って、目やばいな。」

「花粉症がひどくてさ。」

この時期にもあるんだな、と信じ切っている東雲に若干の申し訳なさを覚えながら、朝の準備を進める。

サーチライトの出囃子の曲を口ずさみながらリュックをしまっていると、奥村に声を掛けられた。

「愛染くん何歌ってんのー?」

「ああ、聞こえてたの。Third−Placeの『笑い声』って曲なんだけど。」

すると、彼女は笑い出した。

「愛染くん、古すぎじゃない?もうそれ一ヶ月くらい前じゃん!」

(あれ、この曲のリリース、確か六年くらい前じゃなかったっけ。)

どうやらSNSでリバイバルヒットしたらしいが、僕はそんなことを知る由もなかった。

と同時に、一ヶ月という単位で廃れていく”バズリ”というものに、僕は恐怖すら覚えた。

僕はサーチライトが、Third−Placeが好きだから、だから歌う。

それだけでは理由にならないのか。

『皆が飽きはじめてきてたんよな。』

相川さんは、この恐怖に耐えながら舞台に立ち続けたのだろうか。

僕は、鳥肌が止まらなかった。


気がつくと、何故か地獄にいた。

鬼やら閻魔やら悪魔が酒盛りをしている中、僕は一段高いところにいた。

「お前が宴会を盛り上げに来た人間か。我々を笑わせられなければ、命はないと思え。」

僕は、色々な芸人さんのネタやトークの美味しい部分をつなげて、命を奪われまいと喋った。

皆、楽しそうに笑っていた。

(よかった、帰れる。)

すると、誰かが手拍子をはじめた。

「もっと。もっと。もっと。」

その輪はだんだん広がり、ついに全員となった。

「もっと。もっと。もっと。」

よく回っていた舌はとうとう動かなくなり、僕は何も喋れなくなった。

「ふん。もう使えなくなったか。殺せ。」

目の前が真っ黒になった。


「……っ!」

夢だった。

生きていることにホッとしつつも、相川さんのことを思い出す。

きっと相川さんは、新しいものを生み続けていかなければならないという圧力に、殺されかけていたのだろう。

その圧力に潰された者から、過去のものとして人々に忘れ去られていく。

そんな風になってしまわないよう、相川さんは船を降りたのだろう。

(どうか、彼らの人生に幸せがやって来ますように。)

真剣に誰かの幸せを願ったのなんていつぶりだろうか。

僕はテノールになれない

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