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ねっっっむ…..
先輩と初めてお昼を食べると思うと、嬉しさと緊張が混濁してあまり寝れなかった。
上手く話せるだろうか。
いやでも先輩がお弁当まで作ってくれて、たのしみにしてくれているのだから俺だって会話回すくらいしなければ。
ぼーっとしながら教室に入ると、俺よりももっともの思いにふけっていそうな光がいた。
「おは….って光?!どうした?!」
「おはよ…ん?!何これ?!」
光の机にはノートの切れ端で作られた鶴が5羽…いや光今作っているのも含めて6羽いた。
「…お前、さては緊張してんな?」
「はい……….だって何話せばいいんだよ?!」
「いやあの人なら絶対話題出してくれるから!」
「そうかなぁ…..てか想はほんとに頑張んなきゃだな!!」
「まじで頑張る…..」
それぞれの想いを抱いて、あっという間に昼の時間になった。
もちろん4限まで俺たちは授業など頭に入っていなかった。
光たちは屋上、俺と風先輩は人がいなくて静かだからという理由で音楽室で食べることにした。
音楽室の前まで行くと、ピアノの音色が聞こえてきた。
俺は音楽に関して全くの素人だが、これを奏でているのは相当な上級者であることは分かった。
抑揚の付け方や音の滑らかさは聞き心地がよく、
鍵盤が歌っているのかと錯覚する程だった。
(….これ….sweetly……だっけ?…)
姉が趣味でピアノを弾くので、聞き馴染みがあった。どうりで落ち着くわけだ。
懐かしくも新鮮なその音に引き寄せられるように、俺はドアを開けていた。
「…..え…せんぱ..」
その曲を弾いていたのは、風先輩だった。
俺が驚いたのはそれよりも、先輩の表情だ。
優しくて、その大きな目にはいつも光が宿っていて、きらきらと輝く瞳の美しさを際立たせるかのように少し上がっている口角。
それが普段の先輩だ。
だけど今。俺に気付かずただ鍵盤と向き合って曲を奏でる先輩は、そこにいるようで、いないような感じがした。
どこを見つめているのか、その瞳には光が宿っていない。
哀しそうな、何かを蔑んでいそうな、後悔しているかのような。
口角も上がっておらず、ぐっと口先に力を入れて涙を堪えているような表情だった。
「…先輩」
声をかけなければ先輩がどこかに連れていかれるような気がして、俺は先輩を呼んだ。
「….あぁ、想くん!ごめんね、気づかなくて」
2秒ほどの沈黙の後やっと俺の声だと処理できたのか、先輩は普段の表情のまま俺に応じた。
「ピアノ、すごい上手なんですね」
「…..汚い音だよ。世界で、1番ね。」
…..?謙遜にしてもそこまで言うだろうか。
“下手”ではなくて”汚い”。それはただ実力のことではなくて、何かこう、事情があっての言い方に聞こえた。
でも、今触れるべきではないと思った。
「….先輩!お昼食べましょ!」
「うん!!あのね、お口に合うかわからないんだけど….」
そう言って先輩は俺に弁当を差し出した。
中には形のいい卵焼きやハンバーグなどが丁寧に詰められていた。
「?!うっま!!!」
見た目から美味しいことは確信していたが、あまりにも味がどストライクすぎてびっくりした。
「えぇ本当?頑張ってよかった…!」
そうだ…これ先輩が早起きして作ってくれたお弁当…..1口1口噛み締めなきゃ…..
「まじで美味いです、超幸せ」
「もうそこまで言われると調子乗っちゃう」
…..
「先輩、今度どっか行きませんか?」
「え、行こう」
「俺姉いるんですけど、仕事先の人から美術館のチケットもらったらしくて。でも姉はそういうの興味無いからって貰ったんです」
「お姉さん人気者なんだね」
「多分…?あ、なので一緒に行きませんか?」
「えぇ行きたいけど、いいの?」
「もちろんです!」
「へへ、嬉しい」
ふわっと笑う先輩を見ると、愛しくなった。
愛しいと思えば思うほど、先輩の奥にある何かに、あの表情と言葉の理由に、触れたくなった。
「…そういえばね」
「?はい」
「今日クラスの子が想くんのことかっこいいって」
「あ、そうなんすか。ありがたいですね」
「…..もん」
「え?」
「..ありがたくないもん」
先輩はやや頬を膨らませながらそう言った。
「可愛すぎだろ」
「え?」
考える暇なんてなかった。その愛しい生き物を抱きしめずにはいられずに、行動に移していた。
「嫉妬しちゃったんですか…?」
「……..した」
「彼女は風先輩なのに?」
「うん、だから想くんのかっこいいとこを1番知ってるのはわたしがいい」
「はああぁあ」
「ご、ごめんねめんどくさいよね先輩なのに!」
「違います可愛すぎるんです。俺がかっこいいって言われて嬉しいって思うのは先輩だけです。」
「本当?」
「当たり前です。それに俺が可愛いって思うのも先輩だけです」
「…私、想くんに釣り合うように頑張る!」
何言ってるんだこの人。妖精とか天使とか言われてること気づいてないのか?
「……これ以上可愛くなられたら困ります..」
えへへ、と笑う先輩にはずるささえ覚えた。
あまりにも、綺麗すぎたから。
先輩に、話したくないことも話したいと思ってもらえる男になろう。そうなれたとき、初めて先輩に踏み入ろう。
絶対、土足で傷付けることはしたくない。
「先輩、大好きです。俺の初恋叶えてくれて、ありがとう」
「私も大好きだよ。想くんの彼女にしてくれてありがとう」
幸せだ。
どうか先輩も、心の底からそう思ってくれていますように。