道に迷っていた男性を、私はラナキンス商会の拠点まで連れて来ていた。
拠点の周りでは、見知った面々が作業をしている。
「あれ? アルシエラ様じゃありませんか?」
「本当だ。今日は休みだったんじゃありませんか?」
私の来訪に、商会の皆は少し驚いているようだった。
ただ、そんなに動揺しているようには見えない。恐らく稀であるが、ないことではないと思ったからだろう。
「ええそうなんですけど、実は道案内をしてきたんです。こちらの男性が、ラナキンス商会に用があるそうで……」
「道案内……?」
「男性……」
私の言葉に、商会の面々は顔を見合わせていた。
その後彼らの視線は、私の後ろにいる男性に集中する。
そんな風に見るのは、どう考えても失礼だ。そう思った私は、男性に謝罪しなければならないと後ろを向いた。
「皆さん、お久し振りですね。お元気でしたか?」
すると、男性はそのような言葉を商会の面々にそのような言葉を言い放った。
それに私は、驚いてしまう。男性の口調は、どう考えたって取り引き相手とかの口調ではないからである。
「ギルバートさん、お戻りになられたのですか?」
「半年振りですか? いや、なんだかまた立派になられましたねぇ」
「そうでしょうか? 自分ではあまり変わっていないような気がするんですけどね」
男性の言葉に対して、商会の面々も同じように親しそうな言葉を返していた。
そのやり取りに、私は混乱する。彼は一体、何者であるのだろうか。
「ああ、アルシエラ様、すみません。勝手に話を進めてしまって……」
「え? ああ、いえ、それは大丈夫です。ただ、この方は一体……」
「彼は、ギルバート・エルセデスさんという方です。このラナキンス商会の重鎮の一人です」
「重鎮……」
説明を受けた私は、改めてギルバートさんの顔を見た。
まだ若いはずの彼は、どうやらかなり高い地位に就いているらしい。
そういえば、彼は私に対して確かに上司のような接し方をしていた気がする。あの態度は、そういうことだったのだ。私は少し納得することができた。
「重鎮というのはやめてください。僕はただ、父の後を継ぐことになったというだけですから。まだまだ未熟な若輩者ですよ」
「いやいや、ギルバートさんには地位に見合った能力がありますよ」
「そうです。そうです。ガーランドさんも、その能力を評価して、ラナキンスさんに自分の後継者として推薦したんでしょうし……」
よくわからないが、ギルバートさんは父親の後を継いでその地位を得たらしい。
貴族もそうではあるが、やはり世襲制ということなのだろう。
ただ彼の場合は、周りの人からも慕われている訳だし、その能力は確かなはずだ。優秀で謙虚な後継者に、ガーランドさんという人は恵まれたといった所だろうか。
「……ところで、こちらの女性は一体誰なんですか?」
商会の面々と和気あいあいと話していたギルバートさんは、そこで私に目を向けた。
当然のことなのだが、私が彼のことを知らなかったように、彼も私のことは知らなかったのだろう。その顔には、疑問符が浮いている。
考えてみれば、それは当然だ。見知らぬ女性が部下達から様付で呼ばれている。彼にとっては、訳がわからない状況であるだろう。
「ああ、彼女はアルシエラ様です。なんと言ったらいいんでしょうかね……ああ、そうだ。ギルバートさんは、アルシャナ様を知っていますよね?」
「え? ええ、父と一緒に何度かお会いしたことがありますが……」
「アルシエラ様は、あの方の娘さんなんですよ」
「……はい?」
説明を受けたギルバートさんは、先程にも増して訳がわからないというような顔をしていた。
確かに、今の説明だけでは少し理解が追いつかないだろう。私がアルシャナの娘であるということは、つまり私が貴族の娘であることを表している。その娘がどうして、ここで働いているのか、当然疑問に思うはずだ。
「……実は色々とあって、私は伯爵家を追放されてしまったんです」
「伯爵家を追放? そ、それはなんとも大変なことではありませんか」
「ええ、そこをお母様と縁があったラナキンスさんに拾ってもらって、こうしてこちらで働かせてもらっているという訳です」
「な、なるほど……」
とりあえず私は、ギルバートさんに自分の事情を説明した。
もう私は気にしていないことではあるが、他の人ではこの事情は話しにくいだろう。そう思ったからだ。
その事情にも、ギルバートさんはひどく驚いている様子だ。まあ、それも当たり前かもしれない。私の事情は、かなり特殊である訳だし。
「まあ、色々とあった訳ですけど、それでもアルシエラ様は高貴な人ですからね。俺達は敬意を込めて、アルシエラ様と呼ばせてもらっている訳です」
「私は、やめて欲しいと言っているのですけれどね?」
「そうですか……いや、すみません。僕も、中々に無礼な態度を取ってしまいましたね?」
「お気になさらないでください。今の私は、あなたの部下にあたる訳ですから」
「ぶ、部下ですか……」
ギルバートさんは、私に対して少し微妙な顔をしていた。
なんというか、追い出されたといっても、やはり私は貴族の一員として扱われるらしい。事実としてもう私に地位はないのだが、皆の認識はそんなに変わらないである。
商会の皆やギルバートさんの態度に、私はそんなことを思うのだった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!