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「わぁ……! 凄いね、彩奈!」
隣にいる彩奈の腕を引っ張って、興奮気味にそう話す。
目の前に広がるのは巨大な温水プール。奥には、ウォータースライダーなんかもある。
──そう。
私は今、スパに来ている。勿論、お兄ちゃんとひぃくんには内緒で。
斗真くんに誘われた私は、彩奈を誘って遊びにやって来たのだ。
「花音ちゃーん! 彩奈ちゃーん!」
呼び声に振り返ると、着替え終えた斗真くん達が遠くで手を振っている姿が見える。そんな斗真くん達に向けて、軽く手を振り返す私と彩奈。
斗真くん達の近くにいる女の子達が、チラチラと斗真くん達を見ては頬を赤く染めている。
(やっぱりモテるんだなぁ……)
確かにイケメンだもんね、と感心する。
「──ねぇねぇ!」
突然目の前にドアップの顔が現れ、驚いた私は後ろによろめいた。
そんな私の腕をガシッと掴んだお兄さんは、ニッコリと笑うと口を開いた。
「君達、二人で来たの? 可愛いね。お兄さん達と一緒に遊ばない?」
「すみません。私達、彼氏と一緒に来てるので」
隣から聞こえてきた彩奈の言葉に驚いて、思わず彩奈を凝視する。
そんな私を、シレッと横目にした彩奈。
(あ……、そっか。追い払う為に嘘付いたんだ)
「またまたぁー。さっきから君達ずっと二人でいるじゃん。嘘付いちゃダメだよー?」
中々鋭いお兄さん。
(どうしよう、彩奈……)
掴まれた腕と彩奈を交互に見る。
「嘘じゃありません。その子達、俺達の連れです」
一人その場でオロオロと困っていると、突然現れた斗真くんが私の腕を掴んでいるお兄さんの手に触れた。
それに反応したお兄さんは、「なんだ、本当に男連れかー。ごめんねー」と言って去ってゆく。
「ごめんね。俺達が遅くなっちゃったから……」
腰を屈めて私の顔を覗き込む斗真くんは、とても申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。
「ううん、大丈夫。ちょっと……、ビックリしただけだから」
そう言ってニッコリと笑って見せれば、安心したように微笑みを返してくれる斗真くん。
「……水着、可愛いね。似合ってる」
「あっ、ありがとう」
私の水着姿をジッと眺める斗真くん。
なんだか急に恥ずかしくなって、少しだけ顔を俯かせるとその視線から逃れる。
(そんなに見つめないで頂きたい……)
チラリと視線を上げると、私と目の合った斗真くんがニッコリと微笑む。
「花音ちゃん、行こう?」
私の手を取った斗真くんは、そう告げると流れるプールへと向かった。
浮き輪に入ってプカプカと流れるのは、なんだかとっても気持ちがいい。
「花音ちゃん。楽しい?」
「うんっ」
浮き輪に掴まって一緒に流れている斗真くんは、私を見つめて優しく微笑む。
「良かった。俺も凄く楽しい」
浮き輪に両腕を乗せ、小首を傾げてニッコリと微笑む斗真くん。
(なんだろう、凄く癒される……。斗真くんて癒し系なんだね)
普段私の周りには存在しない、この何とも癒される独特の雰囲気。
(とっても心地がいい……)
いつもひぃくんに振り回されてばかりいるせいで、たぶん凄く疲れているのかもしれない。
(ヒーリング効果でもあるのかな、斗真くんて。あぁ……、ひぃくんの事考えたせいかな……。ひぃくんの幻が見えてきちゃったよ)
そう思いながら、ひぃくんの幻を眺める。幻を……まぼ──
────!?
私は思わず目を見開いた。
(幻じゃない……っ!)
女の人達に囲まれて、逆ナンされているイケメン──。あれは、間違いなくひぃくんだ。
(っ……何で!? 何でここにいるのっ!?)
「花音ちゃん、どうかした?」
私の異変に気付いた斗真くんは、心配そうな顔をしてそう訊ねる。
「えっ!? っ……な、何でもないよ!?」
思わず笑顔が引きつってしまった。
(絶対に見つからないようにしなきゃ……っ。だっ、大丈夫……こんなに広いんだもん。見つかりっこないよね)
自分は簡単にひぃくんを見つけたというのに、どこからくる自信なのか……。私は見つかりっこない、大丈夫だと高を括った。
そして浅はかだった私は、この後すぐにひぃくんに見つかってしまうのだ。
──────
────
流れるプールから出た私は、飲み物を買おうと斗真くんと一緒に歩いていた。
「花音ちゃん。あれって……榎本先輩だよね?」
斗真くんが指差す方向に見えるのは、女の人達に囲まれたイケメン。
そう──あれは、間違いなくひぃくん。
「っ……ちっ、違うと思うよ!? 行こう、斗真くん!」
見つかっては困る。そう思った私は、この場から離れようとクルリと背を向けた。
「えっ、でも……。こっちに向かって来るよ?」
斗真くんの言葉にギョッとして、思わず目を見開くと後ろを振り返る。
周りにいる女の人達を軽く手で振り払いながらも、こちらに向かって歩いて来るひぃくん。その顔は、何だかとても焦っているように見える。
(……嫌な予感しかしない)
思わず一歩、後ずさる。
心配そうな顔をして、私とひぃくんを交互に見ている斗真くん。
(お願い……っ。こっちに来ないで、ひぃくん)
私の願いも虚しく、気が付けば目の前に現れたひぃくん。
私の肩をガッチリと掴むと、焦った顔のまま口を開いた。
「花音っ! どうして裸なの!? っ……ダメだよ、裸で人前になんて出たらっ!」
大きな声でそう言ったひぃくんに、一瞬で周りがシーンと静まり返る。
(っ……目眩がする。ひぃくん……私、水着着てるよ。裸な訳ないじゃん……)
私に集まる、好奇の視線。
斗真くんの濡れた髪からはポタリと水滴が垂れて、まるで汗の様に額を流れる。
「花音の裸なら、後でいっぱい見てあげるから! ……っ、だからお願い! 人前ではダメだよ!」
焦った顔をして、大きな声でそう告げたひぃくん。
(……それではまるで、私が痴女のよう。なんて最悪なんだ……っ)
目眩に足元がフラつく。
自分の着ていたパーカーを私に羽織わせると、フラつく私を支えたひぃくん。心配そうな顔をして、「大丈夫?」と聞いてくる。
(いや……。あなたのせいだから……っ。どうしてくれるの、この状況……)
呆然とした顔で見上げると、その視線に気付いたひぃくんが「可愛いー」と言って私を抱きしめる。
ダラリと力の抜けた腕を垂らしたまま、大人しくひぃくんの腕の中に抱きしめられている私。
(あぁ……。これなら顔は隠せるかも……)
放心状態の頭で、ただボンヤリとそんなことを思った。
◆◆◆
「楽しいねー。花音っ」
私の背中にピタリとくっついているひぃくんは、嬉しそうな声でそう言った。
──あの後。
ひぃくんに強引に連れられてやってきたのは、またしても流れるプールだった。
(さっきまでいたのに……)
また私は、プールへ逆戻りだ。
『さっき遊んだから、嫌』
そう告げると、狡い狡いと駄々をこね出したひぃくん。
それを見ていた斗真くんが、困ったような笑顔で『花音ちゃん、行ってきてあげたら?』と言った。
それで、今のこの状況。
二人で密着したまま浮き輪に入り、プカプカと浮かんでゆっくりと流れている。
(何なのよ、これ……っ)
思わず顔が引きつる。
一人用の浮き輪に無理矢理入ってきたひぃくん。二人で入ると、身動きすら取れない。
ミッチミチに浮き輪に入ったまま、私達は今、プールに浮かんでいるのだ。
「ママ見て~。ラブラブだね~」
「そうねぇ。ラブラブね~」
小さな男の子を連れた親子連れが、クスクスと笑いながら私達の横を流れてゆく。
「ラブラブだねー、花音っ」
身動きが取れないのをいい事に、そう告げると私の頬にキスをしたひぃくん。
(これは……っ、新手の拷問だろうか?)
まだまだ半分以上もあるプールの先を眺める。
私は後ろで楽しそうに話すひぃくんの声を聞きながら、顔を引きつらせたままただ黙ってプールに浮かんでいた。
◆◆◆
「わーっ! 結構高いね」
「え、めっちゃ楽しそう」
斗真くん達がキラキラと瞳を輝かせる中、私は少しだけ足を震えさせた。
私達は今、ウォータースライダーへ来ている。何故かひぃくんも一緒に。
一人で来たと言うひぃくんに、『じゃあ、一緒に遊びますか?』なんて言ってしまった斗真くん。
(ひぃくんに甘すぎだよ……)
結構な高さのあるウォータースライダーに、やっぱり辞めとけばよかったと後悔する私。
実は、高所恐怖症だったりする。
「花音、大丈夫?」
「だから辞めときなって言ったのに……」
心配そうに私の顔を覗き込むひぃくんと、その横で呆れたような顔を見せている彩奈。
それは勿論、ごもっともな意見なのだけれど。でも……。
せっかく皆で遊びに来ているのに、ひぃくんと二人で待っているなんて嫌だったのだ。
(でも、こうして来てみると……)
下から見るよりも遥かに高い高さに、やっぱり辞めようかと気持ちが揺らいでくる。
(どうしよう……。どうしよう……っ)
「花音ちゃん、大丈夫……? やっぱり辞める?」
どうしようかと悩んでいる内に、いつの間にか私達の順番まで来てしまったようだ。
目の前には、心配そうに私の顔を覗き込んでいる斗真くんがいる。
「うん。やっぱり辞める」そう言おうと口を開いた瞬間、グイッと横から腕を引かれてよろめいた。
「花音、二人用があるよ? これなら怖くないよ」
そう言ってニッコリと微笑んだひぃくんは、そのまま私を抱え上げるとゴムボートへと乗せた。
その背後に、ピタリと身を寄せて座ったひぃくん。
「っ、……ひぃくん。私、やっぱり辞め──」
「大丈夫だよ。ギュッてしててあげるからね?」
チラリと後ろを振り返ると、ニッコリと微笑んだひぃくんが私の身体に腕を回してギュッと抱きしめた。
「え……?」
その違和感に、自分の胸元へと視線を向けてみると──。
(ひぃくんの手が、私の胸を……。胸を……掴んで……、る)
そう認識した、次の瞬間──。
グラリと身体が傾き、そのまま私達を乗せたゴムボートが勢いよく滑り出した。
「っ、いやぁぁああーーっっ!!!」
私の大絶叫を響かせながら、グングンと加速してゆくスピード。それはもう、もちろん怖い。本当に凄く怖い。
でも──私の胸元にあるひぃくんの手の方が、そんな事よりもよっぽど気になる。
(何で……っ、胸なんか掴むの……っ! ひぃくんのバカっ!!)
「キャァァアアーーッ!!!」
文句を言いたいのは山々だけど、それどころではない私は悲鳴をあげながらスライダーを滑ってゆく。
何度も何度も絶叫し続けた私は、下へ到着した時には魂の抜け殻のようになっていた。
「楽しかったねー」
目の前で呑気に笑っているひぃくん。
きっと、私の胸を掴んだ事なんて気付いていないのだ。
(なんて失礼なやつ……)
「おいで、花音」
先にプールから上がったひぃくんは、私に手を差し伸べるとニッコリと微笑んだ。
沈黙したままその手を掴むと、プールから引っ張り上げてもらう。
「楽しかったねー。もう一回乗る?」
「絶対に嫌。ひぃくん一人で行けば」
「花音が乗らないなら、行かないよ?」
ニコニコと笑顔で話すひぃくんの横を、力の抜けた身体でトボトボと歩く。
(何だか凄く疲れた……。絶対にひぃくんのせいだ。だいたい、何でひぃくんがここにいるの?)
隣にいるひぃくんをチラリと見上げると、ニッコリと微笑んだひぃくんが口を開いた。
「さっきはごめんね。わざとじゃないよ?」
そう告げると、小首を傾げてフニャっと微笑んだひぃくん。
(え……っ。気付いて……、た……? 気付いてたんだ……っ!)
さっきは失礼なやつ。とか思ってしまったけど、できれば気付かないで欲しかった。
(もう、最悪……っ)
泣きそうになってその場で俯くと、そんな私の顔を覗き込んだひぃくん。
「大丈夫だよ? 柔らかくて凄く気持ちよかったから」
そう言ってニッコリと微笑むひぃくん。
(意味がわからない……。何が大丈夫なのよ……っ)
私が気にしているのは、柔らかさではない。
「っ、……ひぃくんのバカッ!!」
もう、恥ずかしさやら怒りやらで何だかわからなくなってしまった私は、ひぃくんに暴言を吐くとそのまま泣き出した。
「泣かないで、花音。大丈夫だよ?」
困ったような顔をさせながら、私の頭を撫でて涙を拭ってくれるひぃくん。
(何が大丈夫なのよ……。私が気にしてるのは柔らかさじゃないんだから……っ。凄く……っ、恥ずかしかったんだからっ)
きっと、ひぃくんには伝わらないんだろうな。そう思った私は、泣いている自分がなんだかとても虚しく思えた。