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──お昼休み。
屋上でお弁当を食べていると、隣にいるひぃくんが口を開いた。
「昨日は楽しかったねー。また一緒にスパ行こうね、花音」
ニコニコと笑顔で話すひぃくん。
(そ、それは今言って欲しくなかった……)
私は昨日、彩奈と二人で映画に行くと嘘を付いて家を出たのだ。
チラリとお兄ちゃんの様子を伺った私は、握っていたお箸をポロリと落とした。
私の目の前には、お兄ちゃんではなく鬼がいた。
「花音……。昨日、スパに行ったのか?」
固まったまま何も答えない私を見ていたお兄ちゃんは、私の隣にいるひぃくんへと視線を移す。
すると、その視線に気付いたひぃくんが話し出した。
「そうだよ。花音たら裸で歩いてたから……ビックリしちゃったよ」
────!?
ひぃくんの発した言葉に、ギシリとその場で身を固めた私とお兄ちゃん。
(ひぃくん……っ、ビックリなのは私の方だよ。私、ちゃんと水着着てたし。裸でなんて歩いてないから……)
「はだ……、か……っ?」
両目を丸く見開いたお兄ちゃんは、ゆっくりと頭を動かすと驚きに見開かれた瞳で私を捉えた。
「ちっ……違うよっ、お兄ちゃん! 私ちゃんと水着着てたよ!?」
「じゃあ……スパには行ったんだな?」
(ああ、何て事だ……)
私はスパに行った事を認めてしまったらしい。
せっかく色々と考えて上手く嘘が付けたと思っていたのに……。全部、ひぃくんのせいだ。
(何でよりにもよってお兄ちゃんの前で言うのよ!)
キッとひぃくんを睨みつけると、私の視線に気付いたひぃくんは、「また行こうねー」なんてニコニコとしている。
(なんて呑気な人なんだろう……。今の状況、わかってる? 私今、お兄ちゃんに追い詰められてるんだよ?)
相変わらずニコニコとしているひぃくんを見て、諦めた私はお兄ちゃんの顔を見ると口を開いた。
「嘘付いてごめんなさい……」
今にも消えてしまいそうな程に小さな声で謝る。だって、お兄ちゃん怖いんだもん。
味方につければこれ以上にないくらい心強い。だけど、敵ともなれば話は別。
とんでもなく恐ろしい鬼だ。
(お願い……、鬼にならないで)
顔を俯かせてビクビクとしていると、大きく溜息を吐いたお兄ちゃんが口を開いた。
「響が一緒だったんならまぁ、いいよ。もう嘘は付くなよ?」
(……え? いいの? だってひぃくんだよ? 私は全然よくないけどね!?)
何だかんだ、お兄ちゃんはひぃくんを信頼しているらしい。昔からそう。
最終的には、ひぃくんが一緒ならいいと言ってくれる。
(何で……?)
何でかはわからないけど、とりあえずこの場は助かった。
(ひぃくん、たまには役に立つね)
チラリとひぃくんを見る。
「わかったのか? 花音」
「はっ……、はい! わかりました」
ひぃくんを見ていた私は、お兄ちゃんの声に驚いてピシッと背筋を伸ばすとそう答える。
その返事を聞いて、満足気にニコリと微笑んだお兄ちゃん。
(良かった……)
安心した私は、再びお弁当を食べようと視線を下げる。
(あっ、お箸落としたんだった……。どうしよう、食べれない)
地面に転がるお箸を見つめていると、私のすぐ横からお箸の握られた腕が伸びてきた。
その腕を辿って横を見ると、ニッコリと笑ったひぃくんが口を開く。
「食べ終わったから、使っていいよ」
「……ありがとう」
素直にひぃくんからお箸を受け取ると、食べかけだったお弁当を食べ始める。
すると、やけに隣から視線を感じる。
(……何だろう? そんなに見られると食べにくいんだけど)
「美味しそうだねー」
隣から聞こえる声に、小さく溜息を吐く。
(もう……。まだ食べ足りないからって、そんなに見つめないでよ。言ってくれれば分けてあげるのに)
「食べる?」
「えっ! いいの!?」
嬉しそうにキラキラと瞳を輝かせるひぃくん。
子供みたいなその姿に、思わずクスリと笑みが溢れる。
「いいよ」
私は笑顔でそう答えると、ひぃくんが好きな玉子焼きをお箸で掴んだ。
そしてそのお箸をひぃくんの方へと差し出す。
「いただきま〜すっ」
嬉しそうな声を上げながら、ゆっくりと私に向かって近付いてくるひぃくんの顔。
「えっ……?」
「……響っ!」
耳に響くのは、お兄ちゃんの焦ったような声。ポロリと地面に落下してゆく玉子焼き──。
ひぃくんは私の頬を……パクリと食べた。
呆然と固まったままの私は、ひぃくんを引き剥がしたお兄ちゃんにゴシゴシと頬をこすられる。
(お兄ちゃん……。ひぃくん、こんなだよ? 本当にひぃくんでいいの……? ……何で?)
そんな事を思いながら、私はこすられ過ぎてヒリヒリと赤くなった頬をそっと手で抑えた。
◆◆◆
「──ねぇ、花音ちゃん」
目の前にフッと影が差し、帰り支度をしていた私は手元から視線を上げると声の主を見た。
私の目の前で、ニコリと微笑むクラスメイトの志帆ちゃん。
「今日って、これから暇かな?」
「……うん。どうしたの?」
「今日ね、これから合コンがあるんだけど……。花音ちゃん、一緒に行かない? 前に彼氏欲しいって言ってたよね?」
私の様子を伺うように、小首を傾げて訊ねる志帆ちゃん。
「い、行きたいっ! 彼氏欲しい!」
勢いよく立ち上がった私を見て、クスクスと笑い声を漏らす志帆ちゃん。
「良かった。南高の人なんだけどね、可愛い子呼べって煩くて……」
「えっ……。わ、私で大丈夫なのかなぁ……?」
(行きたい。けど……可愛い子しかダメなら、私なんてお呼びではないんじゃ……)
「大歓迎だよ! 花音ちゃんが一番可愛いもん!」
そうお世辞を言ってくれる志帆ちゃん。なんて優しいんだろう……。
「駅前のカラオケで集合だから、一緒に行こう?」
「うんっ!」
合コンなんて初めてな私は、ワクワクとした気持ちで笑顔で答える。
問題なのは、ひぃくんとお兄ちゃん。もうそろそろ教室に迎えに来る頃だ。
(何て言い訳をしよう……)
素直に言ったところで、絶対に許してくれるはずはない。かと言って、嘘も付けない。
ついこの間、お兄ちゃんに約束してしまったから……。
──残る手段は、一つしかない。
「彩奈! 先に帰ったってお兄ちゃんに言っておいて! 志帆ちゃん、ダッシュで行こっ!」
近くにいた彩奈にそう告げると、私は志帆ちゃんの手を取って急いで教室を出ていこうとする。
そんな私の背後から、「えっ!? ちょっと花音!」と言っている彩奈の声が聞こえる。
(ごめんね、彩奈! 後はまかせたっ!)
心の中で謝罪をした私は、そのまま志帆ちゃんを連れて教室を後にした。
◆◆◆
「っ……何この子!? めちゃくちゃ可愛いじゃん!」
「でしょ〜?」
両目を大きく見開いている男の子の前で、得意げな表情をさせている志帆ちゃん。
私は今、合コン会場である駅前のカラオケ店に来ている。
見開いた瞳で私を見つめているのは、少しチャラそうなイケメンさん。その横には、何だか男性とは思えないほどの色気を放つイケメンさんがいる。
(ど、どうしよう……)
あまり深く考えずに来てしまった私は、よくよく考えてみたら合コンとは何をする場なのか……。全くわからなかった。
(とりあえず、座ってもいいのかな?)
チラリと空いているソファに視線を送る。
「こっちにおいで」
声のする方を見てみると、色気の凄いイケメンさんが自分の座っている隣をポンポンと叩いている。
(隣に座れって事……、だよね? いいのかな?)
「うわぁー! 先越された。蓮が相手じゃ敵わねーよ」
ガックリと肩を落としたチャラそうなイケメンさんは、そう言うと「はい、こっちに座ってね〜」と私をソファへと座らせる。
チラリと横を見ると、色気の凄いイケメンさんがニッコリと微笑む。
「お名前は?」
「結城……花音です」
「俺は蓮。よろしくね、花音ちゃん」
「あ、はい。……よろしくお願いします」
(こんな感じでいいのかな……? 次は何を話せばいいの?)
そんな事を思っていると、蓮さんが話を振ってくれた。
「花音ちゃんは一年生?」
「はい、そうです」
「可愛いね。俺は三年」
「…………」
(な、なんて返せばいいのかわからない。どうしよう……)
チラリと志帆ちゃん達の方を見てみると、すっかりと馴染んで会話が弾んでいる。
(一度しか会った事がない人だって言ってたのに、志帆ちゃんてコミュ力高いんだなぁ……)
そんな志帆ちゃんに関心していると、またもや蓮さんが話を振ってくれた。
「合コン、初めて?」
「はい……」
「そっか。それじゃあ緊張しちゃうね」
(はい、そうなんです……。今、とっても緊張しています。……どうしたらいいのかわかりません)
ヘタレな私は心の中で溜息を吐いた。
(ダメだ……。私、合コン無理かも)
カラオケ店に入って十分弱。来るんじゃなかったと、さっそく後悔をする。
その後も、次々と話題を振ってくれた蓮さん。私はというと、ただ黙って話を聞いているか、時折「はい」とか「そうなんですね」と返事を返すだけだった。
(ダメだ……っ。会話が続けられない)
「あ、あの……。トイレに行ってきます」
そう伝えると、私はトイレへ逃げ込んだ。
(どうしよう……)
もう帰りたいとは流石に言えない。
カラオケがあるなら大丈夫かな? なんて思っていたけど、さっきから誰も歌など歌っていない。
(……合コンて、そういうものなの?)
これでは場がもたない。
小さく溜息を吐くと、目の前にある鏡を見る。
「もう、戻らないとね……」
情けない顔をした自分に向けて小さく呟く。
いつまでもトイレにいるわけにもいかず、私はすっかりと気落ちしてしまった心のまま部屋の扉を開いた。
「え……?」
部屋へと一歩入ったところで、小さく声を漏らすとピタリと足を止めた私。
それもそのはず。先程までいた志帆ちゃんの姿が見当たらないのだ。
室内を見渡してみると、あのチャラそうなイケメンさんの姿もない。
それどころか、志帆ちゃんの荷物までないのだ。
「あの、志帆ちゃん達は……?」
「あの二人なら先に帰ったよ?」
「えっ……!?」
(さ、先に帰った!? 志帆ちゃん、私を置いて先に帰っちゃったの……?)
呆然と扉の前で固まる私。
「ここからは二人で楽しもうね」
立ち尽くしている私の腕を掴んだ蓮さんは、そう言うと私をソファへと座らせる。
肩にまわされた腕にガッチリと掴まれ、全く身動きが取れない。
(あ、あれ……? 何か……っ怖い……、かも)
「あの……。私も……か、帰ります」
小さな声で縮こまってそう伝える。
「なんで?」
そう言ってニッコリと微笑む蓮さん。
確かに微笑んではいるのだけど……。私の肩を掴む蓮さんの力が強くて、何だかとても怖い。
(どうしよう……、帰りたい)
「わ、私……っ、あの……」
────!?
蓮さんの手が突然私の太腿に触れ、驚いた私はビクリと肩を揺らした。
(な、何!? やだ……っ!)
太腿に触れている蓮さんの手を掴むと、その手を退けようと力を込める。
両手で掴んでいるというのに、蓮さんの手はビクともしない。
スカートの中に少しだけ入ったその指先に、気付けば恐怖で私の瞳には涙が溢れていた。
「やめっ……。やめ、てくださ……っ」
ガタガタと震える身体で、涙を流しながら小さな声で懇願する。
それで辞めてくれると思っていた──。
初対面でよくわからない人とはいえ、私は泣いているのだ。
「ごめんね」と言って、手を離してくれる。そう期待していた私は、頭上から聞こえてきた声に思考が追いつかなかった。
「大丈夫だよ。大人しくしててね」
そう言って私をソファへと押し倒した蓮さんは、私に跨ると片手で私の口を塞いだ。
────!!?
突然の出来事に、全く状況が理解できない。
(何、これ……? 何……!? いや……怖い……っ!!)
ガタガタと震えながら、次々と溢れてくる涙。
(怖い……っ、怖い! 助けて……! 助けて、ひぃくん……っ!!)
何故か私の頭に浮かんできたのは、笑顔のひぃくんだった。
(ごめんなさい……っ。黙って合コンになんて来るんじゃなかった。もうしない……絶対にしないから……っ。だからお願い……、ひぃくん助けて!!!)
ギュッと固く瞼を閉じた、その時──。
────バンッ!!
突然、部屋の扉が乱暴に開かれ、その音に反応して全開になった私の瞳。
目の前に見えるのは、私の上に跨っている蓮さん。その蓮さんがグンッと一瞬上へと持ち上がったかと思うと、そのまま視界の端へと吹き飛んだ。
「……花音っ!!」
(──!! 来てくれた……っ。助けに、来てくれた……っ!)
視界に入ってきたひぃくんの姿を見て、安堵からボロボロと涙を流す。
「ひぃ……っぐっ、ん……っ」
「っ……大丈夫。もう大丈夫だよ、花音。怖かったね……もう大丈夫だから」
そっと私を抱き起こしてくれたひぃくんは、そのまま私を抱きしめると優しく頭を撫でてくれる。
何度も何度も「大丈夫だよ」と言ってくれるひぃくんのその声は、とても優しく私の耳に響いて、何だかとても安心する。
その後、ひぃくんからの連絡で駆け付けてくれたお兄ちゃん。
凄く怒られる。そう覚悟していたのに、私を見たお兄ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔をして優しく抱きしめてくれた。
そんなお兄ちゃんを見た私は、鼻水を垂らしながらも「ごめんなさい」と謝り続けた。
彩奈から事情を聞いた二人は、ずっと手分けして駅前のカラオケ店を探し回ってくれていたらしい。そんな二人に、私はなんて馬鹿なんだろうと心から反省した。
私をおぶって帰るひぃくんの横顔を見つめながら、小さく「ありがとう」と呟く。
そんな私を横目に確認したひぃくんは、フワリと優しく微笑んでくれる。
──昔から、いつだって私を助けてくれたひぃくん。
男の子に意地悪された時も、痴漢に遭った時も……しつこいナンパに遭った時も。いつも必ず、ひぃくんが助けてくれた。
(何でそんな事も忘れてたんだろう……。昔から、ひぃくんは私のヒーローだったのに)
目の前のひぃくんキュッと抱きつくと、私はその優しい温もりに涙を流した。
(ひぃくん……っ、ごめんね。……いつもありがとう)
心地よく揺れる背中の上でそっと瞼を閉じると、私はそのまま黙って自宅へと帰って行った。
◆◆◆
──その日の夜。
自室のベットの中で中々寝付けないでいた私は、少し震える自分の手をキュッと握った。
今日あった出来事が頭の中で何度も再生され、その度に恐怖が蘇ってくる。
(あの時、ひぃくんが来てくれなかったら……今頃私はどうなってたんだろう)
そう考えると、とても恐ろしかった。
考えちゃダメ。そう思うのに、今日の出来事を嫌でも思い出してしまう。
(眠れないよ……)
そう思いながら、ギュッと固く瞼を閉じた──その時。
フワリと背後から夜風が吹き込み、ギシリとベッドを軋ませたひぃくんがキュッと優しく私を抱きしめた。
「……花音」
私の耳元で、優しく囁くひぃくん。
いつもは私が寝ている間に、いつの間にか忍び込んで来るひぃくん。まだ午後十時だというのに、今日は私が起きている時間に来たようだ。
クルリと後ろに向きを変えると、優しく微笑むひぃくんと視線がぶつかる。
「ずっと花音のこと守ってあげるからね」
そう告げながら私を見つめるひぃくんの瞳は、とても優しかった。
堪らずひぃくんにギュッとしがみつくと、その胸元に顔を埋める。そんな私の頭を優しく撫でてくれるひぃくんは、そっと私の髪にキスをすると、「おやすみ、花音」と優しく囁く。
(今日だけは、ひぃくんに甘えさせて貰おう。今日だけ……っ、今だけだから……)
そう心の中で何度も呟いた私は、ひぃくんの心地良いぬくもりに包まれながら、ゆっくりと意識を手放していった。