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ページを捲る手が、得体の知れない恐怖で凍りつく。


日記の後半、紙面にはどろりとした黒い染みが不気味に広がり


人間の知恵では計り知れない、異界の言語のような歪な紋章が血のような色で描かれていた。


ジェルは、禁忌とされる「影の契約」を交わしたのだ。


一人で軍隊を蹂躙できるほどの強大な武力と、人々の認識や記憶を自在に操作する


「暗示」の禁術を手に入れる代わりに


自らの心の一部───愛や慈悲といった輝きを闇に捧げるという、呪われた契約を。


「……嘘。じゃあ、私が記憶を失ったのも、この国の王女だと思い込まされているのも、すべてジェルネイルの仕業……?」


背筋を突き抜けるような激しい悪寒。


彼が血眼になって守り抜こうとしていたのは


「エトワール王国の王女」という高貴な地位などではなかった。


その椅子に座らされ、いつか使い捨てられる運命にあった


「あのときの少女」───私自身の命だったのだ。


彼は私を地獄のような運命から救い出すために


本当の王女が暗殺されたあの日


その混乱に乗じて、禁忌の力で私の記憶を封じ込めた。


そして、私を「救われた高貴な王女」という完璧な嘘で塗り固め


自らが作り上げた、優しさに満ちた偽りの檻に閉じ込めたのだ。


不意に、背後の扉が音もなく、重く開いた。


「…見られてしまったか。僕が一番、誰にも……特に君には隠しておきたかった、醜い僕の根源を」


廊下の冷たい空気とともに、感情を削ぎ落としたジェルの声が降ってくる。


弾かれたように振り返ると、そこには儀式の漆黒の礼装に身を包んだ彼が立っていた。


その瞳は、先ほどまで私に注いでいた甘い熱を完全に失っている。


そこにあるのは


日記に描かれていたあの歪な紋章と同じ、底知れない虚無と闇の色が渦巻く深淵だった。


「ジェル、あなたは……私をどうするつもりなの? 今までのように、私を騙し続けるの?」


ジェルは一歩、また一歩と、影を従えるように距離を詰めてくる。


その足取りは、愛する者へ歩み寄る慈しみのそれではなく


もはや逃げ場のない獲物をじっくりと追い詰める、冷徹な捕食者のものだった。


「どうもしないよ、シェリー。君は、何も考えなくていい。ただ僕が作り上げたこの美しい夢の中で、永遠に、人形のように微笑んでいればいいんだ」


彼の大きな、冷え切った手が、日記を握りしめて震える私の手を上から強引に包み込む。


その体温は、生きている人間とは思えないほど低かった。


まるで、温かな魂を闇に喰われ、冷たい執着だけが残った抜け殻に触れているような──


その手から伝わるのは


果てしない孤独と、引き返すことのできない狂気の重みだった。

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