王位継承の儀式が数日後に迫り
王宮内は異様なまでの熱気と、肌を刺すような緊張感に支配されていた。
ジェルによる私への干渉は
もはや「保護」や「愛」といった甘美な言葉の域を完全に踏み越し
一人の人間を解体して作り直すような執拗な「調教」へと変貌していた。
食事の量、睡眠の深さ
唇から零れる言葉の端々に至るまで、彼は私のすべてを自らの指先一つで操ろうとする。
彼が望むのは、私の意思ではなく
彼が描く完璧な「女王」として玉座に据えられた、血の通った精巧な人形でしかなかった。
ジェルの巨大な影に怯え、彼の手のひらの上でただ無力に踊るだけの繰り人形。
それが、この美しい檻の中で私に許された唯一の役割であり、生存戦略だった。
けれど、運命の歯車が狂う瞬間は、静寂の中に訪れた。
ジェルが儀式の最終調整と
禁忌の魔術を安定させるために、地下深くの秘められた祭壇へと向かったその隙を突き
私は震える足取りで再び「あの場所」へと向かった。
王宮の北側に位置する旧館。
かつて誰にも見つからないようにピアノを弾いた
埃と静寂
そして無慈悲な月光だけが立ち入ることを許された、あの隠し部屋だ。
重厚な扉を軋ませながら押し開けると
長い間停滞していた冷たい空気が刃のように私の肌を刺した。
ピアノの傍ら。
以前訪れた時には影に紛れて気づかなかった、分厚い布に覆われた大きな塊がそこにあった。
私は吸い寄せられるようにその前へと歩み寄り
肺を抉るような呼吸を一つ吐くと、布を力任せに引き剥がした。
そこに現れたのは
銀の装飾が蛇のようにのたうち、不吉なほどに美しい輝きを放つ古びた大鏡だった。
鏡面は長い年月の埃で曇り、底知れない深淵の闇を覗き込んでいるような錯覚に陥る。
私は逃げ場のない真実を求めるように、その冷徹なガラスの表面に掌を押し当てた。
「…思い出させて。私は、誰なの、私は……っ」
その瞬間
指先から焼けるような電気的衝撃が走り、脳内に濁流のような記憶の奔流が流れ込んできた。
───視界が、おぞましい鮮血の色に染まる。
燃え盛る王宮の紅蓮、耳を裂く悲鳴と怒号。
そして、目の前の床で、自分と全く同じ顔をした少女が、喉を切り裂かれ血の海に沈んでいく光景。
私は、高貴な王女などではなかった。
私は、北方の貧しい村から
ただ「王女と顔が瓜二つである」という
残酷な理由だけで買い上げられ、感情を奪われて育てられた、名もなき影武者に過ぎなかったのだ。
『いいかい。お前は今日からシェリー王女だ。本物の王女が天寿を全うするか、あるいは死ぬその日まで、お前には名前も、過去も、心も……自由さえも必要ない』






