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※続きです
テーブルに戻ると
「じゃあ今日は1日暇なんだ 」
青年はぶっきらぼうに言った。
喫茶店を出ると坂を上った。
坂の上にいい所があるらしい。
「ここ。」
彼が指したのはプールだった。
あき「冗談じゃない。こんな寒いのに。」
「温水だから平気」
あき「水着持ってないし」
「買えばいいやろ。」
自慢では無いけれど俺は泳げない。
あき「嫌だよ。プールなんて」
「泳げないん。」
青年がおかしそうな目をしたので、
俺はしゃくになり黙ったまま入場券を買ってしまった。
俺らの他には誰もいなかった。
準備体操を済ませて、しなやかに水に飛び込んだ
彼は魚のように上手に泳いだ。
プールの人工的な青も
かルキの匂いも
反響する水音も
俺にはとても懐かしかった。
ゆっくり水に入ると体がゆらゆらして見える。
少年も俺も一言も言わず泳ぎ回り、青年が
「あがろうか。」
と言った時には時計はお昼を指していた。
プールを出ると俺らは
アイスクリームを買って食べながら歩いた。
駅に向かい、地下鉄に乗って銀座に出た。
今度は俺がいいところを教える番だ。
目立たないけどこじんまりした、小さな美術館。
俺らはそこで中世イタリアの宗教画を見た。
それから1枚1枚丹念に見た。
「これ、好きやなぁ。」
青年がそう言ったのは
くすんだ緑色の象と木ばかりをモチーフにした
細密画だった。
「古代インドはいつも初夏だった気がする」
あき「ロマンチストなんだね」
俺がそう言うと彼は照れくさそうに笑った
美術館を出て俺らは落語を聞きに行った。
いざ中に入ると俺はだんだん憂鬱になってしまった。
ぷーのすけも落語が好きだったんだ。
夜中に目覚めて下に降りた時消したはずのテレビ
が付いていて、ぷーのすけがちょこんと
すわって落語を見ていた。
ぷーのすけがしんで、悲しくて息もできないほどだったのに知らない男の子とお茶をして、
プールに行って、散歩して、美術館にいって
落語を聞いている。
俺は一体何をしているんだろう。
出し物は”大工しらべ”だった。
青年は時々面白そうにくすくすと笑ったけれど
俺は結局1度も笑えなかった。
それどころか心が重くなり
落語が終わって歩いている頃には悲しみが戻っていた。
ぷーのすけはもう居ない。
大通りにはクリスマスソングが流れていた。
「今年ももう終わるな」
青年が言った。
あき「そうだね」
「来年はまた新しい年やね」
あき「そうだね」
「今までずっと俺は楽しかった」
あき「俺もだよ」
下を向いたまま俺が言うと彼は俺も顎をそっと
持ち上げた。
「今までずっと、な」
懐かしい。綺麗な目が俺を見つめた。
そして青年は俺にキスをした。
俺があんなに驚いたのはキスをしたからじゃない
ぷーのすけのキスに似ていたからだ。
呆然として声も出せずにいると
「俺も愛してるで」
寂しそうに笑った顔がジェームス=ディーン
に似ていた。
「それだけ言いに来たんだ。じゃあね。元気で」
そう言うと青年は駆けていってしまった。
俺はそこに立ち尽くし、
いつまでもクリスマスソングを聞いていた。
銀座に、ゆっくりと夜が始まっていた。
END