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#普通
野々さくら
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芙月みひろ
744
冬茉
皐志
440
京介が演奏会の移動で使う車を、花園劇場からだしてもらい、京子たちは恒彦の見送りに向かっている。
「せっかく横浜まで行くんですから帰りに洋食でも食べて帰りましょう!母上には甘いものでも買って……」
京太郎が、喜び勇んでいる。
「……見送りだぞ」
京介がたしなめる。
「……でも、お父様。お母様には何かお土産を……」
朝早くから準備を手伝ってもらったのだからと京子も言う。
京介もその意味を察してか、ああ、と小さく返事をしながら脇に置いてある恒彦への弁当包みを見た。
「……あ、そのお」
京子が口ごもる。
「……作った以上、ちゃんと白井君に渡しなさい」
京介がポツリと言った。
「そうだよ!京子!白井様、きっと喜ぶって!女から手料理貰えば、なんてぇーか、ぐっとくるもんだし」
「京太郎……ぐっとも何も、これは挨拶みたいなものだ。そうだな?京子?」
京介が、不機嫌に言う。
挨拶かどうかと問われても京子に答えはなかった。ただ、恒彦に差し入れしたいとそう思ってのことだった。
京子は、答えきれず俯いた。
それっきり誰も何も喋らない。
妙な沈黙が車内に流れた──。
そうこうするうち、車は速度を落とし始める。
窓から見える景色も、街のそれとは異なっている。
ふ頭に到着したようだ。
あちらこちらに、人力車や車が止まっていた。
見送りの者たちが乗り付けてきたのだろう。
車は適当なところで止まった。
「……で、父上」
京太郎が京介を見る。
「なんだ?」
「いや、なんだ?じゃなくって。これ、どうやって白井様探すんですか?」
大きな客船が見える。
その乗客やら乗務員やらが行きかいふ頭には、雑踏ができていた。
「……探すまでだ」
京介は雑踏に向かって歩み出す。
「ちゃんと付いてきなさい」
そして……。
「白井様!白井様はいらっしゃいますかっ!!」
大きな声で叫び出した。
皆が一斉に注目する。
「いや、声でけえって!」
さすがの京太郎も恥ずかしそうに俯いた。
もちろん、京子は、真っ赤になりながら父と兄について行く。
すると──。
「岩崎様!」
知った声がする。
恒彦だった。
帽子を大きく振って、合図を送ってきている。
「ここです!」
恒彦の声も大きかった。
「なんてーか、どっちもどっちだな」
京太郎が吹き出した。
「さあ、行くぞ。はぐれないようにちゃんと付いてきなさい」
京介は、見つかってよかったとばかりに早足で歩み出す。
「京子、ほら!」
京太郎が気を利かせて手を差し出した。
手をつなげということだと京子は理解して兄京太郎の手をつかんだ。
とんと、誰かの体と京子はぶつかりよろける。
とっさに、京太郎が手を引いてくれ、京子は体勢を持ち直した。
こうして、雑踏をまさにかき分けるようにしながら、一行は恒彦のもとへ向かったのだった。
「これは、これは。岩崎様」
合流した一行を、恒彦の両親、白井男爵夫妻が迎える。
「間に合ってよかったです」
京介も適当に返し、会話をつなく。
「妻は身重ですから、代わりに長男の京太郎を……」
そうですかと言う白井男爵の視線は京太郎の後ろにいる京子に向いていた。
「おお!そうだ!」
京介は、持っていた弁当の包を京子に渡した。
「白井君。受け取ってくれたまえ。京子からだ」
言って、京介は京子を急かす。
「いや、父上……」
「なんだ?京太郎。忘れてはいかんからな。先に渡してしまわないと……」
京子は、真っ赤になって包を抱えている。
確かにこれで恒彦へ、弁当を渡せられるのだが、父京介のせいで皆に知られてしまった。
「おや、それは……?」
と、白井男爵も興味津々の顔をしている。
「京子さん?」
恒彦が、問いかけてきた。
「あっ、あの、コロッケです。作ったんです」
しどろもどろの京子に、
「しっかり言いなさい。それじゃあ分からんだろう!」
何故か京介が口を出してきた。
「ああ、白井君。京子が弁当を作ったんだ。朝早くから起きてね。まあ、荷物が増えるが、受けとってくれないだろうか」
「いや、だから、父上が言うことではないと思います!」
京太郎が京介の腕を引っ張る。
「しかしだな。京子がもたもたしているのだ。白井君も、まだ挨拶などあるはずだし……」
平然としかも大きな声で言う京介に、京子は言葉がない。どこかに隠れたい気持ちがいっぱいになり、小さくなった。
「京子さん、ありがとうございます」
「あっ、母と一緒に作りました。宴会の時、コロッケが気に入っておられたようなので……」
京子はなんとか言葉を絞り出して、恒彦へ包を差し出す。
「嬉しいな」
ひと言、恒彦が言って包を受け取るが、京子が、あっと小さく声を発した。
受け渡す瞬間、恒彦の指先と触れたのだ。
「京子?」
京介が不思議そうに見る。
「いえ、なんでもないです……」
京子は、なんとか誤魔化した。
「いやあ、京子様は気が利く!」
「本当に!」
白井男爵夫妻はご機嫌だった。
「岩崎様。このままお話を進めても……」
「ああ、そのことは今は。あくまでも白井君の見送りですから」
角が立たないように話を避ける父の姿に、京太郎はくすりと笑い、京子は居心地が悪く、俯くしかなかった。
コメント
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井川奎さん、第16話読ませていただきました! 父・京介さんの大きな声で「白井様!」と呼びかけるシーン、思わず笑ってしまいました。家族総出で見送りに来る姿にほっこりしますね。そして、弁当を渡すときの指が触れる瞬間の描写がとても繊細で、京子さんの気持ちがひしひしと伝わってきました。コロッケが気に入っていたから…という気遣いも素敵です。家族のやりとりと、ほのかな恋心が絶妙なバランスで描かれていて、続きが気になります!