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スマホの画面に映る予告動画を、仁人はもう何度目かわからないくらい再生していた。 ドラマのワンシーン。佐野が、共演の女優と向かい合って、柔らかく笑う。
「そんな顔、俺の前じゃあんましないくせに…」
口に出した瞬間、仁人は自分で自分に呆れた。 仕事だってわかってる。演技だって、理解してる。 それでも、胸の奥にちくりと刺さるこの感じは、どうしようもなかった。
数時間後、リハーサルを終えた楽屋。
ドアが開く音と一緒に、聞き慣れた声がする。
「じーんと〜、なにその顔」
勇斗は、いつもの調子で仁人の隣に腰を下ろした。距離が近い。いつも通り。
それが逆に、今日は少しだけ苦しい。
「別に」
「絶対別にじゃないやつ」
勇斗は仁人の顔を覗き込んで、眉を下げる。
その距離で、さっきのドラマのシーンが頭をよぎって、仁人は思わず目を逸らした。
「…ドラマの予告、見た」
「あー、もう出回ってるよね予告」
軽い返事。悪気なんて一切ない。
それが、余計にずるい。
「相手の子と、距離近くない?」
「役だからね?」
即答だった。
それでも仁人の表情が晴れないのを見て、勇斗は一瞬だけ言葉に詰まる。
「……もしかして、嫉妬してる?」
「してない」
「今の間で確信した」
仁人は黙り込んだ。
否定しきれなかった自分が、悔しい。
勇斗は少しだけ声を落として、仁人の名前を呼ぶ。
「仁人」
「……なに」
「俺さ、仕事中はちゃんと役の顔してるけど」
勇斗は仁人の肩に、そっと額を預けた。人目を気にしない距離。
でも、その触れ方は、あのドラマのどのシーンよりもずっと近い。
「素に戻るときは、仁人の前だけだよ」
「ずる」
「なにが」
「そういうこと言うのが」
仁人の声は小さかった。
勇斗は笑って、でもどこか真剣な目で続ける。
「名前呼ぶ距離も、触れる距離も、特別なのは仁人」
「ほんとに?」
「疑う余地ある?」
仁人は少しだけ間を置いて、勇斗の袖を掴んだ。 子どもみたいな仕草に、勇斗の表情が一瞬柔らぐ。
「……じゃあ、あの人の前であんな顔しないで」
「無理。演技だから」
「……俺の前では、もっとして」
勇斗は一瞬きょとんとして、それから静かに笑った。
「はいはい。独占欲強めなとこ、可愛いね」
「…今それ言うの最悪」
「でも好きでしょ?」
「黙れ」
そう言いながらも、仁人は離れなかった。
勇斗も、それ以上何も言わず、ただ隣にいる。
嫉妬は消えていない。
でも、それ以上に確かなものが、そこにあった。