テラーノベル
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#長編
ヴィオレ色の瞳が僅かに揺らいだ。数秒の時間が数時間のようにも長く感じられた。そしてその結末は、悲しいほどに裏切られる。
「は? 謎かけか何かか?」
「──っ」
アルベルト様の怪訝そうな顔をする姿に、やっぱりと思う反面やっぱり悲しいという気持ちは残った。
「……初対面で何を言い出すかと思えば、今代の聖女候補は面白いことを言うだな。竜王の件といい、面白いことになりそうだ」
「…………っ」
掠れた声が吐息と共に漏れる。
初対面、そう言われて心にズシリとくるものがあった。もしかしたら、覚えているかも──と、淡い期待をしていた。でもそんな奇跡は起こらない。前世に渡された指輪を持ち込めただけで奇跡だったのだと自分に言い聞かせる。
『そしたら俺は“全部だ、白も赤も涙も未来も全部、俺が奪う”と返すから、ちゃんと確認するんだぞ。……いいな、絶対に確認するんだぞ。絶対だ!!』
そう笑って毎朝の顔を合わせる度に、あの時の彼は合い言葉の確認をした。異世界転移の影響で髪の色や瞳、姿も変わるかもしれないから念のためだと。
(……っ、……ラフェド)
泣きそうだ。まだ「そんなやつがいたな」ぐらいだったらここまで凹まなかった。でも全く覚えていないというのは、思ったよりもしんどい。
(この人の顔が……見られない)
「はあ……、ほら」
アルベルト様は手を引いて、私をそっと抱き寄せた。
「!??」
自然に抱き寄せて、背中をポンポンと軽く叩いてくれた。幼子をあやすと言うよりは、泣く女性のフォローという感じだ。こなれている。すごく。
そういうところは相変わらずなのだと、苦笑してしまう。本来の姿よりも細身で、角もなければハグされた抱き心地も違うが、金木犀に似た香りが鼻腔を擽る。
「竜王の一戦で、今頃情緒不安にでもなったか? 人間はそういう繊細なと心があるからな」
「(違うけど……そう思われていたほうが自然かも)まあ、そんなところです」
「誰かの心音を聞いていれば落ち着く。だからこうしておいてやる」
「……」
前世でも彼はハグするのが好きだったことを思い出す。それが余計に悲しい。けれど離れようにも久しぶりに感じる温もりが恋しくて、離れがたい気持ちが上回ってしまう。シルヴィアの人生もまた家族の縁には恵まれていなかった。だからこそ、そう感じてしまうのだろう。
(抱きしめられるって……こんなに温かいのね)
「んん、お前の感情って意外と美味いな。瑞々しくてほのかに甘い。甘すぎないのが好みだ」
「………………………………は?」
アルベルト様はペロリと舌なめずりをして、身体が硬直する。温もりも、感動も一瞬で消え去った。
(──って、そうだった。ラフェドも人の感情や、その動きを好んで食する人外だった!!)
私の感情を食べたとしても、記憶や思いを食べたわけではない。それでも出会った時と同じセリフ。
(コイツ……誰にでも同じこと)
そう思ったら急に腹立たしくなって涙も引っ込んだので、距離を取った。
「ん? なんだ? もういいのか?」
「私の上司となるのなら、過度なスキンシップはセクハラとして訴えます」
「どこに?」
「……枢機卿とか教皇?」
「無駄だと思うがやってみたら良い」
アルベルト様が不敵に笑う姿も腹立たしい。なんでこんな女癖の悪い奴のこと好きだったのだろう。思い出は美化しがちなのだと実感し、気持ちを切り替える。
「それで最高責任者様、今回のイレギュラーはどういうことでしょうか? 殺し合いはないと聞いていましたが?」
「さてな。悪戯好きな人外がいたんだろう。まあご令嬢の居た国と違って、人外がいるその他の国々では運のなさもある意味、自己責任だ」
(なにそれ、きいてない。人間より物騒じゃない!)
「お前以外の聖女候補は、教会に到着している。つまりお前のためだけに来てやったんだ。全力で喜べ」
(腹立つ言い方!)
「クククッ」
口端を釣り上げたその表情は、聖職者というよりも獰猛な獲物を狙う狩人の瞳に近い。人外の持つ独特な色香と、排他的な雰囲気を纏ったアルベルト様は「この人、絶対に選んだ職業、間違っているだろう!」と心の中で思った。
(どう考えても聖職者と最も遠い存在に見える。……と言うか唐突に煙草を吸い始めたのだけれど! 信じられない)
しかし黒のカソック姿で煙草をする仕草はも、絵になるから悔しい。
「ソレハドウモアリガトウゴザイマス」
「ふう。……俺の今日の仕事は、聖女候補に説明諸々するまで終わらないんだ。中で説明するからついてこい」
「ここ、私が購入した家なのですが!?」
しかもさらっと屋敷に入ってしまう。私のように拒絶されないのがなんだかムカつく。アルベルト様はふう、と紫煙を吐きながら屋敷に入るように促す。
「元々はそこに寝ている竜王の持ち物だ。で、俺はこの領域を作るのに手を貸したから、入館許可を上書きするのは簡単にできる」
「え……竜王?」
「気にするところはそこか!?」
そう言ってツッコミを入れるアルベルト様が、前世で出会ったラフェドと重なってチクリと痛んだ。ほんの少しだけれど。
転生してあまり思い出さなくなったけれど、ふと前世の記憶が浮上する。彼と出会ったのは雪溶けの春前だったか。
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