ボイスフレンズのナビは完璧だった。
「着いたわ、響子早く」
「わかってるって」
私も母の動揺が移ったのか、車に鍵を挿しっぱなしで出てしまったりミスが多い。
動揺した様子を隠せずに、病院の受付で父のことを訊ねた。
「すみません、佐々木恭司の家の者なのですが、今どこにいますか」
「佐々木恭司さんですね、305号室になります」
「ありがとうございます」
私達はエレベーターを使わずに、階段を駆け上る。いつもなら「そんな急がないでエレベーターにしましょう」って言う母もすぐに追いかけてきた。
3階にたどり着き、部屋を探す。
301
302
303
304
305、この部屋だ!
私は大声で叫びながら勢いよく扉を開けた。
「お父さん!!」
そこには若い医師と看護師が立っている。
「ご家族の方ですか」
「はい」
失礼な入室をした私をとがめずに、医師は心配そうにこう告げた。
「恭司さんはこちらにいるのですが、不自然な体勢で意識を失われて……」
とても言いにくそうだ。何か説明しにくい、言葉にしがたいという表情だ。
医師が困惑した理由は、すぐに分かった。
「なにこれ?」
父は不自然な体勢でベッドに横たわっている。正直言うと、人間が長時間この体勢を維持するのは不可能だ。
目は開いたままで、口は半開き。何かを渡そうとしていたのか右手は曲げた状態で固まっている。
「ちょっと、これなんですか?!」
「我々にも、分かりません。初めて見る症例でして……、正直どうしてこの体勢を維持できているのか、不思議でなりません」
「そんな……」
母はそう言ってその場で崩れ落ちた。私はとっさに母を支える。
この状況には覚えがある。
まるで、父がボイスフレンズを使ってイタズラをしたときのようだ。
「すみません、えっと木村先生?」
私は医師のネームプレートを見て、木村先生と名前を言った。
「はい」
「母をちょっと別の部屋で休ませていただけませんか」
「そうですね、では三井君。この方を休憩室で休ませてあげて」
木村先生がそう言うと、三井看護師は母を連れて行った。部屋には私と木村先生と不自然に固まった父だけだった。
「あなたも無理をなさらない方がいいですよ」
木村先生はどうやら私を心配してくれているようだ。
「いえ、大丈夫です。もう少し、ここにいます」
一つ確かめなければいけないことがあるから。
「分かりました。何かあったら、お呼びください」