1.「俺は、お前と約束したんだ」―消えた思い出
奏太は、何度もあかりと会話を重ねた。
過去に戻るたびに、彼女の記憶はどこか欠けていくようだった。
最初に戻ったときは、普通に話せた。
でも、二度目に戻ると、彼女は俺のことを知らなかった。
それでも、もう一度関係を築き直せばいいと思っていた。
しかし、今回は――。
「……ごめんね。」
あかりは、申し訳なさそうに首をかしげた。
「私、本当に君のことを知らないの。」
奏太は、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
「……そうか。」
あかりは、まるで初めて出会ったかのように、少し困ったように笑っていた。
――俺たちは、何度も会話を重ねてきたのに。
――俺は、何度も君と約束をしてきたのに。
彼女の記憶は、まるで「上書き」されていくように、少しずつ俺の存在を消していく。
「なあ……本当に、何も覚えてないのか?」
奏太は、わずかな希望を込めて尋ねた。
「例えば、“映画”とか、“未来の話”とか……。」
あかりは、小さく眉をひそめた。
「ごめんね……。」
「……そっか。」
その言葉が、何よりも痛かった。
2.「もし、君が全てを忘れても――」
その日、奏太は映画部の撮影準備をしながらも、何度も彼女の言葉を思い出していた。
「君のこと、本当に知らないの。」
あかりが忘れてしまった記憶。
それは、彼女自身の意思ではなく、何か別の力が働いているような気がした。
「もしかして、俺が過去に戻ることで、彼女の記憶に影響を与えているのか?」
考えれば考えるほど、怖くなった。
もし、俺が何度も過去に戻り続けたら――。
彼女は、俺のことを完全に忘れてしまうのか?
「そんなの、嫌だ……。」
声に出さずに呟いた。
でも、俺がどんなに願っても、時間は残酷だった。
3.「ねえ、君は泣かないの?」
放課後、奏太はもう一度あかりを探した。
校舎の裏庭。いつものベンチに、彼女は座っていた。
「……。」
俺のことを知らない顔で、夕焼けを見ている。
なんだか、胸が痛くなった。
俺は、彼女の隣にそっと腰を下ろした。
あかりは驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「君、よくここに来るね。」
「……まあな。」
「ここ、落ち着くよね。」
何度も、同じ景色を見てきた。
何度も、同じ会話をした。
でも、彼女は俺を覚えていない。
「ねえ。」
あかりが、小さく呟いた。
「君、泣かないの?」
「……え?」
「なんだか、すごく悲しそうな顔をしてるのに。」
その言葉に、俺は一瞬、息が詰まった。
「……泣かないよ。」
俺は、微笑んでみせた。
「泣いたって、何も変わらないから。」
「そっか。」
あかりは、夕陽を見つめながら、静かに微笑んだ。
「でもね、私は、君が泣く姿を見たことがある気がするの。」
その言葉に、俺は体が凍りついた。
「……え?」
「なんでだろう……?」
あかりは、小さく首をかしげた。
「そんな記憶、ないはずなのに……。」
4.「たとえ忘れられても、俺はお前のそばにいる。」
奏太は、強く拳を握った。
彼女の記憶が失われても、どこかに“感覚”は残っているのかもしれない。
何かが、まだ繋がっているのかもしれない。
だから――。
「俺は、君のそばにいるよ。」
あかりが、驚いたように目を丸くした。
「たとえ、君が俺を忘れてしまっても、俺は何度でも君と出会う。」
あかりは、少し戸惑いながら、でも静かに微笑んだ。
「……変な人。」
「かもな。」
それでもいい。
俺は、何度でもやり直す。
彼女の記憶が消えても、もう一度築き上げる。
何度でも、何度でも。
俺たちの約束が、決して消えないように。
5.「絶対に、未来を変えてみせる。」
その夜、奏太は撮影のスケジュールを確認していた。
――残された時間は、あとわずかしかない。
未来に戻る前に、この映画を完成させる。
そうすれば、きっと何かが変わる。
「絶対に、未来を変えてみせる。」
たとえ、時間が何度俺たちを引き離そうとしても――。
俺は、諦めない。
第十八章・終