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奏太は、何度もあかりと会話を重ねた。
過去に戻るたびに、彼女の記憶はどこか欠けていくようだった。
最初に戻ったときは、普通に話せた。
でも、二度目に戻ると、彼女は俺のことを知らなかった。
それでも、もう一度関係を築き直せばいいと思っていた。
しかし、今回は――。
「……ごめんね。」
あかりは、申し訳なさそうに首をかしげた。
「私、本当に君のことを知らないの。」
奏太は、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
「……そうか。」
あかりは、まるで初めて出会ったかのように、少し困ったように笑っていた。
――俺たちは、何度も会話を重ねてきたのに。
――俺は、何度も君と約束をしてきたのに。
彼女の記憶は、まるで「上書き」されていくように、少しずつ俺の存在を消していく。
「なあ……本当に、何も覚えてないのか?」
奏太は、わずかな希望を込めて尋ねた。
「例えば、“映画”とか、“未来の話”とか……。」
あかりは、小さく眉をひそめた。
「ごめんね……。」
「……そっか。」
その言葉が、何よりも痛かった。
その日、奏太は映画部の撮影準備をしながらも、何度も彼女の言葉を思い出していた。
「君のこと、本当に知らないの。」
あかりが忘れてしまった記憶。
それは、彼女自身の意思ではなく、何か別の力が働いているような気がした。
「もしかして、俺が過去に戻ることで、彼女の記憶に影響を与えているのか?」
考えれば考えるほど、怖くなった。
もし、俺が何度も過去に戻り続けたら――。
彼女は、俺のことを完全に忘れてしまうのか?
「そんなの、嫌だ……。」
声に出さずに呟いた。
でも、俺がどんなに願っても、時間は残酷だった。
放課後、奏太はもう一度あかりを探した。
校舎の裏庭。いつものベンチに、彼女は座っていた。
「……。」
俺のことを知らない顔で、夕焼けを見ている。
なんだか、胸が痛くなった。
俺は、彼女の隣にそっと腰を下ろした。
あかりは驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。
「君、よくここに来るね。」
「……まあな。」
「ここ、落ち着くよね。」
何度も、同じ景色を見てきた。
何度も、同じ会話をした。
でも、彼女は俺を覚えていない。
「ねえ。」
あかりが、小さく呟いた。
「君、泣かないの?」
「……え?」
「なんだか、すごく悲しそうな顔をしてるのに。」
その言葉に、俺は一瞬、息が詰まった。
「……泣かないよ。」
俺は、微笑んでみせた。
「泣いたって、何も変わらないから。」
「そっか。」
あかりは、夕陽を見つめながら、静かに微笑んだ。
「でもね、私は、君が泣く姿を見たことがある気がするの。」
その言葉に、俺は体が凍りついた。
「……え?」
「なんでだろう……?」
あかりは、小さく首をかしげた。
「そんな記憶、ないはずなのに……。」
奏太は、強く拳を握った。
彼女の記憶が失われても、どこかに“感覚”は残っているのかもしれない。
何かが、まだ繋がっているのかもしれない。
だから――。
「俺は、君のそばにいるよ。」
あかりが、驚いたように目を丸くした。
「たとえ、君が俺を忘れてしまっても、俺は何度でも君と出会う。」
あかりは、少し戸惑いながら、でも静かに微笑んだ。
「……変な人。」
「かもな。」
それでもいい。
俺は、何度でもやり直す。
彼女の記憶が消えても、もう一度築き上げる。
何度でも、何度でも。
俺たちの約束が、決して消えないように。
その夜、奏太は撮影のスケジュールを確認していた。
――残された時間は、あとわずかしかない。
未来に戻る前に、この映画を完成させる。
そうすれば、きっと何かが変わる。
「絶対に、未来を変えてみせる。」
たとえ、時間が何度俺たちを引き離そうとしても――。
俺は、諦めない。
第十八章・終