───いつまで続けるつもり?」
タッパのある琥珀髪の少女が、
小柄な灰白色髪の少女に向かって言い放っていた。
ミラとソニアの部屋の反対に存在するこの仮の書斎には、月夜の青白い光が突き刺している。
「なんだ。気づいてたんだ。」
灰白色髪の少女は、後ろを振り向き、不気味にニヤリと笑う。
その右手には、刃渡り10cm程の血塗れのナイフが握られていた。
「気づいてるのはミラだけだと思ってたけど、考えが甘かったかな」
灰白色髪の少女は、そう言って左手で髪をかきあげる。すると、純血の紅い瞳が顕になった。
「……それで?」
琥珀髪の少女は、静かに眉間に皺を寄せ、睨みつけるようにして灰白色髪の少女を凝視する。
「安心してよ。1日1人って決めてるんだ。でもあんたも酷いよねー。私たちがこんなんだって知ってて誰にも言わないんだもん。ねぇ?
ソニア。」
灰白色髪の少女がソニアを嘲笑うかのような表情で責め立てる。
「……言っても誰も信じないでしょ。あんたが。イザベルがミラとマティスを殺したなんて。」
ソニアを軽薄な表情で見つめているイザベルの奥に、
顔以外の皮膚が裂かれ赤黒く変わってしまった”マティス”が転がっていた。マティスの顔は不思議と安らいでいた。
イザベルはふふっ。と微笑み、
ソニアに1歩ずつ近づく。
イザベルの姿が近くなるにつれ、
ソニアの心臓の鼓動も早くなる。
本当に1日1人なのだろうか。
本当は自分を殺す為の嘘なのでは無いかと、恐怖と真偽がソニアの全身を襲った。
イザベルはソニアの横で歩みを止めると、小さく囁いた。
「明日が楽しみだね。」
「……。」
イザベルはそのまま、ソニアの横を通り過ぎ、ソニアの髪をなびかせて自室へと戻って行ったが、ソニアは涙を浮かべたまま頭を抱えて蹲っていた。
「なん……で…こうなるのよ…!」
ソニアは一言だけ心情を呟き、庭を一望できる青白い廊下のガラスの壁に背中をつき、暫くの間涙を浮かべたまま放心していた。
「……明日絶対元に戻してあげるからね…。イザベル。」
ガラスに背中を預けていた体を起き上がらせ、立ち上がる。
もう二度と人殺しはさせない……
そう決意を胸に残し、自分の部屋へと戻ろうとしたその瞬間。
───ソニアの視界が完全に遮断された。
───あぁあー。マティスのせいで服が汚れちゃった。」
ソニアとの対談を終わらせたイザベルは、自室で赤黒く染まった服を1枚ずつ脱いでいた。
「どうせすぐパパが来てくれるし朝起きても大丈夫でしょ。」
イザベルは新しくタンスから出した服を着る。1人で安楽に浸り、ベッドに横たわり、
イザベルは天井を見上げると、教会から出た後の事を考え、無い未来を想像する。父と美味しいものを食べ、楽しい遊びを一緒にみつけ、それらをしながら
パパとずっと一緒にいる。
暫くの間そう夢に浸っていた。
すると、夢に浸っていた心を覚ますかのように、
───キィ……。
部屋の扉がゆっくりと開いた。
「…イザベル。」
「…!パパ!!」
寝かした体を起き上がらせ、
乱暴にベッドを蹴飛ばす。
そのままの勢いで、
父、”スコット”の胸に飛び込む。
おっと。と、スコットはニヤリとした表情で受け止める。
「イザベル。既にソニアは拷問部屋にいる。パパが拷問したら好きにしていい。」
「え!あんな警戒心ピンピンのソニアをもう捕まえたの!?やっぱりパパ凄いなぁ!」
意気にイザベルが返した。
スコットはさらに不気味な笑みを浮かべた。
イザベルはその笑みを見届けると、疑問に思った事を率直に聞いた。
「でも、カイルがまだ残ってるよ?あの”優しさ”の塊はどうするの??」
スコットは、ふむ。と人差し指を顎に当て、考える仕草を示すが、すぐに答えが出たのか、
ゆっくりと口を開いた。
「いつも通りで良いだろう。
ここは深い深い森の中だ。たとえ逃げたとしても2日後には命はないさ。」
イザベルもスコット同様に、不敵に笑みを浮かべ、そうだね。と溢す。
「パパ。」
ん?とスコットが前傾姿勢になり、イザベルに、目線を合わせた。
「愛してる。」
イザベルはスコットの耳元でそっと寵愛を囁いた。すると、調和するようにスコットが笑った。
「あぁ。パパもだ。」
───イザベル。ママは生まれつきの病気で死んじゃったんだ。」
あたしには、ママの記憶が少なかった。あたしが6歳になった後、先天性の病気で死んでしまった。
そう、パパがよく言っていたのだ。
気づいたら、ママは家のどこからも行方を消していた。
あたしは、4、5歳あたりからよく腹痛や頭痛に悩まされていた。生理が来た訳でも、食べてはいけないものを食べた訳でも無い。
物理的に。そう。
パパ。スコット・クラーク神父からの虐待によって受けた衝撃だ。
腹を蹴られ、頭を揺さぶられ、
時には裸にさせられ、体を触られた。時に怒鳴り散らかし、時に罵声を浴びせられた。
───いつの日か、自分の中で何かが割れる音がした。
分からない。知り得もしない。
それでも。
日々暮らしているうちに、
1つだけ分かった事があった。
ママが遠くに行っちゃってから
2、3年過ぎた頃。パパがカイルを教会へ連れてきた。
細身で体中怪我をしていて、
もう一時で死んでしまうのではないか。そんな印象だった。
でもパパは、神父として修道士として、迎え入れ、窶れたカイルを優しく介抱していった。
それからパパは、あたしへの暴力を辞めた。理由は分からないけど、パパが優しくなったのは
いつぶりだろうと素直に喜んだ。
カイルは徐々にそんな優しい神父の姿をしているパパを軽信し、感謝の念を抱いていった。
カイルは、根は優しい。
あたしが足早に階段を降りていた時、勢い余って転びそうになっていた。するとすかさず飛び出して、足を捻りながらあたしの体を受け止めてくれた。
その頃辺りからあたしの中の何かが確実に変わっていた。
カイルだけじゃない。次々にパパに担がれてくる帰るところが無い健気な孤児を、家族として、
大切にしよう。そう思った。
だからこそ。パパの事はあたしは何も知らない。パパは優しい人。行く場所も帰る場所もない孤児を保護する、とても温厚で善い人。そう思い込んで、
孤児の前では、余計な心配をかけさせない為に、元気ハツラツで、活気な少女である必要があった。
だからあたしは隠す。
自分が、どれだけ非力な人間なのかを。パパが、どれだけ恐ろしく厳格な人なのかを。
───目が覚めたら、イザベルは自室のベッドで仰向けになっていた。ゆっくり起き上がると、
どうしようもない頭痛に襲われた。「……!?」必死に頭痛に抗い、手で頭を覆う。何かの夢を見ていたような。何か思い出さなくてはならないような。
思い出せず、頭痛と共に苦悩を
背負う。
「…いったぁ……」
悲痛な声と優しげな声が同時に漏れる。
部屋には、太陽光の日差しが部屋中に照っていた。もうすっかり朝になってしまったらしい。
「……ミラ…」
食堂に向かおうか悩んだと同時に、昨日の悲惨な惨劇が思い浮かぶ。
「……何も考えたくない…。」
そう呟き、布団を肩まで被る。
布団の中は暖かくて、気持ちが落ち着く。気がついた頃には、頭痛はなくなっていた。
「……ソニア…大丈夫かなぁ……」
心配と悲観の声を呟いた。
その瞬間。
イザベルの扉がバン!と大きく開いた。カイルだった。
カイルは走ってきたのか、息を荒らげていた。
息を整える暇もなく、呟いた。
───イザベル!!ソニアはどこだ!!」と。
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