※多く筆者の想像をもとに書いています。
「もう起きんさい」
いつものようにお母さんの声で目を覚ますと同時に、元気いっぱいな蝉の声も聞こえてきた。
でも窓には黒い布をかけているから、外の明るさはわからない。
「早う起きんと、学校遅れるよ」
薄い毛布を剥いで、部屋を出る。夜中に鳴った空襲警報のせいで、ぐっすり眠れなかった。
「はぁい…」
居間に行くと、すでにお母さんとお姉ちゃん、弟がいた。「おはよう」
お父さんが朝から新聞を読んでいる姿がないのも、もう慣れた。
棚の上に飾られている、お父さんが微笑んでいる写真にちょっとだけ笑い返し、食卓につく。
心なしか、昨日の晩ご飯よりお米とおかずが少なくなっている気がする。だけどそれを言ったらいけない。みんな同じだから。
静かな朝食の時間。それを切り裂いたのは、空襲警報の音だった。もう聞き慣れたけど、逃げなきゃ。
「あっ、みんな明かりを消して。ほら、はよ!」
居間の電気を全て消して、食べかけのご飯もそのままに身一つで家を飛び出た。すぐ近くの防空壕に駆け込む。
「…お姉ちゃん、くっついとって」
横でしゃがんでいる弟が小さく言った。私はうなずいて、そっと抱き寄せる。
「心配せんでも大丈夫じゃ」とお姉ちゃんも、私と弟の頭をなでてくれた。
どのくらい丸くなっていただろうか、近くの人が「警報が解除されたそうじゃ!」と叫んだ。外の様子を見ていたようだ。
「戻ろうか」
お母さんの声で、次々と出ていく近所の人たちに続いて私たちも防空壕を出る。
外は、変わらず暑くて晴れていた。爆撃機は見当たらない。私はほっとして家の中に戻る。
家族4人でもう一度食卓を囲み、朝食を再開する。残り少ないご飯を、丁寧に噛んで味わった。
「ラヂオつけてもええ?」
ええよ、とお母さんが言って私は居間に置いてある真空管ラヂオのダイヤルを回す。しばらくして流れてきたのは、太平洋の戦況を伝える情報番組だった。
しかし、お母さんはまたダイヤルをひねって消してしまった。「…聞かんほうがええ。怖いじゃろ」
お母さんは優しく笑った。戦争が始まってからは、音楽番組もラヂオドラマもほとんどやっていない。
私は静かにごちそうさまをして、お皿を片付ける。
そして時計を見上げると、もう国民学校へ行く時間だった。
「いけん、急がんと」
ランドセルを持って弟と一緒に出発する。お姉ちゃんは高等女学校だ。
時計の針は、8時10分を過ぎた。早くしないと遅れてしまう。
「行ってらっしゃい」
玄関で、お母さんが笑顔で手を振ってくれる。
「行ってきます」
私は空を見上げた。雲一つない、真っ青な夏空。
歩きはじめると、お隣さんの庭先に明るい花を見つけた。
「わあ、きれい」
それは、花壇いっぱいの雛菊だった。白と桃の小さな花が、ふんわりと咲いている。昨日の夕べはなかったから、新しく植えたんだろうか。
でも行かないと、厳しい先生に怒られちゃうから私は我慢してそこを通りすぎる。
また帰りに見よう。
あれならきっとしぼまない。帰りもきっと私を待ってる。
日差しの照りつける8月6日の廣島。
そこには、花が咲いていた。
広島、長崎、そして戦地で亡くなられた全ての方々に心から哀悼の意を表します。
2023.8.15
終わり
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