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午後の陽射しがやわらかく窓辺を染めるカフェで、太宰治は珍しく穏やかな時間を過ごしていた。
カップの縁に口をつけ、ぬるくなりかけたコーヒーをひとくち。砂糖は三つ。店内には静かなジャズが流れ、店員は彼の顔を見ても眉ひとつ動かさない。常連というのは、実に居心地がいい。
「平和だなあ……こうして何事もなく一日が終わればいいのに」
わざとらしくため息をついたそのとき、窓の外を一匹の猫が横切った。
黒と白のまだら模様。尻尾がぴんと立っている。
その姿を見た瞬間、太宰の視線がわずかに鋭くなる。
「……ああ、あのときも、あんな猫だったな」
遠い記憶が、ゆっくりと浮かび上がる。
数年前のことだった。
横浜の路地裏で「妙な猫がいる」という情報を受けたポートマフィア。妙な猫とは何か、と太宰が首をかしげていると、森鴎外が言った。
「消えたり現れたりするらしい。まるで瞬間移動のように」
「へえ、面白そうじゃないか」
しかしその日の夜、太宰はなぜか、港の倉庫街に立っていた。
「どうして俺が呼ばれてんだ、太宰」
不機嫌そうに帽子を被り直す中原中也。
「だって中也、猫を追いかけるのは足が速い方がいいだろう?」
「俺は猟犬じゃねえ!」
怒鳴る中也をよそに、太宰はひらりと路地に入り込む。そこに、例のまだら猫がいた。
次の瞬間、猫の姿は消えた。
「ほらね」
太宰が笑う。
「異能力だな」
中也が低く呟き、周囲の重力をわずかに操る。空気が震え、猫の気配が浮かび上がる。どうやら猫自身の能力ではなく、誰かの実験に巻き込まれているらしい。
追跡は思いのほか骨が折れた。猫は廃ビルへと逃げ込み、そこには異能力を悪用する小規模な組織が潜んでいた。
「まったく、猫一匹のためにこんな騒ぎとはね」
銃声が響き、瓦礫が舞う。
太宰は敵の能力者に触れ、能力を無効化する。中也は重力を操り、敵を一瞬で制圧する。
「やっぱり中也は頼りになるなあ」
「気色悪ぃこと言うな!」
最終的に猫は無事保護され、能力も解除された。ただの、少し気まぐれな野良猫に戻ったのだ。
帰り道。
「礼ぐらい言えよ」
「ありがとう、中也」
素直に言われると、なぜか中也は顔をしかめた。
「……調子狂うんだよ」
カフェの窓の外で、現実の猫が伸びをする。
「元気にしてるかな」
太宰は小さく呟いた。あの猫は今、どこかの家で穏やかに暮らしているはずだ。
時計を見ると、そろそろ探偵社に戻る時間だ。
「さて、働くとするか」
立ち上がり、レジへ向かう。ショーケースには色とりどりの焼き菓子が並んでいる。
ふと思いつく。
「これと、これと……ああ、乱歩さんには甘いのを多めに」
袋いっぱいにクッキーとマドレーヌを詰めてもらい、太宰は店を出た。
夕暮れの風が心地よい。
探偵社の扉を開けると、いつもの騒がしさが迎えてくれた。
「おや、太宰。遅いぞ」
「差し入れだよ」
袋を掲げると、歓声が上がる。
その喧騒の中で、太宰はほんの少しだけ目を細めた。
猫を追いかけて街を駆け回ったあの日も、こうして誰かの居場所に帰ってきたのだ。
「平和だなあ」
今度の呟きは、本心だった。
窓の外、遠くの屋根の上を、一匹の猫が軽やかに歩いていくのが見えた。