Side慎太郎
あーあ、なんで今日に限ってだりいんだよ。
天井に向かってつぶやいてみても、答えは返ってこないしだるさが消えることはない。
せっかくの自分の誕生日だというのに、病魔は相変わらず居座ったままだ。
そろそろあの人が帰ってくる時間。リビングに行こうとしても身体が動かなくて、またベッドに逆戻りした。
「慎太郎、ただいま! ……あれ」
少し遠くで彼女の声がした。「どこー?」
「ベッド」
力の入らない声を出す。
やがて寝室に顔を出した。「体調悪い?」
静かにうなずくと、「じゃあ寝てていいよ」
笑みを残して出て行った。
どれくらい眠っていただろうか。自分を呼ぶ声で目が覚めた。
「起きれる? ご飯食べよう」
ゆっくり上体を起こし、ダイニングに座る。テーブルには、好きな料理が並んでいる。
「いただきます」
手を合わせ、箸を取る。
「……ねえ、覚えてる?」
突然の問いかけに、首をかしげる。
「去年の誕生日、慎太郎こう言ったよね。『来年の誕生日も迎えられたらいいな』って」
「…言ったかな、そんなこと」
「言ったよ。私覚えてるもん。だから目標達成だね」
にこりと笑う。それにつられて口角が上がった。
食後にいつものように薬を飲もうとしたとき、声がした。
「ちょっと待って」
何だろうと思っていると、冷蔵庫から小さめの箱を取り出して置く。お皿とフォークも一緒だ。
「じゃじゃーん」なんて言って彼女が箱を開けると、中に入っていたのはチョコレートケーキだった。上には雪みたいな粉砂糖が降りかかっている。
「えっ」
今までお互いの誕生日にケーキが出てきたことはない。いつも手製の料理とお酒でお祝いをするだけだ。
「たまにはお誕生日っぽいことしたいなって思って」
その言葉の裏にある思いを感じ、黙り込んだ。来年も祝えたらいい。でもそれは願望であって、確信なんてできない。どっちが先かも、本当のところはわからない。
だから毎年のイベントが途切れる前に、「らしいこと」をしたかったわけだ。
でもメッセージプレートもロウソクもなくて、あまりバースデーケーキっぽくはないのだが。
「慎太郎…甘いの好きじゃなかったっけ?」
ふと寂しそうな声が聞こえ、慌てて顔を上げる。
「ううん、嬉しいよ。ありがとう。食べよ」
ホールケーキなんて大層なサイズじゃない。むしろ普通のケーキくらいだが、今の自分たちにはちょうどいい気がした。
ふたつに切り分けると、そっとお皿に載せる。
「私好きなんだよね。ガトーショコラ」
「そうなんだ」
「慎太郎の好きなケーキ知らなかったから、私の好きなのにしちゃった…」
確かに自分の好きなケーキって何だろうと考えた。ショートケーキくらいか。
「これも好き」と言うと、嬉しそうな微笑みが返ってきた。
「美味しいね」
「うん、美味しい」
少しほろ苦いのも大人な味だ。
どんな料理でも、こうやって美味しいと言い合って笑い合えば最高のものになるんだな、と実感した。
「俺、次の君の誕生日まで頑張るから」
目を見据えて言うと、
「私だって頑張る」
ぐっと握り拳をつくってみせた。
やはりそんなことは約束できない。言うことだけは簡単だ。
でも君とならどこまでも行けそうな気がするのはなぜだろう。
「来年も言えたらいいね」
うん? と訊き返す。
「お誕生日おめでとう、慎太郎」
終わり