TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

タイトル、作家名、タグで検索

テラーノベル(Teller Novel)
主演女優賞

主演女優賞

「主演女優賞」のメインビジュアル

5

マリーゴールド〈Yellow〉

♥

37

2022年10月30日

シェアするシェアする
報告する

盲ろうの彼 × 同居中の彼女


Side彼女


朝起きると、いつも通りベッドの隣がもぬけの殻だ。

まぶたをこすりながらリビングに出てみると、やはり優吾くんの姿はない。となると。

「おはよう」

ベランダでしゃがんでいる彼をガラス越しに見つけ、挨拶をする。

聞こえていないのはわかっているし、返事が来ないのも私にとっては当たり前。でも毎日言いたくなる。

開け放たれた掃き出し窓から外に出る。

暖かい春の風が、髪を優しく揺らした。

肩をトントンとたたくと、びっくりしたように彼は振り返る。その驚いた表情も愛おしい。

『おはよう』

もう一度、彼の手を取って触手話で話す。おはよう、と笑顔とともに返ってきた。

触手話とは、視覚と聴覚に障がいのある盲ろう者が使う手話。手の形を読み取るというものだ。覚えるのは大変だったけれど、会話のたびに手に触れられるからその分幸せ。

『花、咲いてる?』

彼が訊いてくる。花というのはこの間買ってきた新入りのマリーゴールドだ。

『うん、咲いてるよ』

と言うと、慈しむようにそっと撫でた。

ガーデニングは私の趣味。ベランダにはたくさんの植木鉢が並んでいる。

でもやっているうちに優吾くんのほうが興味を持ち始め、今では朝の早い彼は起きたらベランダにいる、というのが毎日の光景となった。

マリーゴールドに顔を近づけ、香りを吸い込む。

振り返り、『いい匂い』と笑う。

『気に入ってくれてよかった』

朝ご飯食べよう、と促して中に入った。


『これがトースト。こっちが目玉焼きで、これはサラダ』

言葉を伝えてから、その手をお皿に触れさせる。こうしてやると料理の位置がわかりやすい。

うなずいた彼は静かに手を合わせて箸を取った。

美味しい、と頬に手を当てる。ありがとうの意思を示すため、彼の頭をぽんぽんとたたいた。


ふたり分の食器を片付けようとしたとき、待って、というように右手を振ったのが見えた。

『お願いがある』

両手をとり、

『どうしたの』

少し考えたあと、

『フラワーパークに行きたい』

「フラワーパーク?」

不思議に思って、声が出た。確かに彼は、『花 公園』と単語で表した。

この近くには観光名所のフラワーパークがある。私は行ったことがあるけれど、彼からどこかに行きたいというのは聞いたことがない。

『今、チューリップの季節でしょ』

『そうだよ』

それが見たかったんだ、と理解する。

『じゃあ行こう』

と言うと、花のような笑みを浮かべた。


続く

この作品はいかがでしたか?

37

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store