テラーノベル
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「無断欠勤って。あの相澤さんが?」
「そうらしい。ありえないだろう?しかも五日もだよ」
園子マダムも青山も首をひねる。
「……それ、体でも壊してるんじゃないの?連絡も出来ないほど寝込んでるとか」
常連客が口を挟んだ。
「あー、そう編集長も言っていてね。とにかく皆心配してるんだ」
誰か様子を見に行くかと話は固まっているらしいが、美智子は女性専用の下宿で暮らしている。
このご時世、女性専用下宿は、男子禁制というのが常だ。
さて、どうしたものかと編集局でも頭を悩まし、電報を打ったらしいが、音沙汰がないのだとか。
「下宿なら……電話も繋がってないでしょうしね」
園子マダムが、呟いた。
「そうそう、連絡の取りようがなくて困っているみたいなんだよ」
「でも……もし、寝込んでいるなら……」
「だが、下宿屋の女将さんもいるだろう?」
大事には至らないのではというのが、青山含め皆の意見ではあるが、どこか腑に落ちない。
「電報まで打って……何も連絡がないのは不自然よね」
「そうだろ?園子マダム」
フルールは、静まり返った。
「……私、ちょっと様子を見に行って来ようかしら。私なら女ですもの。お部屋まで様子を見せてもらえるでしょう?」
こうして、音沙汰のない美智子の様子を伺いに園子マダムが動いた。
「……ええ、そうなんですよ。相澤さん部屋から出てこないんです」
翌朝、美智子の住む下宿に園子マダムがいた。
下宿の女将に事情を話し美智子の部屋の前にいる。
聞けばやはり、この五日間部屋にこもったきりなのだとか。女将も、ほとほと困っているようだった。
「無理に部屋へ入るのもねぇ。近頃のお嬢さんは、人に詮索されるのを嫌いますから……」
へそを曲げ、下宿人がいなくなるのもと、女将は渋い顔をする。
「相澤さん。フルールの園子です」
園子マダムが、声をかけた。
しかし、部屋から反応はない。
ガシャン──。
井川奎
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美智子の部屋から何かが壊れる音がする。
「……何かしら」
「なんですかね」
園子マダムと女将は顔を見合わせた。
続いて美智子の怒鳴り声が聞こえてくる。
「相澤さん?!」
尋常ではない様子に園子マダムは引き戸越しに声をかけた。
しかしそれっきり何の動きもない。
「おかしいわね。……ただ事じゃないわ……」
園子マダムの一言に、女将もこわばった面持ちで頷いた。
「相澤さん!入りますよっ!」
勢いよく園子マダムが戸を開く。
カーテンが閉まったままの薄暗い部屋。そこに、美智子が這いつくばっていた。
「ごめんなさい。ついかっとして。でも、あなたが他の女を連れてくるからよ」
ああ、割れてしまったと、呟きながら美智子は鏡の破片を拾い集めている。
「……相澤さん」
園子マダムは息を呑んだ。
「……わかってるわ。私が磨かないと……」
美智子は、それだけ言うと、割れた鏡の破片を握りしめ、ふうと息を吹きかけた。
「相澤さん!手が!」
割れた破片を素手で握りしめているために、美智子の指先からは一筋血が流れ始める。
園子マダムは、言葉がでなかった。
どこかぼんやりした表情で、薄ら笑みを浮かべる美智子の姿は、知っているものと大違いだった。
美智子は、執拗に息を吹きかけ鏡の破片を手ぬぐいで磨いている。
「相澤さん!わかる?!私よ、園子よ!」
園子マダムの必死の呼びかけにも、美智子は反応しない。
ひたすら鏡の破片を磨き続けている。握る手は赤く染まっていった。
「ひっ!」
女将がその場にへたりこんだ。
「ど、どうなっちまってんだい……」
「相澤さん、しっかりして!」
園子マダムの呼びかけに、美智子の肩がびくりと動く。
ゆるりと振り向き、園子マダムをキッと睨みつけた。
「……彼は私じゃなきゃだめなのよ!横取りするつもり?!」
「……相澤さん、何を……」
「彼は私だけのものよ!だから、こうして出てきてくれるの!」
それだけ言うと美智子は、破片を差し出してくる。
「……ほら、彼、素敵でしょ?」
差し出された鏡の破片を、園子マダムは恐る恐る覗き込んだ。
そこに映っていたのは、青ざめた自分の顔だけだった。
しかし、美智子は嬉しそうに微笑んでいる。
そして、もう園子マダムの声など聞こえていないかのように、鏡の破片を磨き続けていた。
了
コメント
1件
第5話、読み終えました…。園子マダムが動いてくれてよかったけど、美智子さんの様子が本当に切なくて怖かったです。「彼は私だけのもの」って呟きながら鏡を磨き続ける姿、現実と妄想の境目が曖昧になっていく感じがゾッとしました…。井川奎さんの描く"日常が少しずつ壊れていく"空気、すごく伝わってきました。続きが気になります…!