そう言われてはっとした。
あまり気にしなかったけど、たしかに人の目もあるし、そうかもしれない。
『……ごめん……。なら座る』
『もういいよ。ミオが疲れてるかと思っただけ』
そっけなく言い、レイは窓の外に目を向ける。
彼はそれ以上なにも言わなかった。
私もどう返事していいかわからず、間を置いて彼の視線の先を辿る。
ガタンガタンと電車が揺れ、それに合わせるように私の心臓も音を立てた。
胸の奥が狭くなるような、そんな感覚になるのはどうしてだかわからない。
だけどひとつわかっているのは、この気持ちがレイのせいだということだった。
感情を持て余していた私は、小さな息をひとつつくと、静かに言った。
『……今日は付き合ってくれてありがとう。
約束通り、なんでもひとつ言うことを聞くよ』
その言葉に、レイはゆっくり私を見やる。
平静を装ったけど、あれだけ「見返りは」というレイのことだ。
いったいどんな無理難題を言われるんだろうと、内心ドキドキした。
『まだ決めてない。決まったら言うよ』
淡々とした物言いだったけど、彼はどこか楽しそうで、肩透かしをくらったような、処刑日が伸びたような気持ちで、ため息が漏れる。
そんな私に、レイは『そういえば』と思い出したように言った。
『明日のこと、ケイコから聞いてる?』
『え? 明日?』
明日は月曜日だから私は学校だけど、けい子さんはなにか言っていただろうか?
怪訝な顔をすれば、レイは私の表情を見て言葉を切った。
『いや……聞いてないならいい』
『なによ、なんなの?』
『明日、ケイコの手伝いでボランティアに行くから』
『ふーん……』
レイがそんなにお手伝いをしていると思わなかった。
私への態度じゃ想像つかないけど、レイは意外と慈善体質なんだろうか。
それとも長期滞在だし、地域と関わろうと思うのかもしれない。
どちらにしても私には関係なさそうだと、曖昧に返事をしたのと、最寄り駅についたのは、ほぼ同時だった。
翌朝、私は遊園地での疲れからか、思いっきり寝坊してしまった。
起きた時には家を出ないといけない時間の15分前で、時計を見た瞬間頭が真っ白になる。
(や、やばい!)
私は急いで身なりを整え、階段を駆け下りた。
「おはようございます!」
新聞を読む伯父さんに挨拶をしながら、私はコップに牛乳をついで一気に飲み干した。
「澪、遅いわよー」
「ごめんなさい、もう行くね……!」
挨拶もそこそこに台所を飛び出そうとした時、伯父さんが私を呼び止めた。
「あぁ、それならこれを持って行きなさい」
伯父さんはテーブルに置いてあった、出張みやげのおまんじゅうを私に渡す。
「ありがとう! 行ってきます」
私はそれを鞄に入れ、もつれるようにして玄関で靴を履いた。
門を出ようとしたところで、私は慌てて後ろを振り返る。
(そうだ、お弁当……!)
戻ってお弁当を掴み、私は駅へと急いだ。
「おはよー澪。
……あれ、ちょっと焼けたー?」
なんとかいつもの電車に間に合い、学校の門をくぐったところで、去年同じクラスだった友達に声をかけられた。
「おはよー、そうなの。
昨日杏と遊園地に行ってたんだ」
「そうなんだ! いいなー、夏休み先取りじゃーん」
「うん、楽しかったよ!
やっぱジェットコースターは最高だよね!」
そんな話をしながら、私たちは靴箱で靴を履き替える。
明日から短縮授業で、今週末から夏休みだ。
とはいえ高3の夏だから、みんなはだいたい夏期講習の予定が詰まっている。
「あー。やっと中間終わったのに、ずっと勉強ばっかで嫌んなるねー。
そういや澪は進路どーするの?」
「私は就職かなー。
まだなんにもしてないから、やばいけど」
「就職なんだ! 意外ー!
てっきり上智とか、英語系が強いとこいくのかと思ってた」
「ないよ、ないない。
だいたいそんなお金持ち大学に通えないよー」
笑いながら言うと、私は友達と別れて自分の教室に向かった。
大学に行こうと思ったことはない。
きっとけい子さんと伯父さんは、私が行きたいと言えば行かせてくれるけど、金銭的に負担がかかるような真似はしたくない。
それに、ぼんやりとだけど、英語教室の先生になれたらと思っているから、夏休みは資格の勉強をするつもりだ。
教室のドアを開けようとした時、後ろから名を呼ばれた。
「広瀬、おはよ」
その声に振り返れば、佐藤くんがにこやかな笑顔で近付いてくるところだった。
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