テラーノベル
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8話目もよろしくお願いします!
スタートヽ(*^ω^*)ノ
暖色の照明に照らされた個室。
グラスが軽く触れ合う音と、氷の溶ける小さな気配が静かに響いていた。
キヨはガッチマンの向かいで、
少し頬を赤らめながらグラスを傾ける。
仕事の愚痴に笑って、
最近ハマっている趣味の話で盛り上がって、
どうでもいい話で声を出して笑う。
昼間、公園で感じていたあの重たい気持ちが、
嘘みたいに遠くへ消えていた。
「いやー、今日の会議マジで長くてさ」
「わかるわ。あの部長話まとめる気ゼロだよな」
そんな他愛もないやり取りが、
妙に心地いい。
(あぁ……楽だな)
キヨはそう思いながら、
グラスの中の氷をくるりと回した。
そして話題がふと途切れた瞬間、
ガッチマンがグラスを置く。
コトン、と小さな音。
そのまま少し身を乗り出して、
キヨをまっすぐ見た。
「で?」
一瞬、空気の温度が変わる。
「レトルトとなにがあったの?」
まるで最初から
この瞬間を待っていたみたいに。
ガッチマンの目が、
冗談っぽさを消して鋭く光っていた。
キヨは思わず視線を泳がせる。
「あぁ……うん。」
苦笑いを浮かべながら、
指先でグラスの縁をなぞる。
逃げられない、と分かっている顔。
ガッチマンは急かさない。
ただ黙って待つ。
その沈黙が、
「言っていいぞ」って背中を押してくるみたいで。
キヨはしばらく黙っていたが、
やがて観念したように小さく息を吐いた。
「……ちゃんと話すわ」
グラスを両手で包み込む。
氷が溶けて、カランと小さく鳴った。
「会社で倒れた日あったじゃん」
ガッチマンは静かに頷く。
「あの日さ、医務室にレトさんが飛び込んできて……
めちゃくちゃ心配してくれて」
その時の光景を思い出したのか、
キヨの声は少し柔らかくなった。
「そこでさ、昔の話になって」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「レトさん、俺の小さい頃の友達だったんだよ。 公園でよく遊んでてさ」
ガッチマンの眉がわずかに上がる。
「で、色々あって……」
一瞬だけ言い淀んでから、
キヨは覚悟を決めたように続けた。
「パートナーになった」
部屋の空気が少しだけ止まる。
ガッチマンは驚くでも茶化すでもなく、
ただ「ほう」と短く声を漏らした。
キヨは少し照れたように視線を逸らし、
それでも言葉を止めなかった。
「……キスもした」
その一言のあと、
自分でも可笑しいのか小さく笑う。
「キスなんてさ、初めてじゃないし そんな年でもねぇのに」
指先でグラスの水滴をなぞる。
「でもさ……」
その声は、
少しだけ震えていた。
「初めてだったんだよ。 あんな気持ちになるの」
胸の奥を探るように、
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「満たされるっていうか…… 安心するっていうか……」
目を細めて、
遠くを見るみたいに呟く。
「俺のコマンド、弱いのにさ」
小さく笑う。
「それでもいいって言ってくれて。
好きだって言ってくれて」
その瞬間の温度を思い出したのか、
キヨの目元が少しだけ柔らいだ。
「……あぁ、俺、受け入れてもらえたんだなって」
言い終えたあと、
キヨは静かに息を吐いた。
部屋の中には、
グラスの氷が触れ合う小さな音だけが残る。
ガッチマンはしばらく何も言わず、
キヨを見ていた。
そしてゆっくり口を開く。
「なるほどな」
その声は低くて、
でもどこか安心したようだった。
キヨは少し照れたように笑う。
ガッチマンはジョッキをテーブルに置き、
不思議そうに首を傾げた。
「パートナー見つかってよかったじゃん。でもさ、それならなんで そんな落ち込んでたの?」
柔らかい声だったが、
核心を逃さない視線がまっすぐキヨに向けられている。
キヨは一瞬言葉を失い、
視線を泳がせたあと、そっと足元へ落とした。
指先が落ち着きなく膝の上で絡まる。
「……俺、その……」
喉の奥で言葉がつかえる。
「ヤるの、初めてで….」
消え入りそうな声だった。
自分で言っておきながら、
耳まで一気に熱くなるのを感じる。
ガッチマンは何も言わず、
ただ続きを待った。
キヨは小さく息を吸い、
覚悟を決めたように続ける。
「だからさ…… ちゃんとしたいなって思って」
グラスの水滴を指でなぞる。
「準備とか、その…… いろいろあるじゃん。プレイした時、レトさん勃ってて…..結構、でかくてさ…。
それに、ちゃんと気持ちよくできるかなとか、コマンド出せるかなとか…色々不安で…」
キヨの声はどんどん小さくなっていく。
「それで、1週間だけ待ってほしいって レトさんに言ったんだ」
言葉にすると恥ずかしさで爆発しそうだった。
ガッチマンはしばらく黙っていたが、
やがて小さく息を吐いた。
「キヨが受け側なのにも驚いたけどさ」
わざとらしく間を置く。
「そんな可愛い理由で距離置いてるなんて知ったら、 レトルトぶっ倒れるんじゃないか?」
くすくすと肩を揺らして笑った。
キヨは一気に顔を真っ赤にして、
思わずテーブルを軽く叩く。
「笑うなって! 俺は真剣なんだよ!」
ガッチマンは笑いを堪えながら、
グラスを指先でくるりと回した。
「いや、真剣なのは分かるって」
そう言ってから、
少しだけ真面目な顔になる。
「でもさ、それ聞いたら あいつ絶対安心するぞ」
キヨの動きが止まる。
「今のあいつ、たぶん “嫌われたかも”って思ってる顔してる」
静かな言葉が胸に落ちる。
キヨは視線を落とし、
ゆっくりと息を吐いた。
頭の中に浮かぶのは、
最近のレトルトの表情。
無理に明るく振る舞っていた笑顔。
少しだけ寂しそうだった目。
胸の奥が、きゅっと痛む。
「……俺、最低だな」
ぽつりと零れた言葉に、
ガッチマンはすぐ首を振った。
「違う違う」
柔らかい声だった。
「大事にしたいって思ってるだけだろ」
キヨは顔を上げる。
「それ、ちゃんと本人に言ってやれよ」
まっすぐな言葉に、
キヨの胸の奥がじんわり温かくなる。
「……うん」
キヨは小さく頷いた。
ガッチマンはグラスを置くと、少しだけ姿勢を正した。
いつもの軽い調子とは違う、落ち着いた声でキヨに話す。
「生粋のdomの俺からアドバイスな?」
そう言って、キヨの方へ身体を向けた。
その表情は穏やかで、どこまでも優しい。
「パートナー同士のプレイってさ、 体だけじゃなくて心も満たし合うもんなんだ」
ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「中には一日しないだけで体調崩すやつだっている」
キヨの指先が、わずかに強張る。
「それをさ、理由も聞かず
“1週間待って”って言われて待ってるってこと自体——」
ガッチマンは小さく笑った。
「もう愛なんじゃないのか?」
その言葉は、冗談みたいに軽いのに
胸の奥へまっすぐ落ちてくる。
キヨは何も言えず、
ただ静かに息を飲んだ。
「不安なのは分かるよ」
続く声は、どこまでも柔らかい。
「でもさ、レトルトなら
ちゃんと受け止めてくれるはずだ」
キヨの脳裏に、
あの日の医務室の光景がよみがえる。
「医務室から出てきた俺をさ」
ガッチマンは肩をすくめて笑う。
「めちゃくちゃ睨んできたんだぜ?あれは 本物の顔だったわ」
くすくすと喉の奥で笑いながら、
そっとキヨの肩に手を置いた。
その重みが、不思議と心地いい。
「大丈夫だって」
ぽん、と軽く叩かれる。
ガッチマンはそう言い終えると、
ふと思い出したようにスマホを取り出した。
キヨが何か言う間もなく、
慣れた手つきで通話ボタンを押す。
「うん、そうそう。いつもの店」
さっきまでの落ち着いた声とは打って変わって、
どこか軽い調子だ。
「うん、大丈夫だよ。
話終わったからおいで」
それだけ言うと、
短く通話を切った。
静かになった個室に、
グラスの氷が触れ合う音だけが残る。
キヨは眉をひそめ、
不思議そうにガッチマンを見る。
「……誰か来るの?」
ガッチマンは一瞬だけ視線を外し、
それからゆっくり口角を上げた。
「さぁな」
わざとらしく肩をすくめる。
「来てからのお楽しみってやつ?」
ニヤリ、と意味ありげな笑み。
その表情に、
キヨの胸がわずかにざわつく。
嫌な予感というより、
何かが動き出す前の空気。
店の外から、
誰かの足音が近づいてくる気がした。
キヨは無意識に背筋を伸ばす。
個室の扉が静かに開き 視線が一斉にそちらへ向く。
そこに立っていたのは——牛沢。
そして、その後ろに半歩隠れるようにしているレトルトの姿。
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
牛沢は少し困ったように笑いながら、
「ほら、行けって」と言うように
レトルトの肩に手を回して前へ押し出そうとした。
その瞬間だった。
キヨの中で、
何かが弾けた。
胸の奥が熱くなる。
血が一気に巡る感覚。
焦りでも、苛立ちでもない。
もっと原始的で、衝動的な——
自分でも知らない感情。
それを察したガッチマンの顔色が変わる。
「ヤバい……!」
椅子を引く音。
「うっしー!レトさんから離れて!!!」
言葉が最後まで届く前に、
キヨはもう動いていた。
立ち上がり、
一歩で距離を詰める。
低く、しかし鋭く空気を震わせる声。
「触るな!!!」
それは今ま発した事のない、 圧倒的なグレア。
空気が重く沈む。
牛沢の手が反射的に離れ、
レトルトの肩がふっと解放される。
部屋の温度が一気に下がったように静まり返る中、
キヨの荒い呼吸だけがやけに大きく響いた。
レトルトは目を見開いたまま、
ただキヨを見つめている。
その視線の奥に浮かぶのは——
驚きと、そして高揚感漂う嬉しそうな震え。
キヨ自身も気づいていた。
“ドムとしての本能”が、
初めて牙を見せた瞬間だった。
強烈なグレアを真正面から浴びた二人は、
糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。
肩で息をしながら、
顔を真っ赤に染めている。
静まり返った個室の空気の中で、
キヨだけが立ち尽くしていた。
——やってしまった。
胸の奥が一気に冷えていく。
「……っ」
ハッと我に返り、
キヨはすぐにレトルトのそばへ膝をついた。
「ごめん、レトさん……俺、今……」
言葉がうまく出てこない。
ただ、
震える身体をそっと抱き起こす。
「ごめん」
腕の中のレトルトはまだ息が荒く、
けれど拒むことはなく、
キヨの服をきゅっと掴んでいた。
その横では、
同じように力が抜けた牛沢を
ガッチマンが支えている。
「うっしー、大丈夫?」
低くて柔らかい声。
肩を抱き寄せ、
ゆっくり呼吸を整えさせる。
部屋の緊張が、
少しずつほどけていく。
ガッチマンはキヨへ視線を向け、
穏やかに、しかしはっきりと言った。
「キヨ、ここは大丈夫だから」
その声は落ち着いていて、
場を支える重さがあった。
「レトさん連れて帰りな?ちゃんとケアしてあげて。」
一瞬、言葉が胸に沈む。
「大丈夫。キヨなら大丈夫だから。 な?」
諭すような声音。
キヨは小さく頷き、
腕の中のレトルトをもう一度しっかり抱き直した。
その仕草はまだぎこちないけれど、
確かに——守る側のそれだった。
背後では、
ガッチマンが牛沢の背中をゆっくり撫でながら
静かにケアを続けている。
介抱する二人の様子を何度も振り返りながら、
キヨはレトルトの腕をそっと肩に回した。
「……歩ける?」
小さく問いかける声は、
さっきまでの鋭さが嘘みたいに弱くて優しい。
レトルトはまだ少し息を乱しながらも、
こくりと頷いた。
その仕草を確認してから、
キヨはゆっくりと立ち上がる。
肩越しに伝わる体温がやけに近くて、 胸がドキドキと高鳴った。
今はケアが先だと自分に言い聞かせて
店の外でタクシーを拾い、キヨは自宅へと急いだ。
続く
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