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「…………」
ユキの居合い抜き。それは“完璧”な脱力状態から放たれる。
一切の淀みなく、無から最高速に達するそれはーー
“ーーっ!!”
剣に“神速”を与える。それは何人足りとも反応を赦さないーー筈だった。
神速の居合い抜きは、ノクティスに届く前に止まる。見ると右の人差し指のみで刀を止めたのだ。
“傷一つ……付かないだと?”
刃の部分で受けたにも関わらず、流血を見出だせない“物理現象”に反するそれに、ユキは驚愕を隠せない。
「……素晴らしい神速の抜きだ。不思議かい? 私に傷一つ付かないのが」
ユキの思考を見透かし、絶賛しながらも余裕を崩さないノクティス。当然、玉座からも立つ事はない。
「ちっ!」
ユキは直ぐ様空中で反転し、双流葬舞に依る連撃を繰り出すが、やはり指一本で全て止められる。
“恐らく“今の私”の力では、奴に通用する以前の問題“
あの会談の時から痛感していた。それ程までに“次元そのもの”が違う力の差に。それでもユキは攻撃の手は緩めない。
“ならば可能性は再生再光ーー魂縛の門。しかし、私はそれの使い方を知らない”
刹那の思考の中、かつてキリトが成功したように、封印という手段を思い付くが、今更ながらにユキはそれを教えて貰ってない事を悔いた。
“だがーー封印は根本的な解決にならない。悠久を生きるノクティスにとって、封印は僅かな刻の戯れの一環に過ぎない。それにアミもそれでは救えないーー”
やはり現状で取り得る最善の策は、まずノクティスを“確実に倒す事”。
方法は一つ。物理現象の括りを一瞬でも超えられればーー。
不意にノクティスの周りに顕れ、漂う蒼白い粒子の数々。
「これは……?」
ノクティスが怪訝に思う間もなくーー
“絶対零度ーー終焉雪”
一気にノクティスを包み込み浸食した絶対零度が、玉座ごと蒼白なるドライアイスの柱へと変えた。
全ての原子運動を停止させ、分子結合が崩壊する絶対零度。勿論、これだけで倒せるとは最初から思っていない。
ユキは更なる一手を打つ為、刀を鞘に納める。
“神露 蒼天星霜ーー刹那”
続けて放たれる絶対零度の音撃が、ドライアイスとなったノクティスを直撃。
絶対零度に依る連繋。その衝撃は凄まじく、玉座の後方の内壁も消し飛ばし、外部へと剥ぎ出しとなった。
“これなら……”
手応えを感じたユキのみならず、誰もがその威力に唖然。
「…………」
ただ、ノクティスの傍らに居たハルだけは、何時の間にやらユーリの隣に移動しており、何処か確信を以てその顛末を見据えていた。
「流石は神の力……。これだと一溜りもないでしょう。あの御方以外は」
「えっ? ねえハル、それってどういう……」
何時の間にか隣に立つ同僚を怪訝に思う事なく、ユーリはその意味を問うた。
直属最古参で在る彼なら、その意味がーー。
「…………」
ハルはその問い掛けに答えるかのよう、未だ水蒸気の煙が晴れぬ件の“爆心地”を指差した。
煙はゆっくりと晴れていき、外部へと吐き出されていく。
『ーーっな!?』
その姿に誰もがーー特にユキは驚愕。生半可な威力の衝撃ではなかったのは、自分が一番よく理解していた。
“無傷……だと?”
何故なら玉座に居座ったまま、何事もなかったかのように頬杖をつくノクティスの、優雅な姿に変わりはなかったからだ。
後方の内壁は消し飛んだにも関わらず、玉座はそのままという事は、ノクティスの周りだけ衝撃が届いていない事を意味する。
それがどういう理屈なのかは、皆目検討付かないが。
「……凄い力だね。このエルドアーク宮殿は“宇宙船”でも在る。その為、宇宙に関するあらゆる不測の事態に対して耐性を施してあるんだけど、こうまで見事に破損するとはね。君の神としての力の凄さを物語っている訳だ」
ノクティスはその力を、素直に褒め称えた。
そして更なる事態がーー吹き飛んだ筈の内壁。まるで自己修復するかのように元に戻っていく。
「当然、宇宙船の訳だから不測の事態に対して、ちゃんと対策は施してあるよ。私の力を組み合わせた自動修復ーー“時空復元機能”さ」
そう誇らしげに、自分の力を語るノクティス。まるで何事もなかったかのように振り出しに戻った感に、ユキは心底震撼した。
「なっ……」
自分の力が全く通用しない、一縷の望みすら赦さぬその事実にーー。
「あと私に傷を付けられない理由。もう分かっているだろうけど、単純に“今の君”の力では及ばないだけだよ」
ノクティスの語るそれは、更なる絶望の深淵へと誘う。その理由をーー。
「防御に移る一瞬だけ、第四マックスへと移行している。常に移行状態だと、一介の惑星程度だと“持たない”からね」
それは単純なレベル差で語るのも烏滸がましい程の、埋めようがない“次元”の違い。
「これで完全に理解出来た筈だ。私と対等に闘いたいのなら、先ずは神をーー“宇宙の物理法則”を超えねばね。君の力はまだ、この宇宙に現存する物理現象に過ぎない」
「ぐっ……」
ユキは痛感するしかない。最初から勝負にすらなっていない事実に。
“それでもーー”
例え及ばずとも、退く訳にはいかないーーと、ユキは絶対零度を刀へ集約し、かの最終奥義を放つ。
“星霜剣最終極死霜閃ーー無氷零月”
「次元の違いを痛感して尚、まだ諦めない……か。君は彼女達のみならず、私を孕ませる為の大事な身体なのだから傷付けたくはないけど、少しばかりは仕方ないかな……」
今まで只の一度も攻勢に転じる気配すらなかったノクティスだが、迫り来る虚無の刃を前に、今初めて明確な攻めの意向を顕にした。
ユキへ向けたその指先から放たれる、一筋の光ーー閃光。
「がっ……はっーー」
脇腹を抉られ、一瞬で迎撃されたユキは地へと墜ちる。
「う、嘘……」
「ユ……キ……」
“あの光は、まさか!?”
その結末に茫然自失なミオとアミを尻目に、ユーリがその光の意味に戦慄する。
それはかつて、地球を消し去った閃光そのものだったのだから。
「これが宇宙最速の速度ーー光速だ。これに質量を加え、亜光速まで加速させると惑星程度は消滅を迎える。実はこれでも物理現象の括りなのだけどもね。それでも今の君を戦闘不能にする位の効果はある」
恐るべき現象を淡々と述べるノクティスを前に、脇腹から溢れ出す血痕と共に倒れたユキは、もうーー動かなかった。