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激しく降る雨に、私の不安は募っていくばかりでした。
「と、トワイライト様落ち着いてください」
「……アルバさん、落ち着けないです」
お姉様が出て行った後、ブライト様から色々とお話があり、混沌や今回の殿下の暴走について教えてもらいました。其れを知って、益々お姉様が心配になりいてもたってもいられなくなった私は、天幕の中を落ち着かないと歩いていたわけです。
本来であれば、私が行くはずだったのに、お姉様は自分が行くと、何処か自分を責めている様子でした。それが見ていられなくて、私は自分が行くと言い出したかったのですが、それを見越してか、お姉様は私に待っていて欲しいと言って出て行ってしまいました。
いたたまれない気持ち、私を信頼してくれていないのではないのかと、一瞬お姉様を疑ってしまいましたが、そんな風にお姉様は思われていると知ったらどんなかおをするか。
お姉様はただでさえ、周りから聖女じゃないと言われて傷ついているのに、一番お姉様を慕っている私が彼女を疑ったりでもしたら。お姉様は、きっと心を閉ざしてしまうだろうと思った。
私の役目だと思ったのは、私が聖女だから。勿論、お姉様も聖女だけれど、最後に見た殿下は凄く怖い顔をしていたので危険だと思ったんです。それでも、お姉様はいってしまった。
(お姉様に思われている殿下が羨ましい)
そんな気持ちがどこからか湧いてきたのです。
お姉様と同じ聖女で、お姉様の隣にいるのは私だけで良いと。この世界にきて分からない事だらけの私に優しくしてくれた唯一の人だから。本当の家族のように、姉のように私を見てくれて。そんなお姉様を独占したかった。
でも、お姉様は誰にでも笑顔を向けるのです。
お姉様に思われている方が羨ましくて仕方がないのです。
お姉様の眼中に私以外が、お姉様の夕焼けの瞳にうつる人が羨ましくて。
妬ましい。妬ましい。
醜い感情だと分かってはいても、お姉様への思いは募るばかりでした。そうして、その矛先は殿下やアルベド様など、いろんな人に向いて。嫉妬と独占欲の塊になってしまった私は自分でも嫌気がさします。
こんな私を、お姉様に見せたくありません。
だって、お姉様は綺麗な心の持ち主で、誰よりも優しい人なんだもの。
そう思えば思うほど、自分が嫌いになっていって、消えてしまいたいという気持ちも強くなってしまいました。ブライト様の言う、災厄の混沌の影響で、思考がマイナスの方にいくのは、よくない方向へ向かってしまうのは仕方がないことだと。しかし、それを理由にはしたくありませんでした。
私は、天幕の外をちらりと見てため息をつく。
激しい雨。お姉様は無事皇宮について、殿下に会えたのでしょうか。それとも……
「トワイライト様、あまり出て行かれると濡れてしまいます」
と、優しく肩を引かれ、私は振返りました。
そこにいたのは、私の護衛騎士のグランツさん。彼は、空虚な翡翠の瞳で私を見つめていました。その瞳に私がうつっていないことは前々から気づいていました。他の誰かを重ねていると……それは十中八九お姉様だと。
「大丈夫です。防水魔法をかけてもらいました。多少濡れても……」
「エトワール様が心配します」
そう言って、グランツさんは首を横に振ります。
「お姉様が……」
「はい、エトワール様なら、きっとそういうと思います」
と、グランツさんは私に言い聞かせるように、はっきりとした口調で言うのです。確かに、お姉様なら、きっと……
でも、今の私にはその言葉が響きませんでした。どれも嘘くさく聞えるのです。グランツさんだからでしょうか。彼は、私の事なんてちっとも守ろうという意識はない。それは、グランツさんの心はお姉様にあるから。
お姉様はそういう。とそれを言えば、私が納得するとでも思ったのでしょうか。
私は、怒りを抑えつつも、そうですね。とため息をついた。怒ったところで何にもならないと。
「トワイライト様」
「ブライト様、どうしましたか?」
グランツさんと入れ替るように私の元に来たブライト様は心配そうに私を見つめてきた。私は、心配させまいと笑顔を取り繕う。
「冷えませんか? 大丈夫ですか?」
「はい。ブライト様のかけてくださった、魔法のおかげで」
「そうですか。それはよかったです」
ほっとしたように笑うブライト様を見て、私の心はまたチクリとする。
どうして、そんな風に笑えるのでしょうか。
私のことよりも、お姉様の事しか頭にないくせに。その心配の顔は、お姉様に対しての心配でしょう。
ああ、いけない。
(これでは、性格の悪い悪女ですね)
私は頭をぶんぶんと振ると、ブライト様に微笑みかける。
私が今すべき事は、お姉様のために、この場にいる人達を守る事だと言い聞かせながら。お姉様が帰ってくるのを大人しく待っていて、一番にお姉様におかえりなさいをいうことです。
私がそう考えている間も、ブライト様は何かを言いたげにして、口を開いたり閉じたりする。
「どうかされましたか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「そうですか。私にできることがあれば、何かあったら言ってくださいね」
と、言うと、ブライト様は少し悲しそうな顔をして、ありがとうございます。と言った。お姉様のことが心配で心配でしょうがないのでしょう。
(本当に、お姉様のことばかり)
私だってお姉様のことが心配なのに。と、ブライト様が私の元を離れていくのを見ながら拳を握る。そうして、天幕の中を見渡し、皆私を見ていないことに気がついた。見ていないというよりかは、ソワソワしており心、ここにあらずと言った感じでした。お姉様の元に向かうなら今がチャンスだと、私は天幕をそっと抜け出しました。
「トワイライト様……!? まさか、エトワール様の元に」
「俺が追いかけます」
「グランツさん」
「俺は、トワイライト様の護衛ですから」
そう言って、グランツさんが追いかけてきたのを私は知るよしもなかった。
「はあ……はあ……移動魔法を使っても、全く皇宮にたどり着けません」
天幕を抜けてきて、皇宮に向かうため移動魔法を駆使しながら向かっていましたが、一向に前に進めた感じはなく、私はただただ体力を消費するだけでした。雨が降っていた空もだんだんと晴れていき、それがお姉様が殿下を救った証拠だと言うことを察しました。私が、お姉様の元に向かわなくても、お姉様自分の力で成し遂げたと言うことです。私が、天幕から抜けてきた意味は無かったと……そう、思い足を止めると近くの林ががさがさっと揺れました。
まさか、抜けてきたのがバレたのでは? と身構えていると、林の中からボロボロになったブライトさんの弟が出てきたのです。
「ファウダー……さん?」
「聖女様」
ブライトさんの弟、ファウダーさんは私を見ると、そのアメジストの瞳を大きく見開いて私の元へゆっくりと向かってくるのです。ですが、可笑しいことに片腕がなく、本来腕があるところからは黒い霧のようなものが出ていました。
(嫌な、感じがします……)
直感で悟りながら、私はファウダーさんから逃げることはできませんでした。かなり、重傷で今すぐに治してあげなければと言う気にもなっていたからです。幼気な子供が、こんなに傷ついて苦しんでいる。そう思うと、放っておくことなど私にはできなかったのです。
ですが、逃げなければと身体は心に反して忠告しています。それは、ブライトさんからファウダーさんの話を聞いていたからです。彼が、今回の騒動の主犯だと。
混沌であると。
「聖女、様、なんで、逃げるの?」
「……ど、どうして、ファウダーさんはそんな怪我を負っているのですか?」
私が後ずされば、ファウダーさんは逃げないでというように私と距離を縮めてきました。
私は、後退しながら、彼の問いを無視して質問を投げかけます。すると、彼は嬉しそうに笑いました。
どうして、笑えるのでしょうか。
そんな疑問は、彼を見た瞬間にわかりました。ファウダーさんの目は狂気を孕んでおり、得体の知れないものが渦巻いているのです。
私は警戒しつつ、ファウダーさんから目を離さずじっと見つめていました。すると、ファウダーさんは消えそうな小さな声で言うのです。
「殿下に斬られたの……痛い、助けて、聖女様「殿下に?」
そう私が問い返すと、ファウダーさんはうんと頷きました。
殿下が子供を? と一瞬動揺しましたが、ファウダーさんの正体に気付いているならあり得るだろうと私は結論づける。
「……殿下にね、殿下が幸せになれるようにってぼく頑張ったのに、殿下は、ぼくを」
「……」
殿下に斬りつけられたであろう右腕を押さえながら泣き出すファウダーさんを見て、私は彼に手を差し伸べたい衝動に駆られました。ですが、それではダメだと私の中の何かが告げています。
ファウダーさんが、私をじっと見つめ、そうして手を差し伸べてきたんです。
以前その手を掴んで、私は頭痛に見舞われたことを思い出します。しかし、とらなければと言う強迫観念もまた一緒に襲ってきたのです。
「助けて、聖女様」
「……」
「聖女様、トワイライト様」
ファウダーさんは懇願するようにいうのです。しかし、それはだんだんと脅迫のようなものに変わっていきます。
「殿下はぼくの手を払った。自分の幸せは自分で掴むって。そんなの簡単じゃないし、無理だよね」
「ファウダーさん」
「トワイライト様は夢、ある?」
と、ファウダーさんは問いかけてきます。
私の夢、私の夢。
頭にスッと浮かんだのは勿論、お姉様のことでした。
お姉様を自分のものにしたいと、二人だけの世界を作りたいと。そんな願望でした。
「あります」
「じゃあ、ぼくの手をとって。そしたら、トワイライト様の願いは叶うよ」
「……手を?」
「うん。ぼくがトワイライト様の夢を叶えるお手伝いをする」
だから、さあ、手を取って。と。
ファウダーさんは言いましす。差し出された手に視線を向け、とってはいけないと分かっていても、私の手はファウダーさんに伸びていました。
「うっ……」
そうして、彼の手を掴む頃には、あの時のような痛みが襲いかかってきたのです。頭が割れるような激しい痛み。あまりの激しさに、私は膝から崩れ落ちました。
「トワイライト大丈夫だよ」
「……は、……ぅ」
「貴方は、エトワールを自分のものにできるよ」
悪魔のような囁きが聞えたと同時に、私の思考は頭は黒く塗りつぶされていくのです。
お姉様への思いだけが残り、私はフッと笑いました。
「……ファウダーさんの力を借りれば、私はお姉様と二人だけの世界を作れるんですよね」
「うん、そうだよ」
「お姉様を苦しめたこんな世界なんていらない。お姉様が悲しむ世界なんてなくて良い」
私は独り言のように呟く。
先ほどの、善良などまるでなかったように。誰にでも優しい、聞き分けの良い、理想とする聖女じゃない。
私は、私は。
「トワイライト様!」
と、私を呼ぶ声が聞え、私はふと振向く。そこには、先ほどのように私を心配し見つめる翡翠の瞳を持ったグランツさんがいました。
彼が何故追いかけてきたのかは分かります。でも、彼で助かりました。
「……彼は」
「グランツさん」
「トワイライト様、何処に行くつもりですか」
私を逃がさないように腕を掴み、そう言うグランツさんに私は微笑みかける。そして、言った。
ファウダーさんに言われた言葉をそのまま。
私が望んでいることを。
それを、聞いたグランツさんの表情は強張り、腕を放します。
「トワイライト様、その子供が混沌だって言うことは分かっているはずです。耳を貸してはいけません」
「グランツさんは、私がいない方が都合が良いでしょう?」
そう、彼に微笑みかければ、グランツさんの表情はさらに固まりました。
図星。
「グランツさん、私を見逃してください」
そう言えば、彼は何も言わず、ただ私を見つめていました。
「……俺は、トワイライト様の騎士で」
「でも、私がいなくなればグランツさんは、お姉様の騎士に戻れるんじゃないでしょうか。貴方は、元々それを望んでいたのでしょ?」
そういえば、グランツさんは黙ってしまいました。全くその通りだと、肯定しているようにも思えました。
「なので、見逃してください。グランツさん。別に、私は貴方に守って貰えなくても結構ですから」
そう微笑んでやれば、グランツさんは顔を上げ、少し嬉しそうな翡翠の瞳を私に向けました。彼の瞳にも狂気が渦巻いており、私と一緒だと感じました。でも、お姉様を彼に渡すわけにはいきません。彼もお姉様を傷つけた内の一人だから。
「それじゃあ、いきましょう。ファウダーさん」
「うん、トワイライト」
私は彼に背を向けると、ゆっくりと歩き出しました。もう、振り返ることはありません。
私は今から、お姉様を手に入れるのです。
そうして、お姉様に愛を囁き、お姉様を悲しませた人々に復讐をするのです。
私は、ファウダーさんの転移魔法でその場を去りました。
「待っていて、お姉様。お姉様が気に入ってくれる世界を私は、作るから」