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月虹の教室

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月虹の教室

2 - 第二話 懐かしき教室へ

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2023年02月13日

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 “月虹――月の光によってできた虹のこと。太陽よりはるかに弱い月の光でできるそれは、人の目には淡い白色に映る。

 一部の地域では、それは、死者が現世へと戻るための橋の役割を果たすと信じられている。“

 

 ……ここは、どこだろう?

 気が付くと、暗い闇の中を歩いていた。

 右を見ても、左を見ても、前も、後ろも……、闇に沈んで何も見えない。

 ただ、彼が立つ大きな橋のようなものだけが、淡く白い光を放つのみだった。

 その儚い光をじっと見つめていると、ふいに、それの名前が思い浮かんだ。

――月虹、死者の魂を誘う、光の橋……。

 その微かな輝きは、注意深く見ていないと見過ごしてしまいそうなほどに弱く、けれど、一度気づいてしまうと、目が離せなくなるような奇妙な美しさを持っていた。

『いい? 月虹が見えたらそれが目印。決して目を離さないように、真っ直ぐに進んで』

 誰かに言われた言葉を頭の中で反芻しながら……。

 箕輪進は、闇の中を進んでいった。

そして……。

 

 きーんこーんかーんこーん……。

 始業のチャイムに、進は慌てて顔を起こした。

 しまった! また、就業中に居眠りしたかっ!

 などと、慌てて辺りを見まわして……、ぽかん、と口を開けた。

「なんだ、こりゃ……」

 思わず口をついた小さなつぶやき。それもそのはず、そこは教室だったのだ。

 大きな黒板とその上に据え付けられた安っぽいスピーカー、大きな教員用の机と教材の入った本棚、後方にはランドセルの入ったロッカーと、ザリガニの入った飼育用の水槽が置かれている。

 壁には習字や学級新聞などが張り付けられている。

 ――ここは、小学校? どうして、こんなところで目が覚めるんだ? というか、通報される前に出た方がいいんじゃないか?

 などと慌てかけた進だったが、すぐに合理的な解釈にたどり着く。すなわち、

 ――って、どう考えても夢じゃないか。

 夢を夢だと気づいているという、いわゆる、明晰夢というやつである。

 そう気づいてみると、教室は、どこか見覚えがあるように感じられた。周りにいる生徒たちもよくよく見れば、かつての彼のクラスメイトたちだった。

 ――うわぁ、懐かしいな。

 卒業以来、会っていないから、およそ十五年ぶりだった。

 名前を覚えているか少しだけ心配だったが、顔を見ていると自然と、昔のことが思い出された。

斜め前の席、丸い眼鏡をかけた少年が、有川祐二。あだ名は確か、ゆーじんだっただろうか。

その前の席に座ってるのは、クラス一のモテ男の木下翼。スポーツ万能で、サッカークラブのフォワードをやっていた。小学生のコミュニティでは、スポーツができることがモテる条件だ。その上、顔まで良い彼が、モテない理由がなかった。

――確か、彼女も“つばさくん”のことが好きだったんじゃないかな?

そう思い、視線を転じた先には、おっとりとした顔の少女がいた。大隣綾子、親がお茶の先生らしく、その影響からか、本人も年の割におしとやかで、ずいぶん大人びて見えたのを覚えていた。

他にも懐かしい顔を、順番に目で追っていく。思い出を確かめるように、一人ずつゆっくりと。

どうやら、それは、五年生の時のクラスのようだった。彼の属していた五年二組の……。

『みんな死んだわ』

「――っ!」

 瞬間、ぞくり、と……、進の背筋に冷たいものが走った。

なにか……、なにか大切なことを忘れているような気がして、息が苦しくなった。

「なんだよ、これ……」

 その時、ふと、不思議なことに気が付いた。

 なんとなくだが、クラスの雰囲気がおかしいように感じたのだ。

 戸惑うように、辺りをきょろきょろと見回す者、自らの手の平を見下ろす者、どこか呆然とした様子で辺りを歩きまわる者……。みな一様に、混乱しているように、彼には見えた。

 いったいどうした、というのだろうか?

 なにかに追い立てられるように、進は席から立ち上がろうとして……、軽く机に足をぶつけてしまった。

――いっつ……、あれ?

 走った微かな痛みに、思わず顔をしかめ、けれど、次の瞬間に、彼は愕然とした。

「なんで、夢の中で痛みを感じるんだよ?」

 唖然としてつぶやいた進の背後で、突如、笑い声が響いた。

「相変わらず、ベタなやつだなぁ」

「えっ?」

 振り返ると、すぐ後ろの席で、一人の少年が頬杖をついて、こちらを見ていた。

 綺麗に切りそろえた髪ときりっとした眉、知性的な光を放つ瞳は、進の記憶と寸分たがわず、皮肉っぽい微笑みを浮かべていた。

「信二……、もしかして、信二なのか?」

 早峰信二……、小学校時代の親友が、進の方を見上げて、にやり、と口角を上げた。

「よぅ、進。五年ぶり

、、、、

だな」

 その言葉に、違和感を覚える間もなく、信二は続ける。

「ところで、見てて思ったんだが、もしかして “お前も”なのか?」

 言葉の意味を測りかね、一度、黙りこんだ進だったが、すぐにその可能性に思い至る。

 クラスメイトたちの混乱、それはまるで、彼自身の内心を映し見ているようだった。

 それは、つまり……、

「僕も、って……、まさか」

「そ。ご想像の通りだと思うぜ」

 困ったように肩をすくめてから、信二は教室内を見まわして、

「どうやら『目が覚めたら小学生になってました!』なんて、不思議体験を経験中なのは、お前だけじゃないってことさ」

 事もなげに言った。

「そんな馬鹿な……。これが、夢じゃないって言うのか?」

「ふむ、もしかしたら、お前が痛覚に影響を及ぼす夢を見てるって可能性もあるかもな。ただ……」

 突如、信二は机を叩いた。

 ばん、と大きな音が鳴り、周囲の視線が一斉に信二に集中する。

「この痛みは、夢にしてはリアルすぎるんじゃないか?」

 言われるまでもなく、そんなことはわかっていた。

 この教室は、夢にしては細部がしっかりしすぎている。痛みだけじゃない、この匂いも、音も、知覚できるおよそ全てが、ここが夢の世界ではないことを訴えていた。

「けど、百歩譲って、これが現実だとして、いったいなにがどうなってるんだ?」

 夢の否定は新たな問題の提起でしかない。すなわち、意識が戻ったら小学生になっていた、という現実をどう考えればいいのか、ということだ。

 いったい、どうしてこうなったのか、なにがあったのかを思い出そうとして、進は思わず呻いた。

 記憶が、なかったからである。

 自分が二六歳だったことは覚えていた。

 サラリーマンをしていて、課長からの無理難題をどうやって乗り越えようか考えていたことも、きちんと覚えている。

 けれど、その先……、小学校で目覚める直前になにをしていたのかが、まったく思い出せなかった。

 まるで、一切の光のない闇の中を歩くようだった。

どの方向へ進めばいいのか、どこを目指して、どこにたどり着けばゴールなのか……、それすら見えない。

絡みつくような漠然とした不安感が、じわり、と体を蝕んでいく感触……、なんとも言えない気味の悪さに、嫌な汗が噴き出してくる。

知らず、呼吸が苦しくなっていき、それがピークを迎えようとした時……、

『月虹が見えたら、それが目印。目を離さないようにまっすぐに進んで』

 静かな声が、耳の奥に蘇ってきた。

 どうして、忘れていたんだろう、彼女のことを。

 この意味不明な事態を説明できそうな人物……、タイムループなどという“魔法”を説明できるものなど、魔女以外にはいるはずがないではないか。

 そう、彼女……、黒魔女以外には。

 進は、知らず、彼女の定位置だった窓際の席へと、目をやった。

 黒藤舞夜は、ただ、静かにそこに佇んでいた。いつも本を読んでいた彼女は、こんな非常事態の中でも、その手の中にある本に目を落としていた。

 その、深い黒を湛えた瞳が、ふいに上がる。そのまま、教室の中を眺めて後、視線は進の上で止まった。

 美しいその瞳に、思わず吸いこまれそうになりつつも、それでも、なんとか口を開こうとしたところで、

「おーい、チャイム鳴ったぞ。席付けよー」

 野太い男の声とともに、教室のドアが開く音がした。

 思わず舌うちしそうになりつつ、声の方に視線を転じた進は、思わず喉の奥で呻いた。

「ゴリ……先生?」

 はちきれんばかりにジャージを押し上げる筋肉、ザ・体育教師、というように角刈りにした頭とゴリラのようなごつい顔をした三〇代前半の男が、そこに立っていた。

 大石篤朗、生徒たちからゴリ先生のあだ名で呼ばれる、進たちの担任教師だった。かつては、やたらと大きく見えた先生も、こうして二六歳の目で見ると、普通の大人に見えた。

 そう言えば、自分は、もう少しでゴリ先生に追いつくぐらいの年になっていたんだ、と思ったら、なんだか泣けてきた。

 なぜなら彼――ゴリ先生は、この年の夏休みに、事故で亡くなってしまうからだ。

 もう二度と会えないはずの恩師が、すぐ目の前にいた。その感慨に、思わず喉を詰まらせる進だったが……、

「だーれがゴリラかっ!」

 そんな感動の再会の雰囲気を、他ならぬゴリ先生自身が、ごつい声で打ち砕いた。

「まったく、先生を馬鹿にしとるのか、お前は。ほら、さっさと座れ!」

 ぶんぶん、っと大きな手のひらを振るゴリ先生。その荒々しくも、どこか親しみやすい仕草が、なんとも懐かしかった。

「気持ちはわかるけど、落ちつけよ。進」

 信二にたしなめられ、ようやく、進は席に着こうとした。

「あんたさ、なに、泣きそうになってるわけ?」

 ふいに、目つきのきつい女子が話しかけてきた。狩野麻耶、教師の前では優等生だが、裏ではかなりえげつない悪口を口走る少女だった。

「なにって……、いや、だって……」

「なに? あんた、ゴリのこと怖いの?」

 まるで馬鹿にするように、麻耶は進を見上げて言った。

「お前は、なんとも思わなかったのかよ? ゴリ先生なんだぞ。こんな奇跡みたいなことがあったのに、なんとも思わないのか?」

「はぁ? ちょっと、箕輪、あんた大丈夫? 頭でもおかしくなったの?」

 呆れたように言ってから、麻耶はさっさと授業の準備を始めた。

 彼女との温度差が理解できずに、進は首を傾げることしかできない。

「おら、箕輪、さっさと座れー。授業始めるぞ」

 追い立てられるように、進は自分の席に戻った。

 どうやら、黒藤に話を聞くのは、休み時間まで待たなければならないようだった。

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