109 ◇もどかしい願望の表れ
・108話から引き続き夕餉の支度をしている2人
雅代の潔い諦めっぷりを聞き、雅代の元の夫、秀雄との復縁に見込みがないと分かるとガックリする育代だった。
夫がおらず娘とのふたりきりの気安さから……
母親の育代はどうにもならない自分たちの身の上はどうしたって年若いとはいえなくとも雅代にしか期待はできず、自然と雅代に誰か良い男性が出現して結婚相手になってくれないものかと願ってしまうものだから、ついつい雅代にいい相手はいないのか、みたいな話になっていくのだった。
そのような中で秀雄の話が出て……って、自分から話題に出したのだが。
あと娘と仲良くしてくれている人物が他にもうひとりいるのだが、既婚者だからどうしようもない。それなのに未練たらしく娘に話を振る育代だった。
まるで、叶わぬことであっても、口に出して望めば何とかなるのではないか
とでも思っているかのような、もどかしい願望の表れだった。
娘と懇意にしているあともうひとりの人間とは、それは哲司のことだ。
「ね、哲司くんが独身だったら良かったのにね。
あんなにあんたに優しくしてくれる人なんてなかなかいないよ~」
何も自分たちの間に起きたことを知らない母親は『哲司くんが独身だったら良かったのにね』などと言い出すから困る。
秀雄の話が出たかと思えば、今度は哲司の話だ。はぁ~。
どれほど自分を嫁に出したいのかが窺い知れる物言いに、雅代は切なさが
こみ上げてくるのだった。
ただそれは恨みつらみなどとは程遠いものだった。
年老いた母親が自分を含めこれからの3人の生活苦を憂いているかが分かっているからこその切ない想いであった。
――――― シナリオ風 ―――――
〇大川家/台所 夕刻~夜
(N)
「潔く諦めた娘の姿に、育代は胸を痛めた。
この家の暮らしを支えられるのは、結局この娘しかいない。
年老いた自分たちの、どうにもならぬ現実を思うと――
せめて雅代に良い人が現れてほしいと、つい口に出してしまうのだった」
育代(お玉を置いて)
「ねえ、哲司くんが独身だったら良かったのにねぇ。
あんなにあんたに優しくしてくれる人、なかなかいないよ」
雅代、箸を止め、しばし無言。
やがて静かに笑う。
雅代(苦笑気味に)「……もう、お母さんったら。
秀雄さんの次は哲司さんの話? はぁ……」
(N)
「母の言葉は、悪意のない“願い”だった。
自分たちのこれからを憂うがゆえの――切ない、祈りにも似た願い。
雅代はその想いを知っているからこそ、責めることもできず、
ただ静かに、胸の奥が締めつけられるのを感じていた」
夜の虫の声、遠くで汽笛音。
夜は静かに更けていった――。
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