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元々高嶺たかみねじんという男は、天莉あまりのことをすぐに抱き上げようとしてきたり、弱っているところを的確に見定めて抱き締めてくるところはあった。

けれど、何でもないときにこんな風に距離を詰めてくることはなかったはずなのに。


不覚にも今、「はい」と答えてしまったことで、じんのリミッターが振り切れた気がする。


尽に近付かれるたび鼓動がうるさいくらいに鳴り響いて、天莉あまりは苦しくてたまらないというのに。


心臓に悪いのでやめて欲しいと腕を突っ張るようにして尽から距離を取ろうとしたら、

「猫……。天莉はどんな子をお迎えしたい?」

と耳のすぐそば。


まるで麻酔を打ち込むみたいに低く甘い声音で問い掛けられて、思わず腕の力がフニュリと緩んでしまった。


狙っているのかいないのか。

尽の息遣いが耳をくすぐるのが、天莉の心をたまらなくざわつかせる。


「あの……。本気、なん、です……か?」


途切れ途切れに言いながら恐る恐る尽を見上げたら、「何を今更。俺はいつでも本気だよ?」と目をすがめられて。


その〝本気〟の中にはきっと、猫のことはもちろん、自分を口説くことも含まれているのだと改めて実感させられた天莉だ。


「……私、もう二度と傷付きたくないんです」


尽の真っすぐな目を見て話すには余りに情けない言葉な気がして、スッと視線を伏せたら、「それに関しては俺のことを信用して欲しいとしか言えない。気が利いたことを言ってやれなくてすまない」とやけに素直に謝られて。


天莉はその言葉に思わず尽を見上げずにはいられなかった。


てっきり自信満々に「俺を信じろ」と言われるかと思っていたのに。


「天莉、男に裏切られたばかりのキミに、俺のことを信じろというのは酷なことだと思う。けど……俺は――。俺の方は天莉が思っている以上にキミのことを愛しく思っているということだけは覚えておいて欲しい」


さっき、ベランダで声に出して問えなかった『貴方は私を愛してくれるんですか?』の答えを期せずしてもらえた天莉は、大きく瞳を見開いた。


「でも私たち、今日初めて……」


まともに話したばかりではありませんか――。


そう続けようとして、尽が自分のことを先んじて色々調査済みだったことを思い出した天莉は、思わず口をつぐんだ。


目の前の美丈夫は、自分のことを一体いつから見ていたんだろう?


好きだと言ってくれるなら、そうなった発端は?


それを聞くことが出来たなら、少しは彼のことを信じられる気がして。


「あ、あの――」


天莉の腰を抱いたまま歩き始めた尽に、半ば無意識。

気が付けば、「私を好きだと思ってくださったきっかけをお聞きしても?」と問いかけていた。



***



まさか天莉あまりの方からそんな質問を投げかけられるだなんて思っていなかったじんは、足を止めてすぐそばの天莉を見下ろした。


明確な転機があったとすれば、それは彼女が最低男にフラれた姿を見たからだ。


あの時の、凛とした天莉の表情が忘れられない。


だが、そんなつい先日ついたばかりの傷口をえぐりかねないエピソードを話して、天莉は無傷でいられるだろうか。


(……彼女が傷付く姿は見たくないな)


何度か強引に抱き上げた天莉の、少し力を加えれば折れてしまいそうに華奢な身体つきを思い出した尽は、我知らずそんなことを思ってしまった。


彼女を手中に収めてすぐの頃は天莉の弱みにつけ込んで、自分の計画に巻き込めればいいと手前勝手に思っていたはずだ。


なのに、今はどうだろう。


もちろん、玉木たまき天莉あまりという女性が、自分にとって都合の良いこまになってくれるであろう存在なことに変わりはない。


でも、執務室へ彼女を連れ込んですぐの頃みたく、天莉の意志を全て無視してぞんざいに扱えるかと聞かれたら、喉の奥に苦いものがこみ上げてくるのだ。


元々天莉の見た目は結構好みだったし、真面目で真っすぐな彼女の性格は、素質だとも思っていた。


だからこそ自分は天莉をターゲットに定めたのだ。


そう。最初は確かにそれだけだったはずなのに――。


(俺は彼女に情でも芽生えてしまったんだろうか)


しばらく一緒にいて、間近で天莉のことを見れば見るほど……。

データ上だけでは見えてこなかった〝玉木天莉〟という女性の人となりに触れる機会が増えた。


一緒にいることで〝自分にとって都合の良い女〟と言うだけの価値しか持たなかった天莉が、それこそ直樹や璃杜りとのように、〝血の通った一人の人間〟に見えてきたから。


さっき期せずして本人に告げた、『天莉が思っている以上にキミのことを愛しく思っている』なんて言葉も、自分のなかの天莉への認識が変化した結果に思えた尽だ。


あれは、そう。


尽が普段自分に都合よく他者を動かすため使っているようなリップサービスなんかではなかったし、ましてや天莉を絡め取るために計略的に発した言葉ですらなかった。


天莉にちゃんと向き合いたい一心で、気が付いたら勝手に口を突いていたセリフ――。


それは、正直自分でも理解不能な言動だった。


自分との交際や結婚を不安がる天莉に、いつもの尽ならば自信満々。天莉の不安を押し込める形で『俺を信じろ』と言い切っていたはずなのだ。


だが、それが出来なかったのはきっと、天莉に告げた言葉そのままなわけで――。


直樹なおじゃあるまいに……どうかしてるだろ、俺)


ふと幼少の頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染みの顔が浮かんで、ほとんど無意識。


自嘲気味にふっと吐息が漏れて、すぐそばの天莉に、「高嶺たかみね常務?」と不安そうに呼び掛けられてしまう。


その瞬間、うだうだ考えていたことが全て吹っ飛んで、ただ一点。

天莉の表情を曇らせた自分に焦った尽だ。


「……きっかけと呼べるほど明確なものになるかは分からんが――。そうだな。キミのことを調の一人としてずっと見ていたら、天莉自身の人間性に惹かれるようになっていた、という感じだろうか」


きっかけなんてこの際どうだっていい。


天莉のことを色々知った今となっては、それより大事にしなければいけない気持ちがあるように思えて。


「もちろん、キミの見た目が好みだったと言うのは大きいと思うがね、今は玉木天莉と言う人間そのものに強く惹かれているんだよ、俺は」


柔らかく微笑んで、尽の言葉に戸惑う天莉の頬にそっと触れてみた。


「……あ、あのっ、私……」


途端真っ赤になってオロオロと瞳を揺らせる様が本当に愛らしいと思ってしまった尽だ。


今まで尽が付き合ってきた女性たちは皆、尽が触れるまでもなく自ら身体をすり寄せてくるような相手ばかりで。


ただ頬へそっと触れただけで、こんなに照れたりなんかしなかった。


だからだろうか。


尽には、天莉の初々しい反応の全てが新鮮で……たまらなく愛しく思えて。


「天莉。キミは本当に可愛いね」


心の底からそう思ったら、自然と相手を褒める言葉が出てくるのだと、尽は生まれて初めて知った。



***



「ひゃひっ!?」


頬に優しく触れられながらの、眩暈めまいがしそうなくらいの甘い声音に、天莉あまりはビクッと肩を跳ねさせた。


目の前で天莉を見下ろしている高嶺たかみねじんと言う男。


数時間前までは、それこそ名前の通り『高嶺のきみ』で、接点なんて皆無だった。


そんなじんからの畳み掛けるような甘々モードに、天莉の心は完全にキャパオーバー。


もちろん、いくら真面目が服を着て歩いているような天莉だって、ハンサムな異性から手放しに褒められれば悪い気はしない。


しないのだけれど――。



「……あ、あのっ、高嶺常務。お願いなので少しペースダウンしてください。私、一気に色々ありすぎて……正直頭が付いていけていないのです……」


うのていでポツリポツリと……。

まるで自分自身確認するみたいに絞り出した言葉は、まぎれもなく天莉の本音だった。


(どうしよう。何だか頭が痛くなってきた……)


ご飯を食べて大分良くなっていたはずなのに。


考えることがありすぎるからだろうか。

こめかみの辺りがズキズキと鈍くうずいた。

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