夜、アパートのチャイムが鳴った。 この時間に訪れる者が誰なのか、悠翔は考えるまでもなかった。
ドアを開けた瞬間、風のように蒼翔が踏み込んできた。口には笑みを貼りつけたまま、手にはコンビニの袋。中身は酒と、乾いたスナック菓子と、ビニール袋の中で揺れる金属の何かだった。
「なあ、たまには兄弟で、さ。語らおうぜ」
その言葉の軽さと、踏み出す足音の重さが釣り合わない。
悠翔は一言も発せず、ただ玄関を閉めた。だが鍵をかける音が、自分の逃げ場を閉ざす音にも聞こえた。
蒼翔は床に腰を下ろし、酒をあけた。
「……陽翔も蓮翔も、最近ストレスたまってんだよ。俺がこうやって抜いてやってんの。感謝してほしいよな、おまえも」
酒の匂いとともに、怒りと暴力が滲み出す。蒼翔は悠翔の腕をつかみ、引きずるように床の上に倒した。
「動くな。声出すな。──弟の義務だろ?」
床に顔が押しつけられる。呼吸がうまくできない。背中にのしかかる重さと、鳴り響くベルトの金具の音。
鋲のついたバックルが、悠翔の背をなぞった。それは意図的に、ゆっくりと。
「やっぱり、おまえの身体って、なんか“使いやすい”んだよな」
笑い声が頭のすぐそばで炸裂した。
痛みと羞恥と、過去の記憶が曖昧に混ざりあって、意識の輪郭がにじむ。抵抗すれば、何かが壊れると知っていた。 だが、黙っていることもまた、何かを確実に蝕む。
「次、陽翔な。──それまで、跡は消すなよ?」
最後にそう囁き、蒼翔は空になった缶をテーブルに転がしながら出ていった。
ドアが閉まる。
静寂。
悠翔は、自分の胸に落ちた影の形を見つめたまま、動けなかった。