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天井の木目を、なんとなく目でなぞっていた。眠れないわけじゃない。疲れていないわけでもない。
ただ――夜は静まり返っていた。
こういう夜は、少しだけ思い出す。
暗い廊下。冷たい床。母親の声。兄貴の目。
――お前は熱を持たない闇人形だ。
何度も言われた言葉。
うんざりするほど脳に染み込んでる。
今日の戦いでも、それは出た。別に苦戦したわけじゃない。むしろ余裕だった。問題はそこじゃない。
考える前に、体が動いた。昔なら普通だった。躊躇なんてなかった。何も感じなかった。
でも今は違う。違うはずなのに。
昔と同じ。何も変わってない。
オレは結局、あの家の人間なんだ。
どれだけ外に出ても、どれだけ自由になった気になっても、血は変わらない。指先に残る感触を思い出して、胃の奥が冷たくなる。
きっとこいつは知らない。オレの全部を。
もし知ったら、どう思う?
毒を盛ったこと。
人を殺したこと。
平気だったこと。
今でも、必要ならできること。
――嫌われるかもしれない。それが怖い。
隣からは、規則的な呼吸音が聞こえる。
ゴンは寝てる。
さっきまであんなに元気だったのに、布団に入って数分で落ちるあたり、本当にこいつは変わらない。
オレは小さく息を吐いた。
部屋の外から、風の音がする。窓の隙間が僅かに鳴った。
こんな夜は、余計なことを考える。
――もし、いつかオレがいなくなったら、こいつはどうするんだろう。
別に、予定があるわけじゃない。
でも、そんな未来は、現実の延長線上に、当然に存在してる。
オレはゾルディック家の人間で、ゴンはゴンだ。
ずっと一緒なんて保証は、どこにもない。
胸の奥が、少しだけ痛くなる。
その時。
「……キルア?」
隣から突然声がした。その瞬間、心臓が跳ねた。
「……起きてたのかよ」
「うん。キルア寝てないなって思って」
なんで分かるんだよ。敵わないな、と思いながら、呆れたように小さく苦笑した。
「眠れないの?」
「別に」
嘘だ。でもゴンは追及しなかった。
代わりに、布団が少し動く。
次の瞬間、指先に温かいものが触れる。
ゴンの手だった。無意識みたいに、軽く。掴むでもなく、ただ触れるだけ。
「……なに?」
「んー?」
「手」
「あ、ごめん。なんとなく」
逃げようと思えば逃げられる。なのに、
逃げる気が起きない。
なんとなく、かよ。
でも、手は離れない。オレも離さなかった。
多分今、離されたら少し寂しいと思う。
そんな自分に気づいて、少しだけ怖くなる。
ゴンの指が絡む。今度は、逃げられない形になる。でも、嫌じゃない。むしろ安心する。
近い。物理的に。でもそれ以上に。距離が近い。
ゴンの手が絡んでる。心臓がうるさい。
オレは目を閉じる。胸の奥が壊れそうだ。
嬉しくて。怖くて。離れたくなくて。
依存してるのが分かって。でも止められない。
――オレ、もう無理だな。
こいつなしじゃ。
でも、今だけはここにいていい気がした。
温かい。胸が苦しくなる。
「キルアさ」
「ん?」
「なんか怖い夢見た?」
「見てねーよ」
「そっか」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
「キルア」
「ん」
「今日、助かったよ。ありがとう」
声がやけに素直だった。胸が、じわっと熱くなる。
「別に。普通だろ」
「普通じゃないよ」
少しだけ間があった。それからゴンは続けた。
「キルアがいなかったら、オレたぶん危なかった」
その言葉は、決して軽くなかった。なぜか喉の奥が詰まる。
「……でもさ」
ゴンの声が少しだけ低くなる。
「オレ、怖くなかったんだよね」
「は?」
「キルアがいたから」
心臓が止まったみたいだった。
こいつは、こういうことを平気で言う。
無自覚に。真っ直ぐに。残酷なくらいに。
オレは目を閉じた。
もし、いつか。離れる日が来たら。
その時、こいつはどうなるんだろう。
オレ自身はどうなるんだろう。
分からない。分からないけど、考えずにはいられなかった。
「……ゴン」
「ん?」
「……オレもだよ」
言葉が詰まる。でも、少しだけ絞り出す。
「お前がいると安心する」
沈黙。
次の瞬間。
ゴンが、少し笑った気配がした。
「知ってる」
「は?」
「なんとなく」
なんだそれ。
ゴンにつられたみたいに、オレの口元も緩んだ。
手の温度が、ヤケに心地いい。
こんな時間が、ずっと続けばいいのに。
――続くわけないのに。