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きつね
なちょすん✌️
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夜、目を覚ます。布団の中で目を開けたまま、天井の木目を、なんとなく目でなぞっていた。眠れないわけじゃない。疲れていないわけでもない。ただ、目を閉じるとどうでもいい記憶が浮かぶだけだ。こういう時は、少しだけ思い出す。暗い廊下。冷たい床。母親の声。兄貴の目。
――お前は熱を持たない闇人形だ。
何度も言われてきた言葉。うんざりするほど頭に染み込んでいる。 今日の戦いでも、それは出た。別に、苦戦したわけじゃない。 むしろ余裕だった。多分問題はそこじゃない。考える前に体が動いた。躊躇なんてなかった。昔なら普通だったはず。でも今は違う。違うはずなのに。昔と同じ。何も変わってない。オレは結局、あの家の人間なんだ。どれだけ外に出ても、どれだけ自由になった気になっても、血は変わらない。指先に残る感触を思い出して、胃の奥が冷たくなる。もうたくさんだ。オレはあの家には戻らない。ゴンのやりたいことを終えるまでは。あれから兄貴も追って来ない。ここのところのオレは、修行に集中しているせいか、安全圏で安心しきっているみたいだ。気を抜けば、また足元を掬われてしまうかもしれないってのに。 きっとこいつは知らない。オレの全部を。もし知ったら、どう思う?今までたくさんの人を殺してきた。毒を盛ったこと。人を殺したこと。平気だったこと。今でも、必要ならできること。
――ゴンに嫌われるかもしれない。それが怖かった。
近くから、規則的な呼吸音が聞こえる。隣を見ると、ゴンは寝てる。 さっきまであんなに元気だったのに、布団に入ってから数分で落ちるあたり、本当にこいつは変わらない。 気持ちを落ち着かせる為に、 小さく息を吐いた。 部屋の外から、風の音がする。窓の隙間が僅かに鳴った。こんな夜は、余計なことを考える。 ――もし、いつかオレがいなくなったら、ゴンはどうするんだろう。 別に、予定があるわけじゃない。でも、そんな未来は、現実の延長線上に、当然に存在してる。オレはゾルディック家の人間で、ゴンはゴンだ。ずっと一緒なんて保証は、どこにもない。胸の奥が、少しだけ痛くなる。その時、隣から突然声がした。
「…キルア?」
「起きてたのかよ」
「ううん。キルア寝てないなーって思って」
「なんでわかんだよ」
「なんでかな」
「はっなんだそれ」
小さな声。相変わらず、こいつは無駄に勘がいい。どんな曖昧なセリフにも、ゴンの鋭さには敵わないなと思う。 なんて考えてい ると、横目にじっと見られていた。
「なんだよ」
「眠れないの?」
「別に」
嘘だ。それ以上は答えなかった。 でもゴンは追及しなかった。 代わりに、布団が少し動く。 次の瞬間、指先に温かいものが触れる。 ゴンの手だった。無意識みたいに、軽く。掴むでもなく、ただ触れるだけ。
「なに?」
「んー…?」
「手」
「あ、ごめん。なんとなく」
逃げようと思えば逃げられる。 なのに、 逃げる気が起きない。……なんとなく、かよ。 でも、手は離れない。オレも離さなかった。 多分、離されたら名残惜しいと思う。そんな自分に気づいて、少しだけ怖くなる。お互いの指が絡む。今度は、逃げられない形になる。でも別に、嫌じゃない。むしろ安心する。 近い。物理的に。でもそれ以上に。 距離が近い。 ゴンの手が絡んでる。心臓がうるさい。 胸の奥が壊れそうだ。 嬉しくて。怖くて。離れたくなくて。 依存してるのが分かって。でも止められない。 ――オレ、もう無理だな。 こいつなしじゃ。 手の温かさと感触が余計に、胸を締めつけた。
「キルアさ」
「ん?」
「なんか怖い夢見た?」
「夢?…見てねーよ」
「そっか」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。
「キルア」
「ん」
「今日、助かったよ。ありがとう」
「別に。普通だろ」
「そんなことないよ」
声がやけに素直だった。少しだけ間があった。それからゴンは続けた。
「キルアがいなかったら、 オレたぶん危なかった」
その言葉は、軽くなかった。なぜか喉の奥が詰まる。
「でもさ」
ゴンの声が少しだけ低くなる。
「オレ、怖くなかったんだよね」
「は?」
「キルアがいたから」
心臓が止まったみたいだった。 こいつは、こういうことを平気で言う。 無自覚に。真っ直ぐに。残酷なくらいに。 もし、いつか別れる日が来たら? その時、こいつはどうなるんだろう。 オレ自身はどうすればいいんだろう。 分からない。分からないけど、ゴンが淡々と話す度、全部どうでもいいことに思える。
「…ゴン」
「ん?」
「……オレもだよ」
言葉が詰まる。でも、少しだけ絞り出す。
「いやその、お前がいると安心するっつーか…」
沈黙。 やっぱりなんでもない。そう言いかけた次の瞬間。 ゴンが、少し笑った気配がした。
「知ってる!」
「は?」
「なんとなくね」
……なんだそれ。ゴンは満更でもない表情を浮かべていた。ゴンにつられたみたいに、オレの口元も緩んだ。手の温度が、やけに心地いい。 すると、ふとゴンが窓の夜空を見上げて言った。
「星、きれいだね」
「星?毎日見てるだろ」
「でも、同じ星でも見る人が違うと違って見えるんだって」
「ふーん。お前、そういうの信じるタイプ?」
「んーわかんない。でも、キルアと見る星は好きなんだ」
オレは内心鼻で笑っていた。…ずるい言い方だ。 意味を深く考えさせるくせに、本人は何も考えていない。
「…変な奴」
そう言うと、ゴンはまた笑った。少しして、ゴンの肩に重さがかかる。 オレが寄りかかったわけじゃない。 ゴンが、自然に距離を詰めてきただけだ。
「ねえキルア」
「今度は何だ?」
「ずっと一緒にいられたらいいよね」
一瞬、胸の奥が騒つく。
「当たり前だろ」
言葉は素っ気なくしたけど、否定はしなかった。 ゴンは満足そうに頷き、しばらくすると、静かに寝息を立て始める。 肩に体重がかかるが、どかす気にはなれなかった。そっと柔らかい頬が当たる。
「……ほんとずるい」
小さく呟いて、目を閉じた。こんな時間が、ずっと続けばいいのに。――続くわけない。