一件目は、子どもが熱を出してなかなか治らず、定期的に往診に来ている家庭だった。この家も裕福ではなく、医者には通院ができず困っている。
「こんにちは、往診に来ました」
声をかけると、母親が出てきてくれた。
「こんにちは、いつもごめんね。あら、この方は?」
「はじめまして。月城と言います。今日は、たまたまこの辺りを巡回しています。最近、物騒な事件が多いので」
「知り合いなの。たまたまお会いして。具合が悪い人に何かあった時のために、今日は一緒に回っているの」
「そうなの、それはご苦労様ですね」
私が何度も往診に来ていることもあってか、不審に感じることもなく家にいれてくれた。
「今日はね、調子が良いみたいなんだけど。それでもなかなか熱が下がらなくてね」
横になって眠っている女の子がいる。
「ちょっとごめんね」
身体を触らせてもらう。
いつもより熱は高くないみたいだ。
「いつもより熱はないみたいですね」
「そうなの、小夜ちゃんがくれたお薬を毎日飲ませているんだけど、それから調子が良いみたいなの」
「熱の他に何か気になる症状はありますか?」
「熱以外はないわ。咳も出ないし」
「わかりました。では、また薬を出しておくので、夕食を食べたあとに飲むようにしてください。しっかり水分を摂って、できればご飯も少しでもいいから食べるように手伝ってあげてください。あと体調が良い日は、家の外に出してあげてください。お日様の光を浴びるように」
「えっ?外に出していいの?」
母親は私の言葉に驚いたようだ。
「はい、高熱ではないので大丈夫です。感染する病でもありません。外の空気に触れないと免疫力が低下してしまいます」
「お外で遊んでいいの?」
私たちの会話を聞いて起きたのか、嬉しそうに尋ねてくる女の子。
「うん、お散歩くらいなら大丈夫よ。でも、無理しちゃダメだからね」
「わかった」
外に出ることができると聞いて、女の子はご機嫌になったようだ。横になってはいるが、表情も明るい。
「では、これで失礼します」
立ち上がり家を出ようとすると母親が話しかけてきた。
「小夜ちゃん、ごめんなさい。今日もツケておいてくれるかしら。主人が帰ったら必ずお金はお支払いしますから」
ご主人は出稼ぎに出ていると聞かされている。
「はい、大丈夫です。さっきのお願いは守ってあげてくださいね。外に出てお散歩すること」
「わかりました」
「あの子の病はただの風邪か?」
母親が見えなくなったところで月城さんが話しかけてきた。
「子どもはよく熱を出します。あの子の場合、もともと身体が強くありません。免疫力が弱いんだと思います。私の仮定ですが、熱を出すことを繰り返していてご近所から伝染病だと思われたくなくて、外に出さなくなったんでしょう。それがさらに悪循環なんです。日光の光を浴びて、外の空気に触れること、身体を動かすこと。基本的なことがあの子はできなかった」
「私があの子に出している薬は、微量の熱冷まし効果があるもの、そして滋養強壮の薬草を磨り潰したもの。あの子自身の身体が強くならなくちゃいけないんです。外に出たくても出れない、精神的にもよくありません。病は気からって言葉もあるように、何か希望を持たせてあげなくちゃと思って、今日は外に出ることを提案しました」
「あの子の笑顔だったらきっと元気になれます。大丈夫です」
「そうか」
何かを考えていたかのように、一言だけ月城さんは返事をしてくれた。
二件目も無事往診を終えた。
患者は、腹痛が治らないといっていた中年のご主人で、私の見立てでは、原因は食中毒だった。
食中毒と言っても、一歩間違えると命の危険性がある。
「小夜ちゃんからもらった薬のおかげだよ。ありがとう。少ないけど、この間支払えなかった分。ごめんね。これくらいしか払えなくて」
この前の往診代をいただけた。
「いいえ、ありがとうございます。ご主人もこれで仕事ができますね」
「ああ、明日から復帰予定だからな。どんどん稼いでやるぜ。また小夜ちゃんに美味しい物ご馳走してあげるからな」
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
二人とも元気そうで良かった。
楽しみにしていると言ってしまったが、またこの街に戻って来ることはできるのだろうか。ふとそんなことを考えてしまう。
三件目は、この間も訪問した高齢のご夫婦のお宅だ。
この家から帰る途中にあいつに襲われたんだ。
「こんにちは」
しばらく待っていると、おばあちゃんが出てきてくれた。
「小夜ちゃん、待ってたの。おじいちゃんね、良くなったり悪くなったりでね」
月城さんが一緒にいることを説明したが、おばあちゃんは嫌な顔一つせず、家にいれてくれた。
「おじいちゃん、どうですか?」
横になっているおじいちゃんに話しかける。
「ああ、小夜ちゃんか。調子が良かったり、悪かったりでね」
声がかすれている。
本当は医者にかかった方がいい。
しかし、この方たちは頑なに拒否があった。
お金の問題もそうであるが、もし「死」を迎えるのであれば、ここで死にたいという希望からだった。
「失礼します」
身体を触ったが、どんどん痩せてきているのがわかる。
「水分は摂れていますか?」
「お水は飲ませるようにしているの。食べ物が怖くてね、咽るから、のどに詰まっても怖いし」
「咳はどうですか?」
「そうそう。ここ数日、咳が出るようになってきたの。ゴホゴホよく言っているわ」
「そうですか……」
悩んでいる私におじいちゃんは
「いいんだよ、小夜ちゃん。気にしなくて。私ももう十分に生きたし。死んでも後悔はないから」
そんな優しい言葉をかけてくれた。
脱水だと思っていたが、咳が出てくるとなると、なんらかの細菌が体内に入っている可能性が高い。
「今日は、お薬一つ増やしておきます。毎食後飲んでください。ご飯は喉に詰まらせないように。柔らかい物を食べてね。あと具合が悪いから大変かもしれないけれど、横になったまま食べないでしっかり座ってご飯を食べるようにしてください」
「わかったよ、ありがとう」
「また来ます」
心配であるが、私にできることがない。
お薬は渡したから効果があるか、また近いうちに来ないといけない。
「小夜ちゃん、ごめんね」
おばあちゃんは、お金の代わりに今日も野菜を持たせてくれた。気持ちが有難い。
帰ったら抗菌薬を作らなきゃいけない、そんなことを考える。
「小夜。大丈夫か?」
険しい表情をしていたからか、月城さんが心配をしてくれた。
「心配です。でも、私の力じゃどうにもならなくて」
「十分よくやっていると思う。あのご老人たちも小夜に感謝している。だから、あまり自分を責めるな」
そうだ、気持ちを切り替えるしかない。自分に出来ることをやるしかないんだ。
「帰りましょうか?」
「ああ」
いつも一人の帰り道も、月城さんと一緒なら帰るまでの距離が短く感じられる。
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