一方その頃ーー。
「ごめんください」
「はい?どちら様でございましょう?」
見慣れない女性に何の用事か尋ねる高齢の女性がいた。
「私、近くに越して来たものです。教えていただきたいことがありまして」
ペコっと頭を下げたあと、女性は笑みを浮かべていた。
「先ほど、こちらに来ていた女の子と言っていいのかしら。まだお若そうだったから。あの子は薬師さんなのでしょう?」
「ああ、小夜ちゃんのこと?」
「私も病があって。お薬について相談したいことがあるんです。あの薬師さんについて知っていることがあったら教えて欲しいのですけれど」
女性はコホコホと咳き込んだ。
「そうだったのかい。それはお辛いでしょうねえ。何を知りたいんだい?」
高齢の女性は、咳き込んだ女性を疑うこともなく、心配そうに見つめた。
「ありがとうございます。例えば……」
二人は話が終わり、越してきたという女性は、帰路するため誰もいない道に入った。
そこで、結っていた髪と化粧を落とし、着物はその場で一枚脱ぎ捨てる。
「そうか。やはりあの娘……」
妖艶ではあるが、容姿、声色ともに男性に変わった。不敵な笑みを浮かべている。
「もう少しだ。もう少しでやっと……」
すぐ近くまで迫っている驚異があった。
・・・・・・・・
「私、お薬が足りなくなったので作ってきます」
帰宅し、仕事をする部屋に行こうとすると月城さんから呼び止められた。
「小夜、話があるんだ。ちょっといいか」
「はい」
月城さんの前に正座をする。
「本部から手紙が届いた。任務のため、出かけねばならない。しばらく小夜の近くにいられなくなった」
当初からその予定であった。
しかし二日間ずっと一緒にいたせいか、寂しいといった感情が自分の中に生まれたのがわかる。
「そうなんですか。わかりました」
「俺の代わりに護衛をつける。俺の隊の副隊長だ。もうすぐ挨拶に来ると思う」
副隊長、どんな方なのだろう。
「月城さん、いつここを出るんですか?」
「明日の朝、ここを発つ」
「明日の朝……」
ポツリと呟くと
「任務が終わったら帰ってくる。一週間ほどだと言われているが」
「青龍は残していくから、何かあったらすぐ呼ぶんだぞ」
「はい、わかりました」
普通にしていたつもりだったが、あらかさまに態度に出てしまった。これでは「寂しいです」と言葉に出さなくても伝わってしまう。
私なんかに寂しいと言われても、任務で護衛をしてくれている月城さんにとっては迷惑極まりないだろう。
「私、薬作ってきますね」
はぐらかそうと急に立ち上がったせいか、足の傷が痛み、転びそうになった。
月城さんが支えてくれ、ゆっくりと私の身体を起こしてくれる。目と目が合った。
恥ずかしくなり目を背けると
「寂しいと感じてくれるのか?」
そう耳元で尋ねられた。
なぜそんなことを聞いてくるのだろう。
本当のことを言うべきか、嘘をつくべきか。
いや、すでに態度に出てしまっているではないか。
月城さんはそれがわかって聞いているの?
顔が紅潮する。
「寂しい……です」
月城さんに掴まりながら、素直にそう伝えることにした。
ふっと少しだけ笑うと
「ありがとう」
そう返事をされた。
どうしてそんなことを聞くのか、尋ねようとした。
その時ーー。
「おい、そこにいるのはわかっている。悪趣味な奴め。出てきたらどうだ」
月城さんが外に向かって話しかけた。
まさか、あいつがいる?
身構えようとすると
「やっぱり、さすがは隊長。すごいな。わかっちゃうんだ」
敵とは思えない、明るく軽い感じの返答があった。
「玄関から入って来い」
「はいはーい、わかりました」
二人で玄関に行くと
「初めまして。俺、副隊長の小野寺 颯《おのでら はやて》です。よろしくお願いします」
歳は月城さんと同じくらいだろうか、私よりは年上に見えた。
短髪で、月城さんとは違って大きな目、可愛らしい顔立ちをしている。
身長は月城さんと同じくらい、可愛らしい顔立ちの割には、身体は鍛錬を重ねているためか逞しい。
「初めまして。一条小夜と申します。よろしくお願いいたします」
ペコリと頭を下げる。
「いいよ、そんなに頭を下げなくても。小夜ちゃん」
初対面であるが、気軽に話しかけてくれる人だ。
「軽々しく呼ぶな」
月城さんの表情が厳しい。
「どうぞ、家の中に入ってください。狭くて申し訳ありませんが。今、お茶を淹れますね」
「いいの?ありがとう」
小野寺さんはにこっと笑顔を向けてくれた。
人懐っこいのだろうか?
月城さんと小野寺さんのいる部屋へお茶を運ぶ。
「ごめんね、ありがとう。遠慮なくいただくよ」
彼は躊躇なく、淹れたてのお茶を飲もうとする。
「熱っ」
「あの、淹れたてですので気を付けてください」
「相変わらず騒がしい奴だな」
月城さんの眉間にシワが寄っているのがわかった。
「この後、いろいろお話がありますよね。良かったら小野寺さんも夕ご飯一緒にどうですか?お口に合うのかわかりませんが」
「小夜。いいんだ、こいつなんかに気を遣わなくても」
月城さんは、私の発言を止めに入った。
「えっ!いいの?ぜひ、ご一緒したいな」
その言葉を聞いて
「お前も少しは気を遣え……」
月城さんはさらに怪訝そうな顔になった。
「私はお二人の邪魔になりますし、夕ご飯の準備をしていますね」
私がいない方が、遠慮なく話せるだろう。
そう思ったため、二人がいた部屋を後にし、夕食の準備をする。
お客様なんて久しぶりだな、そんなことを思いながら献立を考えていた。
私が部屋から出て行った後一一。
「いい子だね、小夜ちゃん。気の遣える頭の良い子だ。鬼隊長のお気に入りにもなるよね」
「お前、先日の街でも俺たちを見ていただろう?」
「ぐはっ、なんで知っているの?さすがだね」
飲んでいたお茶を吹き出しそうになるのを止める。
「お前の気配だ」
「あの距離でわかるもの?でも、あいつがいつ襲ってくるのか気を張っているものね、樹なら俺の気配くらいわかるか」
「下の名前で呼ぶのは、二人の時だけにしろよ。一般階級に聞かれると、士気が下がる」
はぁとため息をつき
「わかってるよ。で、どんな感じなの?手紙は読んだけどさ」
「……」
これまでのこと颯に伝えた。
「なんで小夜ちゃんなんだろうね。俺、樹の代わりに守れるかな。いつ襲って来るかわからないんでしょ?」
はぁぁぁと再び大きなため息がこぼれた。
「ふざけるな。死んでも守りきれ」
「ひぇ!恐い恐い。俺が生きているうちは守るよ。小夜ちゃん奪われたら、もっと大変なことになるんでしょ」
「ああ。あいつがさらに力をつけるのは間違いない」
うーんと背伸びをして
「本当になんで小夜ちゃんなんだろう」
颯は首を傾げた。
「小夜は、毒が効かない身体だと言っていた。それをどこかで聞きつけたのかもしれないな」
ええええっと大きな声を出しながら
「毒が効かないなんてことあるの?」
颯は不思議そうに問いかけた。
「もともとは普通の身体だ。毒が効かなくなったと言うべきなんだろうな」
小夜から聞いた話を伝えると
「そんなことってあるんだね」
納得した様子だった。
長い沈黙の後
「俺がなんとしても守る」
自分に言い聞かせるように呟いた。
その言葉を聞き
「ねえ、樹。それって私情とか関係ある?」
確信をつくように彼は尋ねた。
「……。なぜだ?」
「なんかね、いつもの樹らしくないなって。いつも冷静なお前がさ、なんか小夜ちゃんの話になると熱くなるっていうか……」
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