テラーノベル
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「リリー、馬鹿どもの言うことは気にしなくていいからね?」
リリアンナにも聞こえているのだ。そばにいるランディリックに聞こえていないはずがない。
そっと唇を耳元に寄せられてそう告げられたリリアンナは「大丈夫」と微笑んで見せた。
ランディリックがリリアンナのすぐ傍に身を屈めた瞬間、会場内に溜め息にも似たどよめきが広がったのだが、当の二人はそんなこと気にも留めていないみたいだった。
「……誰の目にも、リリアンナ嬢が際立って美しく映っているからね。それだけの話だよ」
すぐ背後からセレンの声もかかる。
リリアンナはそれに何と答えたらいいのか分からずに戸惑った。
セレンのその一言に、周囲の空気がさらにざわめく。
庇うようでいて、距離が近い。その事実だけが、見ている者たちの想像を刺激した。
皆に見えない程度に、ランディリックが険しい顔をしたのだが、セレンとリリアンナに視線が集中していて、気づいた者はいない。
ただ一人、リリアンナだけが何となく――ランディリックが身に纏う空気の変化を感じた。だが、こちらも馬車内でのやり取りを引きずっていて、いつもなら聞ける『どうしたの?』が紡げない。
結果、リリアンナはセレンに曖昧に微笑みながら、視線を伏せることしかできなかった。
どう返せばいいのか分からない。肯定すれば誤解を助長し、否定すれば角が立つ。ランディリックに助け船を求めたいけれど、それも出来ない。
社交界という場所では沈黙すら意味を持ってしまうと、以前家庭教師のクラリーチェから教えられたのを思い出しながら、リリアンナは瞳を揺らせる。
そんなリリアンナを見て、セレンは何を思ったのだろう?
リリアンナの前に歩み出ると、スッと手を差し出した。
男性らしく、大きくて骨ばった手だったけれど、農夫のように荒れたり、厚い豆ができている様子のない美しい手のひらだった。
強いてあげるとすれば、剣を握る際にできたのであろう、掌の硬い隆起が見える程度。
その手を見ながら戸惑うリリアンナに、
「……もしよろしければ、一曲いかがですか」
セレンが柔らかな笑みを浮かべてそう切り出した。
あくまで穏やかに、礼を失さない声音。それは、逃げ道を残しながらも断りにくい申し出だった。
男性からダンスの申し込みをされたことなどない。
ヴァン・エルダール城で、ランディリックにレッスンを付けてもらったことはあるけれど、その時とは状況が違う。
「あ、あの……」
戸惑いながらセレンの手を見つめるリリアンナの胸に、一瞬ダフネの姿がよぎった。
セレンは出会ったときからずっと、リリアンナのことを憎からず思ってくれているような言動をする男だったけれど、ダフネとのことを知ってしまった今となっては、彼の真意がわからない。
ともすると、セレンという男は、柔らかなまなざしと陽だまりのような言動で、手当たり次第に女性を口説く軟派な男性なのかもしれないと思った。
――さすがにそこまで酷い人ではないと、頭では何となく分かっている。それでも心が追いつかない。
常にリリアンナを最優先してくれていたランディリックですら、ダフネが絡むと自分を一人置いて従妹の手を取ってしまったりするのだ。
ウールウォード邸そばの路地で一人取り残されたときの胸の痛みを思い出したリリアンナは、すがるような心持ちですぐ横のランディリックを見上げた。
だが、ランディリックは付添人としての職務を全うしなければいけないと思っているんだろうか。
今までならば男性からのこういう申し出があったなら、妨害するはずなのに、不自然すぎるくらいに無表情だった。
(ランディ……)
それがやけに胸を締め付けてくるのは何故だろう?
きっと今日を境に、リリアンナが世間一般から〝婚姻可能な一人前の女性〟として認知されるというのも関与しているんだろう。
今までランディリックが執拗なまでにリリアンナを守ってくれていたのは、リリアンナが〝守るべき対象――子供――だったから〟なのだ。
そう思い至ったリリアンナはぎゅっと拳を握りしめた。
「……承知しました」
そう答えるまでに、随分な間があったのは許して欲しい。
コメント
1件
いろいろ誤解が…