テラーノベル
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「傷がない……?」
ジョシュの腕は傷跡すらなく、塗り薬が付いているだけだった。
「骨まで見えそうなくらい?」
とてもそんな傷があったとは思えない。
「本当です。神経も損傷しているのではないかと思うほど……」
かなり酷かったとディーンも言うと、ジョシュはうんうんと頷いた。
「手当てを受けた他の奴らは?」
ディーンだけで手当てした二人は治っていなかった。
ヒナだけが手当てした三頭の狼たちは傷がなく、綺麗に治っている。
ヒナが包帯を巻いた人はジョシュだけだ。
ディーンは、名前と怪我の内容、現在の状況、誰が手当てをしたかメモをした。
「今日使った薬は新作で、かなり効果があるとわかりました。特に狼の姿に効くようですね」
ディーンがメモしていた手帳をパタンと閉じながら、ランディに話しかける。
「あぁ、効きにくい者もいたようだが、それでもスゴイ効果だね」
ランディもディーンに話を合わせた。
あぁ、だから普段来ない文官のお偉いさんがいたのかと勝手に納得する。
そういう理由でもなければ、文官がここに来ることはアリエナイからだ。
「開発中の薬なので、効果は内密でお願いしたいのですが」
「他国にバレると困るね」
「では、今日はありがとうございました」
ディーンはランディへお辞儀すると、さっさと一人で外へ。
「おい、ランディ。そんなスゴイ薬使うなら先に教えてくれよ!」
「知らない方が正しい結果がでるだろう?」
いつもと違う効果があったと実感してほしかったとランディが微笑む。
今日帰った者達にも効果を聞きたいこと、秘密にすることをみんなにお願いするとランディもアレクサンドロの部屋へ戻った。
「……すごいな」
報告を聞いたアレクサンドロは大きく息を吐く。
第五棟に入ったのが12時少し前、入口付近の彼の手当ては14時頃。
まもなく18時。
熊族の爪に引っ掻かれた傷はかなり深かったはずなのに、たった4時間で治ったということだ。
「とりあえず開発中の薬なので内密にするようにお願いしてきました」
とっさについた嘘だが、誤魔化すことは可能だろう。
武官の建物に行くはずのない文官のディーンが手当てを行うという異常な状態だったのだから。
「明日以降、今日帰ってしまった者に話を聞くように頼んできたよ」
ディーンから少し遅れてランディも戻り、ソファーへ座る。
全く傷がなく本当に驚いたと言いながらランディは銀色の髪を掻きあげた。
ユリウスはディーンのメモを書き写し終わると、ランディにも紅茶を淹れる。
ふわっと薔薇のいい香りが部屋に広がった。
「……聖女」
間違いないなとアレクサンドロがつぶやく。
「そうですね」
「だろうな」
ディーンとランディも同意した。
#大人ロマンス
煉彩
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#異類婚姻譚
和泉
509
白波 灯
127
自宅へ戻り、ベッドに横になったディーンは今日の出来事を思い出していた。
あんな女性がいるなんて。
ランディが急に仕事だと言っても嫌な顔をせず、何があったかの状況把握を行っていた。
知らない場所で、誰がどこへ向かって行ったか観察する能力。
顔を背けたくなるような傷でも嫌な顔をせず、怪我人を励ましながら包帯を巻く姿。
手際も良かった。
怪我人が知らない人に触れられるのを嫌がると思ったのだろうか。これからすることを説明しながら作業を行っていた。
背は小さい。
おそらく150センチ程度。
顔は幼い。
眼鏡と前髪で良く見えないけれど。
だが、やっていることは子供ではなかった。
治癒が使えて、優しい娘。
どんな手段でも構わない。
この国から出て行かないようにしろというのが国王命令だ。
年齢はいくつだろうか?
結婚を約束した相手は彼女にはいるのだろうか?
彼女の好みはどんな男だろうか?
もっとヒナのことが知りたい。
ディーンは月のない夜空を眺めながら眠りについた。
ワイングラスを片手にランディは窓際から真っ暗な空を見上げた。
倒れたヒナを抱き上げたが、あまりにも軽くて驚いた。
服は男物のぶかぶかの服。
以前、腰を抱いた時ウエストは細かったが、あんなに軽いなんて。
仕事を理由に案内を途中で放棄したので、もう顔も見たくないほど嫌われてしまったと思ったが、B室で手当てをしているなんて。
ジョシュに「文官が呼んでいる。小さい子が倒れた」と呼ばれた時は、まさかと思った。
こんなところにいるはずがないと。
どんな手段でも構わない。
この国から出て行かないようにしろというのが国王命令だ。
そして万が一、他国へ行ってしまう場合は命を奪えというのが特命業務。
本人の意思とは関係なく奪われた場合も、自分から進んで他国へ行った場合も。
少し渋めのワインに、ランディは顔をしかめた。
治癒が使え、魔力量が多い彼女。
聖女なのは間違いない。
この国から出て行かないでほしい。
ずっとここに。
できれば俺の側に。
彼女は何を贈ったら喜ぶだろうか?
魔力の練習の時にさりげなく聞いてみようか。
ランディはワインを飲み干し、月のない夜空を見上げた。
◇
……耳がない。
隣で眠るアレクサンドロに、もふもふの耳がない。
耳がない姿が新鮮すぎてヒナはジッとアレクサンドロの頭を眺めた。
今日のアレクサンドロは服を着ている。
コスプレのようなもふもふの耳とふさふさ尻尾がないので普通のイケメンが隣で寝ている状態だ。
「えぇっ?」
ようやくヒナは手を繋いで寝ていたことに気づき、思わず声を上げた。
な、な、なんで手を握っているの?
これはどういう状況?
「おはようヒナ」
「お、おはようございます、アレク様」
アレクサンドロは手をつないだまま起き上がると、ヒナの上からサイドボードに左手を伸ばし、ヒョイと眼鏡を取った。
待って!
イケメンが急に眼鏡をかけるって犯罪だから!
ただでさえ耳がなくなったんだから!
真っ赤になりながら目を逸らすヒナの顔をアレクサンドロは覗き込む。
ム、ムリ!
朝から何?
何で今日はこんなに絡んでくるの?
ヒナは腕で真っ赤な顔を隠し、アレクサンドロを視線に入れないようにした。
「ね、昨日の事、覚えている?」
眼鏡を外し、ヒナに眼鏡をつけながらアレクサンドロが尋ねる。
「昨日? えっ? 昨日?」
ランディとディーンと図書室へ行き、そのあといろいろな建物の前を歩いて、ランディが呼び出されて、ディーンと怪我人に包帯を巻いた。
入口の男性の腕に包帯を巻いて。
……巻いて?
そこから記憶がない。
どうやってここに戻ったか、覚えていない。
「倒れたんだよ」
アレクサンドロは心配そうな顔をした。
アレクサンドロは繋いでいるヒナの手を持ちあげると指に口づけする。
「あんまり無理しないで」
チュッと鳴る音が妙に恥ずかしい。
ヒナは真っ赤になりながら、ごめんなさいと謝った。
「体調は悪くない?」
「大丈夫です」
「たくさん狼を手当してくれたって聞いたよ。ありがとう」
イケメンのアレクサンドロが破壊力満点の微笑みをぶつけてくる。
「傷薬をつけてあげることしかできなくて」
結構ヒドイ怪我もあって驚いたとヒナは俯いた。
「熊族に襲われたらしい。国境で」
「……熊族?」
「ミドヴェ国ね」
隣の国だよとアレクサンドロが言う。
「争わずに平和に暮らしたいのにね」
アレクサンドロが悲しそうに微笑むと、ヒナも小さな声でそうですねと答えた。
「聖女がいれば国に結界が張ってもらえて安全に暮らせるらしい」
「……結界?」
「チェロヴェ国は結界で守られているから魔力の弱い小さな狼になったのを覚えている?」
森で国境を通ったら大きくなったあの状態のことだ。
「この国にも結界があれば熊族や豹族には襲われない」
「そう、なんだ」
どうしてもともと人族との国境にしか結界はないのだろう?
ううん、それよりもどうして他の種族同士で争っているのだろうと考えた方が良いのかもしれない。
「あとでランディとディーンが様子を見に来るよ。心配していたから」
「ごめんなさい」
ヒナがシュンとすると、アレクサンドロはヒナの頭を撫でながら困った顔で微笑んだ。
コメント
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おお、第8話……「聖女」の正体がついに確定しましたね。 ディーンとランディ、両方の視点からヒナへの関心がぐっと深まっていく描写がすごく良かった。 特にランディの「できれば俺の側に」という一文、任務と私情の狭間で渋いワインを飲む姿にぐっと来ました。 アレクサンドロの朝の仕草も破壊力高すぎますよ、あれは反則です(笑)。 傷の治癒スピード、秘密の薬という建前、そして「国から出さない」命令――すべてのピースが静かに噛み合い始めている感じがして、次が待ち遠しいです。