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数日後。
ざわめくカジノ。
光、音、笑い声、チップの擦れる音。
その中心に——チャンスはいた。
「……」
いつも通りの立ち姿。
だが、一点だけ違う。
ワイシャツのボタン。
普段は一つ外しているそれが——
今日は、一番上まできっちり留められている。
ネクタイも整っている。
隙がない。
「珍しいな」
ディーラーが軽く笑う。
「今日は真面目モード?」
「気分だ」
チャンスはぶっきらぼうに返す。
カードを切る音。
だがその指先は、ほんのわずかに意識が別に向いている。
(……鬱陶しいな)
首元。
触れていないのに、分かる。
あの跡は、まだ消えていない。
鏡で見た時より、少し薄くなっている。
だが——
(見せる気はねぇ)
理由は自分でも分からない。
見られたら、負けな気がする。
ただそれだけ。
「ベットは?」
「ああ、乗る」
チップを投げる。
ゲームは進む。
勝つ。
当然のように。
だが——
(つまんねぇ)
全く集中できていない。
カードの流れも、確率も、全部見えているのに
それ以上に、気になるものがある。
「……チッ」
小さく舌打ち。
その瞬間。
空気が、変わる。
ざわめきの中で、妙に静かな一角。
視線が集まる。
誰かが、入ってきた。
「……来たか」
誰かが小さく呟く。
黒いコート。
縦縞のフェドラ。
ゆっくりと歩くその姿は、場の空気を自然と支配する。
マフィオソ。
チャンスは、顔を上げない。
カードを見たまま。
(……気づいてる)
来た瞬間から、分かっている。
だが——
あえて、見ない。
「そのまま続けろ」
マフィオソの声が落ちる。
ディーラーがわずかに緊張する。
「……はい」
ゲームは続行。
だが、視線は集まる。
チャンスはようやく顔を上げる。
視線が、ぶつかる。
「よぉ」
軽く言う。
「随分遅かったな」
マフィオソは静かに近づく。
「忙しくてな」
テーブルの横に立つ。
その距離、近すぎず遠すぎず。
だが——
視線が、わずかに落ちる。
チャンスの首元へ。
「……」
ボタンは閉じられている。
完璧に隠されている。
一瞬の沈黙。
チャンスはそれに気づいている。
(見てるな)
内心、わずかに口元が歪む。
「何だよ」
わざとらしく言う。
「人の服装チェックする趣味でもあんのか?」
マフィオソは顔を上げる。
「いや」
淡々と返す。
「今日は随分と、隙がないと思ってな」
「だろ」
チャンスは笑う。
「たまにはこういうのも悪くねぇ」
カードを置く。
勝ち。
チップが寄せられる。
だが、空気はゲームに向いていない。
完全に——二人に向いている。
マフィオソはゆっくりと手を伸ばす。
「ならば」
チャンスのネクタイに触れる。
「これは、必要ないのではないか?」
「は?」
軽く引かれる。
バランスが崩れる。
ほんの一瞬の隙。
そのまま——
ぐい、と引き寄せられる。
距離が一気に詰まる。
「おい、ここ——」
言いかけたところで、
低く囁かれる。
「隠す意味があるのか?」
「……っ」
チャンスの目がわずかに細くなる。
(こいつ……)
気づいている。
完全に。
ネクタイを緩められる。
指がボタンにかかる。
一つ。
外される。
「やめろっての」
軽く手を払おうとするが——
遅い。
二つ目。
布が開く。
そして——
覗く。
うっすら残る、歯型。
「……やはりな」
マフィオソの声が低く落ちる。
チャンスは舌打ちする。
「満足かよ」
「いや」
指が、その跡に触れる。
軽く、なぞる。
「消えていないと思ってな」
「当たり前だろ」
チャンスは睨む。
だが、その視線は完全な拒絶じゃない。
むしろ——
「だから隠してたんだよ」
「……ほう」
マフィオソの目がわずかに細まる。
「見せたくなかったのか?」
「は?」
即答。
「逆だ」
一歩、距離を詰める。
今度はチャンスから。
「見せたら、お前が調子乗るだろ」
近い距離。
ほとんど触れる位置。
「それが気に食わねぇだけだ」
沈黙。
数秒。
そして——
マフィオソがわずかに笑う。
「なるほど」
「何だよ」
「いや」
低く、静かに。
「やはり、お前は面白い」
その言葉に、
チャンスの眉がわずかに動く。
だがすぐに笑い返す。
「だろ?」
空気がまた張り詰める。
今度は、人目の中で。
逃げ場のない場所で。
「で?」
チャンスが言う。
「続き、やるか?」
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
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