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「あのね、そうちゃん。私、今日も午前中、ちょっとだけお出かけしてこようと思ってて」


そうに弁当を手渡しながら言ったら、「どこに?」と問われて弱ってしまった結葉ゆいはだ。


素直に「偉央のところマンションへ食べ物を届けに」と伝えるのはさすがにないと思ったら「昨日百均で……」と思わず口から出てしまって、自分でも何と続けたら良いのか分からずに戸惑ってしまう。


「……百均?」


それでもそれをそうに繰り返された途端、「欲しかったものが在庫切れでね。店員さんに聞いたら、他店舗から在庫を取り寄せるから後日もう一度出直して欲しいって言われたの」と驚くほどスラスラと嘘がつけてしまってびっくりする。



「ああ、そうなんだ」


昨日結葉ゆいはが買い物に出ていたことを知っていたそうは、結葉ゆいはの嘘にいとも簡単に騙されて。


「今日は、結構寒いしあったかくして行けな?」


そうにポンと優しく頭を撫でられて、結葉ゆいはうつむいてギュッと唇を噛んだ。


こんなにも優しくしてくれるそうに嘘をついてしまった自分が、ものすごく醜いものに思えて「うん、有難うね、そうちゃん」と答える声が、不自然に震えてしまった。



***



独身の頃、ハムスターの福助を連れて、『みしょう動物病院』までバスで行ったことがある。


山波家やまなみけ近くの最寄りのバス停でお目当てのバスが来るのを待ちながら、結葉ゆいははその時のことを思い出していた。


母・美鳥みどりが作ってくれたトートバッグに入れた福助が、キャリーケースの中でチョロチョロと動くたび、コトコトとケージが揺れるのを感じて、何度も何度も隙間から中の様子を確認して。


黒々としたまぁーるい目と視線がかち合うたびキュンと胸が高鳴った。


福助は、結葉ゆいはが初めて飼った生き物だったからだろうか。

何て可愛いんだろう!とそのつぶらな瞳に魅了されたのを思い出す。


可愛くて可愛くてギューッと力の限り抱きしめたくなる気持ちを、そんなことをしたら潰しちゃう!と、グッと奥歯を噛み締めてのがしたっけ。


もしかしたら偉央いおが自分に対してやっていたアレコレは、そういう感情に近いのかな?と思ってしまった。


力加減とか、これ以上やったらダメとかいうセーブがきかなくて暴走している感じ。


そう考えたら、何となく納得いく部分があって、結葉ゆいははほぅっと小さく吐息を落とした。


偉央いおはきっとすごく不器用な人なんだと、今更のように思ってしまった結葉ゆいはだ。


だからと言って、もう彼の腕の中に戻ることは出来ないけれど、かつては確かに結葉ゆいは自身も心の底から愛しく感じていた人だから。


もしもいま、苦しみの淵に沈み込んでしまっているのだとしたら、少しだけでも浮き上がる手助けをしたい。



バスが来るのを待ちながら、そんなことをつらつらと考えて。


手にした十二種類の惣菜が入った紙袋をギュッと握り直して、結葉ゆいははもう一度だけ吐息を落とした。



***



マンション近くの最寄りのバス停で降りると、『みしょう動物病院』の本当にすぐそばになってしまう。


さすがにそれは怖い、とひとつ手前のバス停で下車した結葉ゆいはだ。


それにしたって、真っ直ぐ一直線で偉央いおの動物病院が見渡せる場所にあるバス停なので、結葉ゆいはは一旦すぐそばの路地に身を潜めてから、ホッと安堵あんどの溜め息を落とす。


コートのポケットに入れていた携帯電話を取り出して、アドレス帳から『みしょう動物病院』の番号を呼び出すと、何度も深呼吸をしてから、震える手で発信ボタンをタップする。


コール二回で『はい、みしょう動物病院、受付の加屋かやでございます』という声が聞こえてきて。


結葉ゆいはは緊張で、思わず一瞬息を止めてしまっていた。


『――もしもし?』


すぐに言葉を発することが出来なかった結葉ゆいはに、電話の向こうで怪訝けげんそうな声音が聞こえてきて。


結葉ゆいはは慌てて「あ、あのっ――」と言葉を紡いだ。


「私、ハムスターを連れて行きたいんですけど……そちらの院長先生が小動物を得意分野にしておられると知人から教わりまして。……その、い、今から連れて行っても診て頂けますでしょうか?」


バスの中で、何度も何度もシミュレーションをした言葉だ。


漠然としたことを言って変に思われるより、少しだけ〝事実〟を織り交ぜた方が、より真実味を持たせられる。


結葉ゆいははかつて、福助を偉央いおに診てもらったことがあるし、役割分担が決められている『みしょう動物病院』では、小動物は院長である偉央いおの担当領分のはずだった。


時刻は九時半。

診察を開始して間もない時間だ。


きっとたくさん待たされるとしても、偉央いおが診察をしてさえいれば、「大丈夫ですよ」と言われるはず。



『大丈夫ですよ』


震える手でギュッと携帯電話を握りしめた結葉ゆいはの耳元で、軽やかな声がそう告げて。


結葉ゆいははホッとして耳からスマートフォンを離してしまい、その後に続けられた『あいにく本日院長は不在にしておりますが、ハムスターを診られる獣医師は他にもおりますので――』という言葉を聞き逃してしまった。



***



偉央いお結葉ゆいはが住んでいたタワーマンションは、生体認証が鍵になっていた。


生体認証には顔認証や虹彩認証など、さまざまなものがあるらしいのだが、このマンションのそれは指紋認証システム採用だ。


結葉ゆいはは(どうかまだ登録が抹消されていませんように)と祈るような気持ちで正面入り口にあるセンサーに恐る恐る右手人差し指を当てる。


――と、すぐにピッという聞き慣れた音がして、難なく目の前の自動ドアが開いた。


(よかった……)


マンションの入り口は、割と『みしょう動物病院』から丸見えの位置にあるため、結葉ゆいははいそいそと中に入って――。


すぐに真正面の受付ブースにいるコンシェルジュらと目が合った。


結葉ゆいはに気が付いた斉藤と白木しらきが、何か話し掛けたそうに結葉ゆいはを見つめてきたけれど、結葉ゆいはは心の中で〝後程ちゃんとうかがいます!〟と言い訳をして、ペコペコと頭を下げながら急いでエレベーターホールへと向かう。


本来ならばすぐにでも受付に駆け寄って、先日のお礼を伝えたいところだけれど、今はとにかく偉央いおがいない間に手荷物を部屋に置いて来てしまいたい一心だった結葉ゆいはだ。


上の階へ上がるため、呼び出しボタンを押すと、たまたま一階に箱があったらしく、すぐに扉が開いて――。


個室に乗り込んで、「閉」ボタンを押したら、ドアが閉まり切る寸前、受付の方から走ってきた斉藤に「あのっ……!」と声を掛けられた。

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