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午前のうちに、一行は目的地まで到着した。 入浴時間を長く取りたいという事でいつもより早く王都を出立したが、それにしたって早い。ソラヤの足が早く、そのペースに合わせて一行が進んだからだ。
「ねーねー、早く入ろうよ!」
洞窟を前にして、ソラヤは逸る気持ちを抑えられないといった様子だ。
「ダメよ。竜神様のお住まいに入るんだから、きちんと列を組んで、礼儀正しく入るの」
「む〜………わかった………」
シトリンが言うので、ソラヤはそういう物だと思って大人しく従ったが、赤竜がそんな決まりを作った訳ではない。シトリンが過剰に畏まっているだけである。
シトリンが先頭に立ち、ソラヤ王女、両国の侍従、湯汲みの衆の順で列を作り、洞窟に入っていく。
元々人数が多い上に、二王女の周りに空間的余裕が出来るように並んだので、洞窟内は実に窮屈な様相だ。
並び終えると、まずはシトリンが竜神様に向かって挨拶口上を述べた。
「竜神様、本日はお日柄も良く、ご機嫌麗しゅう存じます。湯汲みの衆からお聞きの通り、此度、我が盟友であるアルタリア王国第二王女、ソラヤ・アル・カマル姫殿下をお招きいたしました。どうぞ、よしなに」
「うむ、ハグノスから聞いておる。今日は気兼ねなく楽しんでいくと良い」
シトリンがあまりにも恭しい態度を取るので、赤竜は軽く釘を刺す目的も含んで、気兼ねなく楽しんでいいと言ってみた。
それと、いかにも前から知っていたという態度を取っているが、アルタリアの王女が来ると知ったのは、ほんのおとといの事である。それを伝え忘れていたハグノスが、居心地悪そうにしている程度には、報告から来訪までの時間が短かった。
そして、当のソラヤであるが、赤竜の巨体を見上げてポカンと口を開けている。シトリンから、巨大な竜が居ると聞いてはいたが、実物を見るとその威容に圧倒されるばかりだ。
シトリンから再三再四、怖くないと念を押されはしたが、流石に少々の恐怖心を持たないでもない。巨大な生物に対する恐怖心は、 本能的な物であり、抗えるものではないのだ。
「ほら、ソラヤも挨拶して」
唖然としているソラヤに、シトリンが小声で耳打ちをした。言われて我に返ったソラヤは、優雅な所作で一礼すると、可愛らしい声で話し始めた。
「お初にお目にかかります。アルタリア王国第二王女、ソラヤ・アル・カマルと申します。この度は竜神様の持つ、癒しの力に触れたく思い、こうして馳せ参じた次第です。本日はよろしくお願いいたします」
普段は高貴な身分であることを感じさせない無邪気な娘であるソラヤだが、きちんと教育は受けているので、このような挨拶くらいなら、何も考えずとも出てくる。
とはいえ、年齢より幼く見える容姿や声質なので、美しいというよりは可愛らしいといった印象を与えているが。
「うむ。遠路はるばるよく参った」
赤竜はひとまず、重々しく返事をしてから一拍置いて、声の調子を柔らかくして付け加えた。
「………とはいえ、この山のこの湯も、別にわしの物という訳ではないから、好きに汲んで好きに入ったらよい」
赤竜がそう言うと、若干の恐れが浮かんでいたソラヤの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「好きに入っていいって!ねえシトリン、早く入ろうよ!」
「待って、お湯の汲み出しが先よ」
「えー!なにそれ生殺しー!」
「はいはい、すぐ終わるから待ってて。ソラヤの召使い達のおかげで、すごく早く済むらしいから」
「むー……わかった……」
ソラヤは、自分の召使いを褒められた嬉しさと、お預けを喰らった不満が混ざった複雑な心境で、しばらくの間待つことになった。
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「シトリンが集めただけあって、みんな凄いね」
浴槽の前と、外に繋がる導線を湯汲みの者達に譲って端に控えたソラヤが、ラヴァリンの男衆が湯汲みをしている様を見て、驚嘆の声を上げた。
自分が送り込んだ、選りすぐりの召使い。彼らの仕事が早い事は知っている。
しかし、シトリンが連れてきたのはどう見てもゴロツキ連中という見た目の者達で、おおよそ彼らが真面目に働くように思えなかったが、実際に彼らの仕事ぶりを見てみると、どうしてどうして。召使い達に引けを取らない働きっぷりだ。
「ふふふ、ソラヤのおかげよ」
「わたしのおかげ?どういう事?」
ソラヤには、シトリンが言った意味が分からない。シトリンが集めた人材が、シトリンのために働いている。それだけの事であると思っていたのに、自分が何故絡んでくるのか、ソラヤには分からなかった。
「あのね、ソラヤの召使いさん達が手早く働くから、それを見て負けられないって奮起して、それからあんなに働いてくれるようになったの」
「へー、そうなんだ。でも、そのおかげで時間短縮になるし、たくさんお湯を運べるのなら、シトリンにとっても、わたしにとっても得って事ね」
「うふふ、そういう事になるわね」
シトリンがおしとやかに笑みながら言うと、ソラヤの顔に弾けるような笑みが広がった。
「えへへ、流石わたしの召使いでしょ!」
先程浮かべた微妙な表情ではなく、召使いが褒められて、その上シトリンの助けになり、自分にも利が有るという良いこと尽くめだから、実に清々しい笑顔だ。
作業の喧騒の中にあっても、二王女の声はよく聞こえてきて、作業の責任者であるハグノスの耳にも届いた。
「姫様達がお待ちだぞ。お前ら気合入れやがれ!」
彼らもまた、お褒めの言葉に預かって、気合が入った。おだてられたら、すぐ調子に乗る男達である。そういう性格だから、負けん気を滾らせて、先程の称賛を受ける事が出来たのだ。
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ruruha