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湯汲みの作業はすぐ終わった。特に、ラヴァリンの男衆は気合いを入れて働いた結果、想定よりもかなり短い時間で終了した。「お待たせいたしやした。ごゆっくり」
湯汲みの人夫を代表して、ハグノスが王女二人に作業完了の旨を伝え、そそくさと洞窟の外に退散していった。
後には、浴槽の前に立つ王女二人と、ラヴァリンの下女が一人と、ソラヤ付きの侍女二人だけが残った。
「ソラヤ、湯浴み着使わないの?」
男達を追い出したのは、ソラヤが裸を見られるのが嫌だと言ったからなのだが、それなら召使いに持たせてきた湯浴み着を使えばいいのに、ソラヤは要らないと言って、湯浴み着を召使いに持たせたまま、もろとも追い出してしまった。
「シトリンが裸で入るなら、わたしも裸で入る!」
「そう?それなら別に良いけど」
ソラヤは、シトリンが裸で入るのは、物怖じしない心の強さから来る物だと解釈して、それに対抗心を燃やして、自分も裸で入ることにしたのだ。
しかし、シトリンが裸になっても平気な理由は、彼女が一般的な女性の思考から逸脱しているからであり、竜神様を尊崇するあまり『かつての者達は皆裸で入っていた』という言葉を重く受け止めすぎて、それが当然だと思っているからである。
そして、ソラヤは基本的に『郷に行っては郷に従え』というスタンスで居てくれるので、シトリンは今回もこちらに合わせてくれたのだと解釈して、対抗心を燃やされているとは気づいていない。
「湯汲みの皆様を待たせておくのも悪いから、早く入りましょう」
「うん!」
シトリンとソラヤは、下女と侍女に手伝わせつつ、手早く衣服を脱いでいく。
シトリンに関しては、ここで裸になるのは当然だと信じ込んでいるから、何も恥じらいも見せずに堂々としている。
しかしソラヤは、シトリンのようにはいかない。シトリンと、三人の侍女達はともかく、赤竜の身体は巨大だし、声は低いしで、いかにも厳しい男といった印象で、それに見つめられる中で裸になるというのが、どうにも気恥ずかしい。
赤竜には当然ながら、人間の性別がどうこうといった考えが無い。人間から見て、犬や猫がオスかメスくらいの違いでしかなく、興味もない。
つまりソラヤが気に病む要素は一つも無いのだが、それをソラヤは知らないから、恥じらってしまう。
「あの〜〜〜………竜神様?あんまり見つめないでもらえると助かるんですけど……」
ソラヤは裸になったタイミングで、意を決して赤竜に訴えた。
言い方に遠慮があるのは、竜神様本人に対する恐れからと、それを信奉するシトリンの機嫌を損ねないようにという気遣いによるものだ。
「おお、これはすまぬ。配慮に欠けたな」
赤竜としても、人間の裸に興味があるわけではないので、目を逸らして、天井の水滴など数えて時を潰す事にした。
「あ……ありがとうございます。男性に見つめられながら裸になるのは、抵抗がございまして……」
ソラヤはもじもじと恥じらう様子を見せながら、感謝の言葉を口にした。
それで、竜神様から返答があるのかと思っていたら、なにやら妙な間が空いた。竜神様の表情は角度的に見えない、こちらを向いていたとしても、暗い洞内で見えるかというと微妙な所だが。
「男性………?」
ややあって、赤竜がようやく口を開いたが、それは返答というよりは独り言を呟くような感じで、ソラヤへの言葉というよりは、自分自身の困惑を表したような物だった。
ソラヤはますます混乱する。何か不味い事を言ってしまったのではないかと、不安が胸中を駆け巡る。
ここで何かを言ったら、却って竜神様の機嫌を損ねるのではという気がして、言葉を出すに出せない。
洞内には、不気味な緊張感が走った。ソラヤもシトリンも、下女と侍女も固唾を飲んで、竜神様の反応を待つばかりだ。
赤竜は、しばし思案顔(人間には分かりづらいが)をしてから、やや困惑の混じった声色で話し始めた。
「いや………わしはメスじゃぞ?人間の言葉で言うなら女性と言うべきじゃろうが」
「えっ!?」
思いがけない告白に、まず驚きの声を上げたのはソラヤである。
「ええっ!?」
続いて、下女と侍女二人も声を上げた。
王女の前で取り澄ました態度を取っていても、まだまだ若い娘達なので、感情を抑える力はまだまだ未熟である。
(そんなに驚く事かのう?)
赤竜自身としては、相手の性別が思っていたのと違ったからと言って、何を驚く事があるのか分からない。現に、ここを観光地化しようとして、男達を指揮しているのはシトリンであり、まさに男女の性差を超越した働きをしているではないか。
そう思ってシトリンを見ると、唯一シトリンだけは声を上げずに静かにしていた。
(流石だな)
初めてここに来た時も、唯一恐怖の表情を浮かべなかった辺り、胆力のある少女だとは思っていたが、やはりよく出来た娘だと賞賛する心持ちで見つめていた………のだが、その口元がわなわなと震え始め、額から玉のような汗が流れ落ちたかと思うと、ついに大きく声を上げた。
「ええええええぇーー!!!!!!!」
誰よりも大きな声を上げたのは、誰よりも落ち着いているように見えたシトリンだった。
よく響く洞内で、とんでもない大声を上げたので、反響しまくった声が跳ね返ってきて、一同は耳がおかしくなりそうな気にまでなった。
「何事か!?」
その声は、当然外で待っていた者達の耳にも届いた。特に、ソラヤの召使い達は忠義心が高いから、主人の身に何か起こってからでは遅いと、一も二も無く駆け出した。
「姫様方の御身に何かあったのかもしれぬ!皆の者、行くぞ!」
「お、おい!今入ったら………」
ハグノスは咄嗟に、アルタリアの者達を引き留めようとした。
中ではおそらく、二人の王女が素っ裸になっているはずで、そんな所に踏み込んだら、どんなお叱りを受ける分かったものではない。
しかし、止めたから止まる物でもなく、ソラヤの召使い達は、一斉に洞内に駆け込んだ。
「キャアアァーー!!」
その直後、ソラヤの悲鳴が響いた。そして「見ないで!出ていって!」と叫ぶ声が続いた。
案の定、恐れていた通りの展開に、その声外で聞くラヴァリンの男衆は皆、顔を覆って俯くしかなかった。
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