テラーノベル
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「小さな魔王と丸い悪魔」
🧣✕ショタ🌵
7 🧣視点
人影に驚いた小鳥がピチピチ鳴きながら一斉に飛び立っていく。俺は森の中を猛ダッシュしていた。
ぐちつぼは俺とだいたいずっと一緒にいる。でも首輪の影響で急に眠ってしまったり、数学の問題を解くのに夢中になると何時間も机に向かったまま動かない。その隙に俺は塔を抜け出し、山道を爆走していた。
念の為にクッションを丸くして毛布を被せてきた。最悪バレてもかくれんぼのフリで乗り切ってきた。それでもできるだけ早くあの子の側に帰りたい。
「……ふ、ふふ、喜んでたなー」
思わず笑みがこぼれる。この前あげたのは何着かの真新しい服。中でもフリルがいっぱいついた絵本の王子様みたいな服!あれを着て鏡の前でくるくる回るぐちつぼが可愛すぎて俺はリアルに倒れた。口から血が出るかと思った。世が世ならあの子はもっともっといい服を着て、常にふんぞり返ってていいんだから。
ま、さすがにあれは普段着じゃないけど、いつもの服もシャツはこっそりコットンだしズボンも裾がぴったりだし、パジャマはモコモコのフワフワだし少しずつグレードを上げている。ぺそぺそのタオルも全部変えた。あれくらい、今までを思うと贅沢のうちにも入らない。
一人二役は楽じゃない。とにかくやることが多い!それでもあの笑顔を見られると思うと安いもんだ。
しかも俺には協力者がいる。走って走ってやっと待ち合わせの場所にたどり着いた。俺は誰かに見られないように青い丸に戻ってポヨポヨ近づく。
「おう、待ってたぜ」
ニコニコ笑顔の白猫が顔を上げた。この顔から出るわけのないハスキーボイスが飛び出す。俺も人のこと言えないけど、悪魔って弱体化すると愛嬌のある姿になる制約でもあるのか?
協力者は、なるせだ。思った通りこいつも悪魔だった。
あの日、魔力が切れた俺が丸い何かになって川に転げ落ちるのを本当は見ていたらしい。意を決して正体を明かしたのに、それをあげつらって俺を指さしてさんざん爆笑してきた。
一生の笑いのネタを提供した代わりに俺は強力な助っ人を手に入れた。俺がぐちつぼへの贈り物をなるせに注文し、なるせが街で仕入れて近くまで持ってくる。こうすれば俺は遠い街まで往復する必要がない。せいぜい30分程度で塔に戻れるというわけ。
「今日の分はこれとこれな、こっちが服。この箱は振るんじゃねぇぞ」
「おっけー、ありがとね」
俺は箱の中身を確認した。これもらったらぐちつぼはどんな顔をするんだろう?想像するだけでニヤニヤが止まらない。
横のカゴには人間が供物箱に入れてくるよりもっといいパンやチーズが入っている。もうあんな売れ残りを食べさせたりしない。
あの集落の連中のことを、俺はなるせにすべてぶちまけた。非道な実験をしていたことも、今は風俗街みたいになっていることも。本当なら私的&公的に裁きを下してやりたかったけど、そうしたら塔の世話、つまりぐちつぼの管理体制が変わってしまいそうで渋々表沙汰にはしていない。悔しいけれどあいつらの無関心が俺たちの日々を守っている。
「で、魔王様の様子は?」
なるせがソワソワした様子で聞いてくる。
「だいぶ食べるようになってきたよ。お昼もちゃんと食べてる」
「そいつはよかった、子供が飢えてるのは本当に良くねぇからな」
今まではお昼はりんご1個だったからな。それで満足していたわけじゃなくて、食べ物が少ないから抑えていただけだった。だから「心ゆくまでお腹いっぱい食べる」とか「自由に欲しがる」ということがぐちつぼはとても苦手だ。今はその心にかかってしまった無意識のおもりをゆっくり外しているところ。
「体もしっかりしてきたし、首輪のせいで寝ちゃうことも減ってきたよ」
「早く外してやりてぇな。でさ、やっぱ俺が会いに行くのってまずいか?」
「…………」
正直なところ、わからない。ぐちつぼは今、20年分の空洞を埋めるためにいろんなことを学んでいる途中だ。あの子の世界に増えた友達という二人称、配達人という三人称。そこに新たに人を増やしていいのかどうか。それがどんな結果になるのか。俺はどうしても抵抗感があった。
この話題になると俺はすぐに黙る。今日も同じだ。なるせはため息をついた。俺の優柔不断なんてとっくに見透かされている。
「いいぜ、魔王様の健康とメンタルのほうが優先だしな。ま、お前がそばにいる代わりに俺も服とか好きに選ばせてもろてるんでぇ」
「まぁ……お前のセンスは信用できるけど」
「つかこないだのどうだった?王子様スタイル」
「めっ…………っちゃ、可愛かった」
だろ~~?!と言いながらなるせはその白い前足を突き出してくる。あれは今思い出しても涙が出るくらい可愛かった。
「サスペンダー、良い」
「だろ?」
「かぼちゃパンツ、天才」
「任せな、次も期待しとけよ」
なるせは猫の前足で器用にサムズアップを作る。ライブの衣装制作のツテでオーダーメイドしてもらっているらしい。ガチで最高の職権乱用だな。
俺は人型に変身して今日の贈り物と食べ物のカゴを手に取る。
「そういやぺいんとが心配してたぞ?あいつ犯罪者ボコしすぎて捕まって報復でもされてんじゃないかって」
「ははっ、そんなバカするわけないやん。あいつも心配性だなぁ……」
困った顔のぺいんとが脳裏をよぎる。毎日言い合ってたのはほんのちょっと前の話なのに、すごく昔のことのようにも思えてくる。
警備員やってたころの俺は自暴自棄が人の形をしてただけだった。人間を痛めつけることしかもう生きがいがなかった。そんな俺にもぺいんとは懲りずに何度も向き合ってくれた。人間は憎いけどあいつは底抜けのお人好しなんだよね。あいつのことだけは嫌いになれないな。
「なんか言っといてやろうか?」
「そうだね、今ちょっと忙しいって……」
「具体的に、具体的にどう忙しいんだっての」
「……えーっと、そう言われると」
「ってお前はおもんないこと言うと思ったから言っといたぜ、えげつねぇかわいい仔猫拾ったって」
「は?じゃあなに今の会話」
「あの人でなしが猫ぉ?!ってえらくビビってたぜ。……なあ、今の似てたろ?猫ぉ!?」
「はいはい、似てた似てた」
「どのへんがっつってんの」
「えーと、鼻」
「は?お前言ってることヤバい??」
なるせは一人で吠えている。つくづくこいつが味方で、ついでに悪魔で本当に良かった。
俺の手のひらに俺そっくりな青いまんまるい玉が現れる。それは大きな黒い目とギザギザの歯が生えていて、俺みたいに小さい手足で白猫の横に飛び降りる。一匹くらいなら使い魔を出せる程度には魔力は回復していた。
「じゃあまた、欲しいものがあったら使い魔経由で言うから」
「頼むぜ。今回の服の感想も聞かせろよ。……ああそうだ、らっだぁお前さ」
塔に戻ろうと振り向きかけた瞬間になるせに言われた。
「お前、この先どうしたいんだ?」
少し、思考が固まった。この先?だって今はぐちつぼは幸せにならなきゃいけなくて、でも……その、先?
「……今はぐちつぼを幸せにするほうが先だから」
俺は振り向いて塔に向けて歩き出した。後ろででかいため息が聞こえた。
ここのところ毎日ずっと必死だったな。ぐちつぼが泣かないように、苦しまないように、ただそれだけで、与えることに必死だった。
行きと同じところでまた小鳥の群れが地面から飛び立った。草の間に落ちた花の種を食べてるみたい。ぐちつぼなら種類がわかるんだろうな。でもあの子は、大地から生える木々も花も見たことがなくて……。
「……見せてやりたいな。外の世界」
俺のつぶやきは抜けるような青空に溶けた。
ぐちつぼの願いは少しずつ叶っている。友達ができた、おもちゃで遊べた、美味しいご飯をお腹いっぱい食べれて、新しい服も着れた。その願いの先、もしあの子が外の世界を望んだら。
そんな日が来たらすぐにでも連れ出したい。でも入口の扉の封印が強固すぎるんだよ。鉄格子をへし折るにしても、今の俺にはそんな力がない。魔力さえ取り戻せればなんとかできるのに。
「ぐちつぼが魔王としての力を使えるようになればな……」
そのためには首輪の封印を破壊しないといけない。最初は首輪にはまってる赤い魔石が魔力を吸収しているのかと思ったけど、あんなのに莫大な魔力を蓄えておけるはずがない。だからあれは魔力を外に出さないためのもので、体の中に押し込められてるんだろう。感情がかき乱されて魔力が高まると魔石が光って、抑えつけられた反動で眠ってしまってたんだ。
でも20年分の魔力を抑えつけていた枷を安易に外したら、あの子はきっと……。
すぐそこに美味しそうな魔力が山ほどあるのに、それを与えてもらう手段が思いつかない。
だからぐちつぼが外の世界を望むことは俺にとって希望でもあり、絶望でもあった。
だってその願い、叶える方法が見つからないんだよ。人間を何百人食べたって魔王不在の今、前みたいな力はもう出せない。俺じゃあの子を出してあげられない。俺で無理なら他のやつじゃもっと無理だ。
だったら、外の世界のことなんて考えないで、あの塔で俺とずっと……。
塔が見えてきた。俺は玄関の裏側に回り込む。万が一供物を持ってきた人間とはち合わせないように裏側の窓を開けられるようにしておいたんだよな。
「どうもこんにちは~!!ぐっちつぼくーん?」
鎧戸を開け、なるべく明るい声で中に呼びかける。何度か鎧戸を叩いて呼びかけるとパタパタ小さな足音が近づいてきた。
「やぁ!元気にしてた?今日君のために用意してきたのはね……」
なるせがくれた箱を開けて見せる。メガネの向こうの赤いおめめが花みたいにパッと開いて、……その下の同じくらい赤い魔石が鈍く光るのを俺は見なかったことにした。
*
「せーの、いただきます!」
「ららあぁあ!」
俺はぐちつぼと向かい合って席に座り、両手を合わせた。
今日の夕飯は大きなチーズオムレツ。大きな半月みたいにきれいで、取り分けるために半分こしたら中からチーズがとろ~り出てきてぐちつぼが歓声を上げている。”配達人”としての俺が「オムレツとかいいんじゃない?」とかアドバイスはしたけど、それだけで書庫から料理本を引っ張り出してきてこんな上手に作るんだからすごい。いきなりこんなのが作れるなんて、この子天才じゃない?
「うわぁこんなの、スプーンでも食べられないぞ!?」
ふわトロたまごとチーズの海に苦戦するぐちつぼの前で、俺はパンをちぎって海に浸して見せる。それをポカンと見てたけど、ひらめいたのかすぐに真似した。
「ん~~!たまごチーズパンだ!らっだぁすごい!」
「らっ!」
こんがり焼いたふわふわのパンをベタベタに浸して、満面の笑みで頬張っている。じっくり焼いたトマトとの相性も抜群だ。その笑顔を見ているだけで俺は心底幸せだった。
俺はポットからあったかいミルクティーをお互いのコップに注いだ。紅茶と牛乳の甘みで砂糖を入れなくても甘い。ぐちつぼは喉を鳴らして嬉しそうに飲んでいる。
……俺は本当にずるい。塔になるせを近づけさせないのは他にもあの子を気にしてくれる人がいて、その人達のところに行きたいとか思わせないためだ。
だって外に出す方法がないのに、外への欲求だけが増えたら不幸じゃないか。ぐちつぼは一人で立派に生きてきたんだ。本当はこの塔から出られない不幸な子供、だなんて自覚させたくない。
「……っだぁ、らっだぁ?」
ぐちつぼが俺を心配そうに覗き込んでいた。その赤い目と、嫌でも目に入る首輪の赤い魔石。
ぐちつぼの幸せを願ってやまないのに、そのためには偽り続けないといけない。この鳥籠から出してやりたくてたまらないのに、小鳥の心を守るためには籠に布を被せないといけなかった。
*
今日の贈り物のうち、一つは惑星みたいな色合いの丸いバスボムだった。お風呂に入れたら天の川みたいな色になって、ぐちつぼは体がふやけるんじゃないかって心配になるくらい大喜びでずっと入ってた。
アバラはまだ見えるけど、最初に比べたら体がふっくらしてきた。服のサイズが合わなくなってなるせをビビらせるくらい、もっともっと大きくなってほしい。
襟元にリボンの付いたふわふわのパジャマを着て、ぐちつぼはベッドで後ろの俺に背中を預けている。体からは石鹸とハーブのいい匂いがする。
もう一つの贈り物は、星座盤だ。丸い円盤の外側の目盛りに季節と時間を合わせると、その時の星空が枠の中に収まって、今見えている星がどれなのかをすぐに調べることができる。きれいな装飾の木製の星座盤を膝に乗せて、俺にもたれたままぐちつぼは空とそれを交互に見ている。
でもこんなのがなくてもこの子は星を眺めるのも趣味の一つだったから、星の名前なんてわかるはず。なんで欲しがったんだろう?ぐちつぼの背もたれになりながら俺が疑問を持て余していると、俺に見えるように星座盤を持ち上げてきた。
「できたぞ!これで今日の星座がまるわかりだ!」
「らぁ~」
「すごいだろ?これでらっだぁもどれがどの星かわかるだろ?」
「……ら?」
急に投げかけられてびっくりした。ぐちつぼは星座盤と空を交互に指さしながら、あれがなんの星、これがなんの星って教えてくれる。こうやって星空を一緒に見るときなんとなくで相槌を打ってたけど、多分俺がわかってないって気づいてたんだろうな。
「らー?」
「え?あれは木星だよ、もっと左のやつ」
「らぁ?」
「そうそう、見えた?あのすっごく明るいのがシリウス!横にある赤いのがベテルギウスで、……ああっプロキオンは見えないのかぁ」
多分木か山が邪魔なんだろう。星座盤を見ながら残念そうにしている。なんか大事な星なのかな。
”配達人さん”にお願いするチャンスを一回使ってでも俺と一緒にちゃんと星空を見たかったのか。俺にもちゃんと理解できるように一生懸命教えてくれるのがあまりにも愛おしくて、俺はぐちつぼのことを後ろからぎゅっと抱きしめた。
ほとんど黒に近い紺色の空に浮かぶ星々は、名前がわかると急に親しみを感じた。きっとぐちつぼはこの狭い窓から星を眺めて、その名前を呼んでは今の俺みたいな気持ちになっていたんだろうか。
窓から見える星を全部教え終わって、ぐちつぼは星座盤をくるくる回している。
「本当は頭の上いっぱいに星が見えるんだよな」
盤面の真ん中は天頂で、冬でも天の川が見えるらしい。ぐちつぼはそこを小さな手でペタペタ触り、それからゆっくり窓の外を見た。
「外に出られたら、そしたら……、……」
俺は息を飲んだ。ぐちつぼは小さな口をぱくぱくさせて、でもいくら待っても続きの言葉は出てこなくて、そして諦めたように口を閉じた。
「らぁ?」
「……ねむくなっちゃった。ねよ!」
星座盤とメガネをサイドテーブルに置いて、ぐちつぼは毛布の中に潜り込んだ。俺もいつもみたいにまくらになってあげてぐちつぼの頭をお腹に乗せる。
寒かったみたいでほっぺが赤くなっている。首元までしっかり毛布をかけてあげる。ほっぺを手で挟んで温めたら、少しもしないうちにすぅすぅ寝息が聞こえてきた。
鉄格子の窓から見える空はとても狭くて、いつか頭上すべてを覆い尽くす星空を見せてあげたい。
俺も本当はこの子に見せてあげたい。広い広い、外の世界を。
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