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5 - 第5話 もういいよ

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2026年01月16日

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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります

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ご本人様方とは一切関係ありません


桃視点→青視点






自分の行動が完全な八つ当たりだという自覚はあった。


あの時、部屋に入ったその瞬間に何があったのかを悟ってしまった。

ファッションやヘアメイクになんて無頓着なまろが、サイドの髪を編み込みにしている。

ライブでもないのにそんなことをするなんて普段じゃ考えられない。

そんなまろのすぐ隣に立っていたりうらがやったことなんだろうとは、簡単に推測できた。



俺の手は触れそうになっただけで避けるくせに、りうらには髪の毛をセットさせる間ずっと触らせるのか。

そう思って苛立ち、そしてこちらのそんな気持ちになんて一切気づきもしないまろに腹が立った。

腹いせまじりにキスをしかけた俺の唇を慌てて塞いだ、あの手が本当に嫌いだ。



だけどあの時、俺の行動に心底驚いた顔をしていたまろの目が瞼に焼き付いて離れない。

多分あっちからしたら俺のもやもやなんて意味の分からない、理不尽なものとしか感じられないんだろう。

そう思うと突発的すぎた自分の行動を、少し悔いるくらいの気持ちが出てきても不思議じゃなかった。



だから、仕事が終わってからその日はまっすぐまろの家に向かった。

いつも行くときは、約束を取り付けるか事前に連絡を入れる。

だけど今日は、あんなことがあったから連絡もしづらくてそのまま足を向けた。



インターホンも鳴らさず、ポケットから合い鍵を取り出した。

お試しで付き合おうという話になったとき、俺自身が半ば強奪するように手中に収めた鍵だった。


インターホンを鳴らして、居留守を使われたり拒否されたりすることの方が怖い。

そう思いながらエントランスの鍵を解錠し、エレベーターで上階へ上がる。

ここ最近ですっかり行き慣れた部屋の前まで行き、手にしたそれを静かに鍵穴に差し込んだ。



かちゃりと音を立てて鍵が開く。

無機質で冷たい取っ手に手をかけると、ひやりとした感触が伝わってくる。

それをそのまま引き開いて、俺は思わず目を見開いた。


いつものまろの黒い革靴の横に、あいつのものじゃないスニーカー。

厚底の赤いそれには見覚えがあった。

一瞬息を飲んだ瞬間、奥から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。



「えーこれもいいじゃん」



リビングの方から灯りと共に漏れてくる最年少の声。

そのバックに流れているのは、聴き覚えのあるボカロ曲。

英語で歌ったらかっこいいだろうな、なんて思わせるその曲調から、あぁそうか、つまり今度ペア曲で出すやつの相談か、なんて漠然と思い当たる。



「こっちは?」



まろの低い声が聞こえてきて、後ろの音楽も切り替わる。

イケボなんて評される2人で歌ったら、その流暢な英語にファンは歓喜の声を上げるんだろう。

そんなことを容易く想像させるそれは、絶対に俺とまろだったら歌わない…いや、歌えないような曲だった。




何で…何で俺が、こんな重苦しい気持ちを抱えなきゃなんない?

まろが俺を好きで、俺はそんなまろを好きになれるかどうか見極めたかっただけだったはずだ。

なのに何でこんなに胸が締め付けられるんだよ。




気道が細く狭くなっていくような息苦しさ。

思わず唇を噛みしめて、俺は手にかけていたドアをそっと離した。






「? 今なんか音しなかった?」



リビングのソファに座ったりうらが、ふとそんなことを呟いた。



「え? そう? 気のせいちゃう?」



PCからボカロ曲を次々に流していた俺は、マウスをカチャカチャと操作しながら首を捻った。

大して気にも留めず次の曲を流すと、りうらは薄く開いたままだったリビングのドアの方を振り返る。



「玄関で音がした気がしたけど」

「えー、何それ」



怖いやん、と笑いながらも、念のため立ち上がった。

ガラスのはめこまれたリビングの扉を押し開き、廊下を歩く。

玄関まで辿り着いてから、俺はあることに気がついて思わず息を飲んだ。



鍵が…開いてる…? りうらを招き入れたときにきっちり閉めたはずなのに。



そう思ったときには、全てを理解した。

慌てて靴を履いて、リビングの方へ向けて声を張り上げる。



「りうら! ちょっと出てくる!」

「え、まろ…!?」



戸惑うようなりうらの呼びかけには答える間もなく、俺は玄関の扉をバンと音を立てて開くとそのまま外へ飛び出した。







「ないこ!!」



マンションから外に出て、大通りまで走ったところで前方に見知った影を見つけた。

信号待ちをして立ち止まっていたピンク色が、俺がかけた声に反応してビクリと肩を揺らす。



ゆるりとこちらを振り返った目は、何の感情も映さず俺を見据えた。

その傍まで走り寄って、上がりかけた息を整える。



「来るんやったら連絡くれたらよかったのに」



言った瞬間、まずいと思った。

…違う。

来てほしくなかったわけでも迷惑だと思ったわけでもなくて。

入れ違いになってしまうこともあったかもしれないのに、とか、黙って帰らなくてもいいのに、と思っただけだった。



「…ごめん」



いつも以上に掠れ気味のハスキーボイスが、ぽつりと呟く。

ついと俺から逸らされた目線は、ただ目の前の信号に注がれた。



大きめの通りとは言っても、時刻のせいかほとんど人通りはない。

それでも律儀に赤信号が変わるのを待つないこの目は、その赤色を映しているはずなのにどこか心は別のところにあるようにも見えた。



「ないこ…?」



謝ってほしいわけでもなかったし、むしろ自分の方が言葉選びを間違えた自覚はあった。

だから訂正しようとしたけれど、俺を見ないままのないこの様子に違和感しか覚えない。


小さく呼びかけた俺に、ないこはこちらを振り返らないまま重そうに口を開いた。



「ごめん、まろ。もういい」



消え入りそうな声は、俺に昼間、乱暴に言葉を叩きつけたものと同じとは思えなかった。

「え」と目を瞠って尋ね返すと、ないこはようやくそこでこちらを振り返る。

その向こう側で、待っていたはずの信号が青に変わるのが見えた。



それでもそれを渡ることもせず、ピンクの瞳がこちらをまっすぐに見据えてくる。

「ごめん」もう一回そう謝ったかと思うと、一度小さく唇を噛んだようにも見えた。



「やっぱり俺、まろのことは好きになれないと思う」



絞り出すような声は、掠れていてもそう正確に俺の耳に届く。

気まずそうな色を浮かべたピンクの瞳が、ただ揺らいで見えた。



「だから…お試しはもういいよ。まろの言う通り、俺も0でいい。恋人になれないなら…100になれないなら、50でもなくて、もう0の関係でいい」



伸ばされかけていた手を、完全に引っ込められたような感覚だった。

もうこちらが伸ばしてもきっと届かない。



「…結局まろを振り回しただけだった」



ごめん、と、ないこの唇がそう繰り返した。





…そんなこと、最初から分かっとったよ。


お前が俺を好きじゃないこと、きっとこの先も好きになんてなってくれないこと。


好きになれるかもしれないから見極めたいとお試しで付き合おうとしたけど、絶対俺のことは好きにならないこと。



そんなことは、最初から分かりきってた。





だから、笑って「ほらな、最初に言うたやん」って軽口を叩けばいい。


「ないこに振り回されるなんていつもやん」と、ふざけて言えばいい。


そして最初に俺が望んだ通り、お前が振り向いてくれないなら0の関係になればいいだけ。

この先はもうビジネスとして仲間でいるだけ。

何の感情も持たず、全て押し殺して隣にいればいいだけのことだ。




「……そっか」




だけど、何でこんな気の利かない言葉しか出てこない。

何でお前のために笑ってやることすらできない。



眉間に皺を寄せてぐっと感情を押し殺し、俺も目の前のピンクから顔を背けてしまった。





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