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桃視点
目が覚めるほど濃く淹れたブラックコーヒーも、苦味だけで全く味を感じない。
時間が空いたときに見るお笑い番組はくすりとも笑えないし、リサーチ目的で他事務所の歌い手グループの動画を開いても内容は全く頭に入ってこなかった。
そんな夜を過ごしたから、当然睡眠だってろくにとれたわけもない。
翌日社長室でふわぁと大きな欠伸を漏らすと、目のふちに涙が溜まる。
「眠そうだね」
いつの間にそこに立っていたのか、部屋の入口の方から声がした。
驚いて顔を上げると、そこにりうらが立っている。
ノックはしたらしく、押し開いたドアの目線の辺りに手の甲を押し付けたままの態勢だった。
「りうら…今日こっち来る予定の日だっけ?」
尋ねた瞬間、言い方がまずかったかもと少しだけ後悔する。
昨日まろの髪をセットしていたりうら。
あの一瞬…言いようのない嫉妬みたいな感情に囚われた自分に気づかれていないといいのに、と胸の内でささやかに祈った。
「んーん、ちょっとないくんと話したいことあって大学帰りに寄ったー」
少し間延びする語尾。
それほど真面目な話ではないのだろうか。
そう思ったけれど、こちらにゆっくりと歩み寄ってくるりうらが被っていたキャップをすっと外した。
その下から覗いた目が、あまりにもまっすぐで真剣に見えたので思わず小さく息を飲む。
「ないくん、昨日はごめんね。りうらが色々と軽率だったかも」
「……え?」
想像だにしていなかった言葉がりうらの形の良い唇から漏れたものだから、俺は思わず面食らってしまった。
深く瞬きを繰り返し、見つめ返す。
そんなこちらの様子は気にする素振りもなく、りうらはソファに腰を下ろした。
手にしていたキャップはテーブルの上へぱさりとそっと投げ置く。
「まろの髪の毛セットしたり家に行ったり…ちょっと軽率だったって反省した。ないくん、まろと付き合ってんのにね」
言われた言葉に、ひゅっと息を飲んだ。
だけどその事実すらバレたくなくて、ごまかすように首を振る。
「別にそんなん、俺に許可取ることでもないし」
「…ないくん、昨日まろの家来たよね? 俺がいたから帰ったんでしょ?」
足を閉じて揃え、行儀よく座るりうらはその上に手を乗せた。
両手の指を組み、親指を重ねるようにしてから一度くるりと回す。
目線はまっすぐにこちらを見上げていて、赤が俺を捕えて離さない。
「そういうわけじゃ…」
「りうらだったら嫌だと思う。付き合ってる相手のところに断りなく誰かが上がりこんでたら…。前もって話を聞いてたなら気にならないけどね」
歯切れの悪い言葉を返すしかない俺に対し、りうらは凛と響くような声ではっきりとそう告げる。
なんと答えればいいものか、瞬時には正解が出せない。
脳をフル回転させようと一度息を吸って酸素を送り込もうとした。
「たとえ『お試し』で付き合ってるんだとしても、ね」
だけど、俺が「そう」するよりも先に、りうらが次の言葉を継ぐ方が早かった。
もたらされた言葉に「え」と自分の耳を疑ってしまう。
…今…なんて言った?
あにき以外のメンバーは、俺とまろが普通に付き合っていると思っているはずなのに。
まろが昨日あの後りうらに説明でもしたのだろうか。
一瞬そう考えたのが分かったのか、りうらは赤い髪を一度だけ左右に振った。
「あにきだよ」と、小さく付け足すように言う。
「昨日まろが帰ってきたとき様子がおかしかったから。当然何も答えてくれなかったけど、あにきなら知ってるかと思って聞いた」
あにきにどんな意図があって、りうらにそれを話すことにしたのかは全く理解が及ばなかった。
だけど一つだけ言えるのは、りうらがその事実にプラスの感情を抱いてはいないだろうということだ。
相変わらずまっすぐ射抜くように向けられる目線が、笑み一つ浮かべない。
「元々まろの方がないくんのことを好きなんだっていうのも聞いた。0か100かしかないまろと、50が良かったないくんの意見が食い違ったって。それでないくんが好きになれるかどうか…もしくはまろが50でいいって思えるかどうか試そうとしてる、って?」
…全部話すじゃん、あにき。
ちっと舌打ちをしかけたけれどりうらの反感を買いそうで辞めた。
代わりに息と共にその衝動を飲み下し、ただ目の前の真紅を見つめ返す。
「ないくんの言いたいことも分からなくはないよ。フッたからって仲間としてもまろを失うのは嫌だよね」
だけどさ、とりうらは容赦なく言葉を継ぐ。
「0か100かが嫌で、50でもいいから一緒にいたいっていうのは…フッた側じゃなくてフラれた側が選ぶことだと思うよ、俺は」
一人称が急に名前から「俺」に変わったことに、妙な威圧感を覚えてしまった。
言われっぱなしで二の句を継ぐこともできず、俺はぎゅっと足の横で拳を握りしめる。
唇も横に引き結ぶしかなくて、そんな俺の顔を見上げてからりうらは一つため息を漏らした。
小さく首を竦めて、ようやく視線をわずかに逸らす。
その事実に解放されたかのような安堵感を覚え、俺も内心で息をついた。
「…お試しでも何でもいいから、早く仲直りしなよ」
膝の上に頬杖をつくような態勢になり、りうらはそう言う。
「ないくんは、まろの優しさに甘えすぎだと思うよ」
諫めるような言葉は、それでもこちらを責める響きを含まないから不思議だ。
自分より何歳も年下の最年少に言われたい放題だというのに、思わず首を縦に振って頷いてしまいたくなる。
本当はそのお試しも、昨日終わったんだよ。
そう言うべきところだったはずなのに、喉にこびりついたような声は押し出そうとしても音にならない。
口を開こうとしても言葉が出て来ず、再び唇を噤むしかなかった。
…何でだろうな。
自分で終わらせたはずのことを、認めたくなかったんだろうか。
自問するような胸中の気持ちに答えなんて返るわけもなく、ぎりと噛みしめた唇の端からは微かに鉄の味がした。
人間が気まぐれを起こすときっていうのは必ず何かが待ち受けている気がする。
いつも通り社長室で残された仕事を片付けていればよかったものを、その日の夜はふと気が向いて、PCの並ぶ作業室の方へ足を向けてしまった。
誰かと打ち合わせがてらPCを使うときはこの部屋を使用することが多い。
今日は一人での作業で間に合うはずだったから、大人しく自分のデスクに張り付いていればよかったのに、と後悔しかけた。
作業室の扉を開いた時、その部屋の隅にまろがいた。
控えめな性格のまろらしいポジション。
隣の椅子にスーツの上着をかけ、Yシャツはボタンを一つだけ緩めている。
今日も本業の仕事帰りなんだろう。
平日の夜なんて疲れているだろうから、まっすぐ帰ればいいのに。
わざわざここへ寄っている辺り、誰かと打ち合わせでもあるのかもしれない。
「…おつかれ」
無視するわけにもいかず、そう声をかけた。
いつもより芯も覇気もない、ぼそりとした声だ。
それに一瞬だけ目線を上げたかと思うと、まろは「おつかれ」と同じように小さく返してくる。
それきり話をすることもできず、俺はまろとは対角線に位置する離れた場所の椅子を引いた。
昨日別れ話をしたばかりで、こんなに早く2人になる時間が訪れるとは思っていなかった。
重苦しく感じる空気に吐息を漏らすことも堪えて、引いた椅子に深く腰かける。
無意識のうちに手はズボンのポケットの中を探った。
その奥で指先に触れたのは、昨日返しそびれたまろの家の鍵。
今返すべきだろうか。
そう思うけれど、何故かポケットの中に突っ込んだ手を引き出すことすらできない。
そうこうしているうちにも、まろの方からはキーボードを打つカタカタという軽快な音が響いてくる。
相変わらず高速のタイピング音。
感心させられるようなその音はリズミカルにも聞こえて心地良い。
目線は自分の目の前のPC画面を見据えたまま、耳だけをそちらに傾けた…その時だった。
「セーフ!!」
バン、と大きな音がして、何の前触れもなく部屋の扉が勢いよく開かれる。
驚いて腰を浮かしかけた俺とは対照的に、まろはやけに落ち着いていた。
唇を歪め、辟易したような表情で、その扉の方を睨むように振り返る。
「セーフちゃうねん、遅刻やろ完全に」
「えーだっていふくんまだいるじゃん。いふくんが帰るまではセーフでしょ」
「なんなんそのむちゃくちゃな理論」
青組で何かの打ち合わせでもあるんだろうか。
約束でもしていたかのような口ぶりで言うと、そこに立っていたいむはずいと部屋の中へと入ってきた。
途中で視界の片隅に俺の姿をとらえ、「あ、ないちゃんお疲れ様」なんてのほほんと声をかけてくる。
それにうん、と頷いて応じると、いむは首を捻るようにして傾げた。
「何で2人そんなに離れて作業してんの?」
誰もいない部屋で、知らない他人同士でもないのに一番遠くに陣取っている俺らを訝しく思ったらしい。
だけどすぐに「ははーん」と漫画みたいな声を出してにやりと笑う。
「さてはケンカしたね? 原因は何? 僕に話してみなよー。どっちがより悪いかジャッジしてあげるから!」
面白がっているように聞こえはするけれど、恐らく重い空気を感じ取って少しでも軽くしようとしてくれているんだろう。
おちゃらけたように見えて、いむは実はそういうところは鋭い。
「……」
ケンカなんてしてない、と言いかけてやめた。
それを言ったらじゃあどうして離れているのか、を答えなくてはならなくなる。
「別れたから」と、ただそれだけの事実を口にすればいいだけのはずなのに、りうらに言えなかった時と同じように声が喉を通過してくれない。
…だけど、今はさっきとは違う。
俺が黙っていたらきっとまろが「それ」を口にするだろう。
「ないことは別れたから」。
…それはただの真実だ。
それを言葉にされたからと言って、傷つくのは違うしむしろそれが正解であるはずなのに。
それでも嫌だと思ってしまう自分に気がついた。
「……」
その事実をまろに言われてしまうくらいなら…と、重い口を開きかける。
自分で言った方がまだダメージが少なくて済む気がする。
…そこまで考えて、ふと思考が一度止まったのが分かった。
…「ダメージ」?? 俺が、何に対して???
開きかけた唇は、それでも頭にある言葉を紡ぐことはできなかった。
息を飲むのと同時に言葉すら飲み下す。
そうこうしているうちに、予想通りまろが口を開くのが気配で感じ取れた。
…嫌だな、聞きたくない。
そう思うと耳を塞ぎたい衝動に駆られる。
だけどあからさまにそうするわけにもいかず、俺はただ顔を伏せるだけしかできなかった。
「お前さぁ…」
いつもより数段低いまろの声が、耳に届く。
「あほなこと言うとらんと、さっさと打ち合わせの準備しろよ。どんだけ待たされたと思っとるん」
そんな風に続いたまろの言葉に、俺は顔を伏せたまま目を見開いた。
目も耳も塞いでしまいたかったはずなのに、机に落とした視界がぐわっと瞬時に拓けていく気がする。
「『あほ』はやめてくれる!? やればいいんでしょやれば! 僕だって家でちゃんと準備してきたんだから」
「ほーん…じゃあその成果を見せてもらおうか」
ひゃはは、とからかうような声を上げて、まろは楽しそうに笑った。
そうしてそれきり2人は打ち合わせへと突入する。
スプレッドシートでまとめていた情報を印刷したらしい資料を、頭を突き合わせて眺め始めた。
完全に話が逸れたことに、胸を撫でおろす自分がいる。
「別れた」という単語をまろの口から聞かなくて済んだだけで、ひどく安心している自身に驚いてしまう。
…何で? と、胸の奥で自問を繰り返す。
どうしてまろにその事実を口にされたくなかったのか。
いや、違う。もっと前だ。
お試しだとしても、付き合っているのに指一本触れてこないまろにどうして腹が立ったのか。
どうしてりうらに髪を好き勝手触らせることに苛立ちを覚えたのか…。
「……っ」
立て続けに自問するうちにぐっと息を飲んだ。
顔を伏せたまま、上げることは叶わない。
そのまま強く唇を噛みしめる。
…こんなの、もう好きじゃん。
今頃はっきりと自覚した想いに、自分で愕然としてしまう。
名前もつけられないような、自分ですら持て余した感情に振り回されるのが嫌だった。
だから昨日は「もういい」と言った。
別れようと口にした。
「この先もまろのことは好きにならないと思う」なんて、予防線を張ってまで。
だけど今、ひどく後悔している自分も確かにそこにいる。
0か100か…全か無か。
今更100でいたいなんて言えるわけがない。散々傷つけて振り回しておいて、今になってそんな身勝手なこと…いくら俺でも無理だ。
ああでもないこうでもないと、ケンカ腰になりながらも話を進めている青組2人の声。
楽しそうに打ち合わせを重ねていくそのバカでかい声が部屋中に響き渡る。
それにもう一度目を伏せて、俺は2人からは見えない位置で痛む胸をぐっと押さえた。