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ヒルまでもがランナの力を利用しようとする。その事実に落胆するよりも、ランナはヒルの本当の意図を理解したい。
同じ言葉でもアサとヨルの『殺意』とはニュアンスが違うように思える。
「いきなりは無理。ヒルくん……ヴァクト様は何者なの? なんで人格が三つあるの?」
アサとヨルには聞けなかった疑問もヒルには素直に伝えられる。やはりランナはヒルと性が合う。昼の妃に相応しく運命的な相性の良さを感じる。
ヒルは吊り上げた眉をハの字に下げて急に言葉を濁しだす。
「全部は分かんねえんだよ。オレには昼の時間の記憶しかない。生まれた時から三人格だった」
「記憶が三分の一しかないってこと? ヒルくんは、どこまで自分の事を知ってるの?」
ヒルはランナの両肩に置いていた両腕を下ろすと、今度は腕を組んで考えるポーズを取った。ヒルは感情が素直に動作に出るので分かりやすい。
「親父から聞いた話だが、オレの先祖って悪魔らしいんだよな」
「え……悪魔?」
「あ、なんだよその顔! 聞いた話だぞ、本当か分からねえ!」
いや、ランナは納得していた。しっくりくる。ヴァクト陛下の赤い瞳、魔力、呪い、冷淡なアサ、冷酷なヨル。どれを取っても悪魔だ。
強いて言うならヒルだけが全く悪魔らしくないが、この世に聖女がいるなら悪魔だって存在するだろう。
「でもオレは悪魔じゃない。悪魔はアサとヨルだ。あいつらを生かしておいたら、きっとこの世界は滅ぶ」
突然、話が飛躍してランナは追いつけない。ヒルは漠然とした理由で世界のために別人格を殺したいらしい。どこまで本気なのか。
その時、ヒルとヨルに触れた時に読み取った生気の色を思い出した。ヒルもヨルも別の色合いではあったが、混沌とした不安定さは共通していた。
それが意味するのは、三人格の記憶と存在の不確かさ。ランナはこの争いの裏にヴァクト陛下の深層心理を見た気がした。
(不確かだからこそ、自分を確立したい。だから殺し合うのね)
ランナは思う。人格を殺すのではなく、三人格の記憶と心を繋げる事が必要なのではないかと。そして争いに巻き込まれたモニカとポーラを救いたい。
そのために、ランナも仕返しとしてヒルを利用してやると決めた。
ランナは急に目を蕩けさせて、腕を組んでいるヒルの肩に頬をすり寄せる。
「あ、なんか私……呪いが効いてきた……ヒルくんにドキドキするの……大好きかも……」
「え、マジか!? やっぱオレって天才!? イェェイ!」
(そんなワケないでしょ!)
ランナは下手すぎる演技と甘い声を出す自分にもツッコミを入れたくなる。それ以上にヒルの喜び方が子供すぎてツッコミきれない。
さらに指先でヒルの胸元をさすりながら猫なで声を出してみる。
「私、愛するヒルくんに協力する。だから、まず安全な場所でヨル様と二人きりで会いたいの」
「え、なんでだよ。やめとけ、あいつは危険だ」
「薬を調合するには生気の性質を知る必要があるの。ついでに色々と話を聞き出してきてあげる」
本当はすでにヨルの生気の性質は読み取ったのだが、それは秘密。ヨルと話す術がないヒルの代わりにランナはスパイのような役割も担う。
正直、ヨルと二人きりになるのは怖いが、いざという時は護衛……ではなくメイドのカレンが助けてくれる気がする。
ヒルは甘えてくるランナの肩を愛しそうに抱いて恍惚としている。これでは魅了の呪いにかかったのはヒルの方だ。
「分かった、オレにいい考えがある。次の休日まで待て」
「その日に何かあるの?」
ヒルは瞳の色が見えなくなるほどに目を山の形に歪めて満面の笑みで答える。
「オレたちの結婚式だ」
(……え!? そんなの聞いてない!)
ランナは演技も忘れて唖然とするしかなかった。結婚も突然なら結婚式も突然。そしてキスも。ヒルはいつも何もかも突然だ。
だが自分で始めてしまった演技の流れで、ランナはわざとらしく満面の作り笑いで返すしかない。
「わぁ、う、嬉しい! 楽しみにしてるねぇ……!!」
「あぁ。幸せにしてやるからな、愛してるぜハニー!」
「私も愛してるわ、だ、ダーリン!」
(何なのダーリンって!? きもい!)
ヒルのノリがいいのでランナも乗ってしまったが、この茶番に何の意味があるのか……でも、やはりヒルは親しみやすくて好感は持てる。
機嫌が良くなったところで、ヒルは立ち上がると両腕を上げて大きな伸びをする。
「じゃあ、オレは仕事だから行く。なるべく他の城には行くなよ」
「……分かった」
ノリは少年みたいなヒルだが、これでも22歳の大人で国王。昼だけ表に出る彼は、その短い活動時間のほとんどを仕事で費やしてしまう。
優雅に朝の時間を過ごすアサ、長い夜を満喫するヨル……こんなにも不公平な中でヒルの性格が歪まないのが奇跡に思える。
ヒルが自室から出て執務室へと向かおうとした時、前方から誰かが歩いてくる姿が見えた。
昼の城の金色の背景には似合わない漆黒のドレスと長い黒髪の女性。その重い色と気配だけで誰であるかは認識できる。
挨拶が交わせる距離にまで近付いた時にヒルの方から声をかける。そこに笑顔はない。
「ここは昼の城だ。夜の妻が何をしに来た?」
足を止めたポーラは無表情でヒルの赤い瞳に目を合わせる。手にはトレイを持っていて、白いお皿の上に甘い香りの焦げ茶色の焼き菓子が二つ乗っている。
「……ランナとヒル様に。マフィンを焼きましたので」
感情のない瞳と抑揚のない言語。今のポーラはまるで心のない人形に見える。ヒルは表情を緩めずに、赤い瞳を細めて鋭い視線を突き刺す。それは敵を見る目だ。
「ふーん、わざわざ、ありがとな」
わざとらしいヒルの棒読みの感謝の言葉には感情がこもっていない。ヒルはポーラの手からトレイを乱暴に奪い取る。
「ランナと二人きりで食べたい」
「……はい。では失礼します」
ポーラは少しも瞳を動かさずに背中を向ける。来た道を戻るポーラの背中を見つめるヒルの背後に足音もなく、もう一人の気配が現れる。
ヒルは振り向かない。それがメイドのカレンだと分かっているからだ。
「ヒル様。そちら、お預かりします」
「あぁ、頼む」
カレンはヒルからトレイを受け取ると、ポーラが立ち去った方向とは逆の廊下を進んでいく。ヒルは部屋に戻らず執務室へと向かう。
金色の廊下を静かに歩くカレンは、ヒルの自室の扉を通り過ぎて階段を下る。一階の端まで進むと城の裏口のドアを開けて外へと出る。
昼間でも薄暗い城壁の隅には鉄製のダストボックスが数個並んでいる。そのうち1つの蓋を開けると片手でお皿を持ち、中に二つのマフィンを落としていく。
そのカレンの黒の瞳はポーラと同じく無感情だが光は宿っている。素早く蓋を閉めると、固く閉ざした唇が少しだけ和らぐ。
「……任務完了」
誰かに届く訳でもない独り言を囁くと改めてトレイを両手で持つ。ただの白いお皿を運ぶメイドは、何事もなかったような顔で城の中へと戻る。