テラーノベル
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よく晴れた日の休日、正午過ぎ。ランナは純白のドレスを着て馬車に乗っている。
いつも城では白系のドレスだが、今日はいつもよりもフリルが重なって金色の装飾も派手だし、頭には金のティアラを乗せている。
そんなランナの隣に座るのは、夫である昼のヴァクト陛下、ヒル。金髪と純白のタキシードのコラボが太陽よりも眩しい。
「ん、ランナ、どうした? オレに惚れたか」
「……まぁね」
すでに妃のランナに言うセリフでもない気がするが、ランナは基本的にヒルに話を合わせる。微妙に呪いにかかったふりもしている。
実際、ヒル……というかヴァクト陛下は眉目秀麗すなわちイケメンだ。朝昼夜で髪の色と性格は変わるがイケメンは変わらない。
今日はジョルノ国王ヒル・ヴァクトと第三王妃ランナの結婚式。しかし馬車が向かった先は王城から遠く離れた山の麓であった。
「え? ここで式を挙げるの? 意外というか、すごい……」
馬車から降りたランナの前方に見えるのは石造りの神殿。地から生えた無数の長い柱が1枚の天井を支えている。
ヒルが横に来てランナの片手を握る。手を繋いで真っ直ぐ前を向いた顔はドヤ顔の笑顔だ。
「あぁ、聖女のランナに相応しい神聖な場所だろ」
(悪魔のヒルくんには相応しくない場所なんじゃ?)
なんて思うが、自分を悪魔だと認めていないヒルには言えないツッコミである。
神殿の周囲には参列者たちが乗ってきた馬車が停まっている。それも僅かな数で、一国の王の挙式にしては小規模であった。
国民にお披露目するような派手な式ではなく、わざわざ遠方に来てひっそりと行うのは様々な事情が絡む。
「ヒル様、お久しぶりです。この度はおめでとうございます」
馬車から降りてきた貴婦人がヒルの前までくると淑女らしいお辞儀をした。ランナはその女性の容姿や服装、全てに驚いて目を丸くする。
年齢はヒルと同じくらいだが、ウェーブのかかった長い赤髪、唇には赤いルージュ、そして真っ赤なドレス。目が痛くなるほどに全てが赤い。
ヒルは挨拶すら返さずに自分の顎に指を添えて何かを考えている。
「えっと、お前は……誰だっけか?」
「わたくしは、お隣のレッドリア国の王女、ルアージュでございますわ」
「んー、あ、そうだったか。ありがとな」
素っ気ない返事をするヒルの隣に立っているランナは保護者になった気分でハラハラする。隣国の王女様を覚えていないだけでも失礼だ。
失礼といえば、新婦よりも目立つ赤のドレスを着るルアージュも非常識だが、似た者どうしのヒルとランナは性格的に気にしない。
そしてルアージュもヒルの非礼を気にしていない様子で言葉を続ける。
「ところで、ヨル様はどちらに? 久しぶりにお会いしたいですわ」
「アサもヨルも式には来ないぞ。あぁ、ヨルは夕方くらいに来るかもな」
「まぁ、そうですの。それは残念ですわ」
上品な口調ではあるが目は笑っていない。ルアージュはヒルを気にしないのではなく『眼中にない』ように感じられる。
ルアージュはランナに言葉もかけずに背を向けて神殿の方へと歩きだす。しかし今のヒルとルアージュの会話には疑問点が多すぎる。
ランナは大声で問いかけたいが、内容が内容なのでヒルの耳元に近付いて小声で話しかける。
「え、ちょっと、アサ様とヨル様が来るとか来ないとか、どういうこと?」
「あぁ、世間的には三つ子の三兄弟。国王は三人いるって事になってる」
「へ……三つ子? 三人いる?」
もう無茶苦茶すぎて気の抜けた声しか出ない。世間にはヴァクト陛下の三重人格は隠しているらしい。よく考えたら当然かもしれない。
ランナは今まで辺境の街に住んでいたから知らなかった。三つ子が三人同時に王位に就いた形になったジョルノ国は、なんとも奇妙な国だと思う。
「私が第三王妃って事は、ヒルくんは第三国王なんだね……」
「うぉぉ! そうなんだよ! 不公平だ、理不尽だ!!」
アサが第一国王、モニカが第一王妃。ヨルが第二国王、ポーラが第二王妃。そしてヒルが第三国王、ランナが第三王妃という事になる。
その数字は権力の順ではないし優劣もないが、なぜ朝昼夜の順にしないのか。圧倒的に仕事をする時間が長いヒルにとっては屈辱で不満しかない。
ちなみにヨルは順番や数字は気にしない、というか無関心らしい。
「それとヒルくん、隣国の王女様を覚えてないって失礼すぎない?」
「オレはあまり会ってないからな。ルアージュはヨルと親交があるみたいだな」
昼の時間の記憶しか持たないヒルは、別人格の交友関係すら把握してない。
(そういえば今日はポーラ姉さんもモニカ様も来てない……)
そもそも二人は招待していない。二人を警戒しているヒルの意向だが、別人格の王妃が祝福する・されるという複雑な心境と状況への配慮もある。
これに関しては今後の心配はない。アサはもう挙式を終えているだろうし、ヨルは性格的に式は挙げないと思われる。
二人は手を繋いだままで神殿の正面の階段を上っていく。その先の入り口付近で初老の男性が二人を待っていた。
「ヒル様、ランナ様、この度はおめでとうございます。私は神官のボクシーと申します」
ボクシーは60代の聖職者。白に金色の刺繍をあしらった祭服に身を包み、優しげな瞳とグレーの髪のコントラストが目にも優しい。
彼が婚姻の儀式を執り行う神官だが、白いタキシードの新郎のヒルは目上の聖職者に対しても友達のように接する。
「ボクシー、今日はよろしくな!」
「初めまして、ランナです。よろしくお願いします」
ランナがお辞儀をして顔を上げると、ボクシーの視線が気になった。ボクシーはヒルよりも初対面であるはずのランナの方ばかりを見ている。
かと思うと、ボクシーは数歩前へ出てランナの顔を正面から見つめる。その瞳は潤んでいて親しげに微笑んでいる。その視線は、まるで親戚のおじさんだ。
「おぉぉ……やはり、あのランナ様でしたか。お美しく、ご立派になられて感慨深いです……」
「え? どこかでお会いしましたっけ?」
「はい。まだランナ様が幼い頃に何度か、モーメントの街でお見かけいたしました」
ハッとしてランナは息を呑む。ボクシーと会った記憶がないほどに幼い頃なら、まだ両親が生きていた頃だろう。
ランナには両親の記憶がほとんどない。ランナが3歳くらいの頃に急に姿を消して死んだという両親の事を少しでも知りたい。
「父さんと母さんにも会ったのですか!? どんな人だったのですか!?」
「はい。ガイス様は最高位の聖者で、エリーナ様は最強の聖女と言われておりました。聖職者の間では神格とされるお二人です」
「そんなにすごい人だったんだ……」
「ガイス様は銀髪で、エリーナ様は金髪。金と銀の聖者と呼ばれるお二人でした。金髪のランナ様はエリーナ様によく似ていらっしゃる」
それを言うなら姉のポーラは黒髪なので両親のどちらにも似ていない。しかしランナは今、なるべくポーラの話はしたくない。
ランナはさらにその先、両親の死の真相について問いかけたかったが、隣のヒルが割って入って会話を中断させた。
「悪い、今は時間がない。式を始めてくれ」
昼の5時間しか活動できないヒルにとって時間は貴重なもの。結婚式も夕方5時までに全てを終わらせる必要がある。
ランナは深呼吸をして気持ちを切り替える。ボクシーは一礼をすると先に神殿の中へと入っていく。
「さぁ、ランナ。オレたちの結婚式だ。永遠の愛を誓おう」
ヒルは手の平を上にして右手を差し出す。それはヴァージンロードへとエスコートするための紳士的な所作。
その気品にヒルは王族なのだと見直してしまうが、ランナの心中は複雑だった。
(ヒルくんの愛は本物なの? 私は本当にヒルくんを……?)
ヒルが呪いを使ってまでランナを手に入れたいのは、聖女としての利用価値。その現実が今もランナの心を痛く突き刺す。
それでもヒルは嘘をつかない人だと理解した今は、その愛を受け入れた先に全ての答えがある気がした。
(ま、いいか。ヒルくんになら利用されても)
軽いノリで、そう思える時点でランナはヒルに心を許している。それに今は考えている時間がない。昼の時間は短いのだから。
「うん。ヒルくん、行こう」
ランナはヒルの手の上に左手を置いて重ねる。薬指の金色の指輪は、金髪の夫婦を繋げる呪いと愛と運命の象徴。
二人は腕を組むと聖堂と言う名の式場へと入る。ヴァージンロードを歩く二人の両側を挟む客席からは多くの祝福の歓声が聞こえる。
その中でも一際目立つ赤髪と赤いドレスのルアージュは微動だにせず、瞳の中で赤い炎を静かに燃やしていた。
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